魔国解放〜二人の少女の物語〜 ※刀と魔法で無双する二人の少女の冒険譚

相上圭司

プロローグ

第1話 はじまりの場所〜呪いの結界〜

ブレス歴503年、魔大陸スガル平地

 

 魔大陸は夏の盛りでも気温は高くない。せいぜい25℃くらいだ。いつもは魔素とともに風が荒く吹いているがその日は風もなく、妙に静かだった。バール連合国司令ミストは標高50mほどの丘の上からアスラ国軍と魔軍が相対するのを見下ろしていた。ミストはいいしれぬ不安を抱きながら、それでも勝利を確信していた。


「勝ったな。」


 魔軍3万、対するアスラ軍が2万5千。そして魔軍の横腹に食い込む陣形でバール連合国軍が1万。魔軍には強力な亜人の姿も見えるが数は少ない。英雄王と名高いアスラ国王ベルクが率いるアスラ軍の士気も高いであろう。万が一があるとすれば、ベルクが旧知の魔国女王を討てるか?


「杞憂だな。」


 ミストが呟いた時、それは起こった。ミストの不安を形にしたような大規模魔法だった。

 広範囲に闇魔法による黒い霧が立ち込め、アスラ・バール連合軍、魔軍ともに友軍の位置を見失なった。加えて風魔法による音の遮断である。バール連合軍は混乱していた。ミストはすぐに配下の軍へ現状維持を命令したが、音がしない暗闇の中でどこまで伝わるか?


「何が起きている。」


 ミストは軍を動かすことのできないまま、丘に釘付けにされた。




 

「ベルク陛下!!」


 アスラ近衛騎士団長ツクミはその主であるアスラ国王ベルクの名を叫ぶが、その声は空しく霧散した。かなり大規模な、そして強力な魔法である。一寸先も見えない。


「この様な大規模な闇魔法を使えるものがいるのか?」


 この世界では魔法を操る者達を"使い手"と呼ぶ。闇魔法の使い手は少ない。世に幾人もいないだろう。ましてやツクミはこれほどの闇魔法の使い手は二人しか知らなかった。しかし、彼はすでに死亡し、彼女はこのような魔法は使わない。

 どのくらいの時間が経ったであろう。20分くらいの時間であったが、軍を混乱と不安に落とすには充分な時間であった。唐突に黒い霧が晴れた時にツクミが見たのは、最悪の状況だった。


(魔軍に入り込まれている。)


 両軍が入り乱れた乱戦にならざるを得ない状況。しかも20m先には、


「ベルク陛下!」


 アスラ国王ベルクと魔国女王ダスティスが数mの距離で相対していた。


(なぜ、魔軍がここまで入り混んでいるのか!)


 魔国女王ダスティスは水の使い手である。魔素のコントロールに定評があり、ベルクに匹敵する強さを誇る。ツクミはベルクの援護をするために駆け出す。


「近衛軍の騎士はベルク陛下に敵兵を近づけるな!私はベルク陛下を援護する!」


 ツクミは混乱する近衛騎士に指示を出しつつ、剣に魔力をこめる。この魔法は"光"の属性魔法であり、ツクミの得意とする攻撃魔法である。剣に込めた魔力は剣の斬撃とともに光の刃となって遠くの敵を切り裂く。だがツクミの放った光刃はダスティス女王に届く前にベルク王の持つ盾によって防がれた。


「ツクミ、下がっていろ。我は女王と語り合わねばならない。」


 王と女王。周りでは連合軍、魔軍の兵士による泥沼の乱戦が始まっていた。戦として最悪な消耗戦である。


「近衛、ベルク陛下に敵兵を近づけるな!矢、魔法をレジストせよ。」


 ツクミは近衛騎士に指示を出しながら魔将シュラクを中心に魔騎士が同じ様にダスティス女王を守っていることを確認していた。ツクミとシュラクは目を合わせるがお互いに小さく頷き、目線を逸らす。互いの主の邪魔はさせない。


「ダスティス、引けぬか。」

「引けぬ。私は民を導かなければならない。この過酷な大地から。ベルク。見たであろう。あの忌まわしき呪いを。"混沌の魔人"のあの呪いを!!あの呪いがある限り、魔大陸に先はないのだ。」

