第4話

8/16 PM17:49 由比ヶ浜


「見てよ、これ桜貝だ!」


「綺麗……」


「この大きさの桜貝ならこの瓶に入るよ!」


「この桜貝も入る?」


「入る入る!どんどん入れちゃお」


「結構入ったね」


「あぁ、いつかこの瓶いっぱいに桜貝が入る日が来るかな」


「瓶いっぱいに桜貝が入ったらどうなるの?」


「うーん……願い事がひとつ叶うとか!」


「ありきたりだよ」


「いいじゃんそれくらいがさ!溜まったら見せてよ」


「うん、私毎朝ここ歩いて桜貝集めるよ」


「願い事はどうするの?」


「家族皆でずっと仲良くいられるように……それが出来たら十分幸せ」


「叶えてくれるよ!絶対」


「……うん!」





夢にしては現実的で演劇というには悲しくて


明日なんて半透明だった


兄の怒号、音程がやや低く


耳の奥にへばりつく様だった


どうして、なんで、そんな言葉無意味だった




「うっせぇんだよクソジジィ!!昼間っから酒に溺れる毎日じゃねぇか!!何処ぞの流行病のせいで職を失ったならまた就活すればいいのにいつまで経ってもしやしない!ざけんじゃねぇ!」


「親に向かって何だその口の利き方は。今まで育てた恩を忘れたのか」


「こんな親に育てられた自分が馬鹿みたいだ!!母親と別れて仕事もろくにしねぇし酒飲みまくって暴れ出す穀潰しだ!!」




やっと瓶いっぱいに桜貝を集めたのに

兄にこの瓶を見せたかった

残酷に想いが引き裂かれていく


兄が家を飛び出す音

父が酒瓶を置く音

テレビから来る人の声


蝉の声がやけにうるさい 夏だった






「なぁ、お前は出て行ったりしないよな」


そういって父は私の太腿に手をかける

私はその手を払いのけ、桜貝がいっぱいに詰まった瓶を壁に投げつけた

瓶が割れ、中の桜