「我にも民を守る義務がある。しかし、かつての友と剣を交えたくはない。呪いを解くためにアスラ国は協力しよう。」

「ベルクよ。無理なのだ。あの呪いは解けぬ。」


 周りは疲弊した兵士達で溢れていた。魔軍のゴブリン族の兵士が胸を槍に貫かれ、絶命する。アスラ軍近衛の甲冑をつけた騎士が首から鮮血を噴き出しながら倒れ込む。

 ダスティスは唇を噛み締めながらその様子を横目にベルクへ剣を突きつけた。


「呪いは解けぬ。」


 その言葉はダスティスの苦悩であった。魔大陸は混沌の魔人が500年をかけて施した結界に覆われている。その結界内は濃い魔素のために土地は痩せ細り、身体が蝕まれ、強い耐性をもつ種族や"使い手"でなければ生き残れない過酷な土地であった。

 ただ、強い耐性を持つ種族や使い手は生き残れるということで魔大陸は独自の体系の中で成り立っていた。5年前までは。5年前、混沌の魔人は新たな破滅的な呪いを作った。ここ、スガル平地に。この呪いはより強力な魔素を生み、魔大陸の住人は次々と身体を蝕まれ、倒れていった。そんな魔大陸の住人を救うため、6人の英雄が立ち上がる。

 

 英雄王ベルク

 漆黒の魔女ダスティス

 翠の精霊王アンナ

 苛烈の鉄王ジンナイ

 龍騎士アルデイ

 名もなき魔法戦士

 

 6人は混沌の魔人を倒し、世界を混沌から救った。救ったはずだった。しかし、混沌の魔人を倒しても呪いは解けなかったのだ。魔大陸の住人は懇願した。ダスティスへ「新天地へ導いてほしい」と。ダスティスは苦悩の末にアスラ大陸への侵略を決意した。

 しかし、呪いにより力を失っていた魔大陸の軍は本来の力を出せずに敗退を続けた。そして魔軍は今、呪いの大地であるスガル平地へと追い込まれていた。


 ダスティスはベルクを殺すつもりはなかった。ベルクを生け取り、交渉の条件にしたかった。もう魔国はこの戦いには勝てない。では魔国の民はどうなる?ベルクを人質に民を救うしかない。


「ベルク。すまぬ。」


(ああ、かなりの怪我をさせてしまうな。)


 ダスティスは必殺の一撃をみまうために、水の魔素を高める。無数の氷塊がダスティスの周りに渦巻き、ベルクへ襲い掛かろうとした時だった。

 

「呪いを解呪する!」


 懐かしい声、いや思念だった。ダスティスが間違うはずがない。ダスティスは練り上げた魔力が霧散するのも構わず、思念の発せられる源をさがした。それはベルクも同様だった。


「ダスティス、あそこだ。」


 ベルクが指差す先には夕日を背負い、空に浮かぶ"戦士"の姿があった。戦士の左手の剣からは一筋の光の粒子が、右手の剣からは一筋の闇の粒子が立ち上り、混ざり合っていく。その粒子は段々と数が多くなり、全ての兵士を、スガル平地を覆っていった。


「呪いを解呪する!」


 この思念は今や全ての兵士が"聞き"、戦闘は止まっていた。


「いったい何をするつもりだ。」


 いや、ダスティスとベルクにはわかっていた。


「魔素が薄れていく。」


 粒子の広がりとともに魔素が薄まっていった。


 そして、『パン』という大きな破裂音とともにスガル平地を覆っていた魔素と粒子は霧散し、呪いは消えた。


「!!」


 粒子が消えると同時に空に浮かんていた戦士が力無く落下してきた。ダスティスは慌てて水の魔法を編み、落下する戦士の身体を包み込んだ。戦士の落下する速度が落ち、ゆっくりと着地した。ダスティスが安堵した時、右肩にベルクの左手が添えられていることに気がついた。


「ダスティス、引かぬか。」


 ベルクの声はとても優しく、ダスティスは心の底から安堵を覚えた。ダスティスはベルクの目を真っ直ぐに見つめて答えた。


「是」と。

 

 スガル平地の呪いは消え、魔大陸は5年前の状態へ戻った。アスラ王国、バール連合国、魔国は終戦協定を結び、争いは治ったかに見えた。

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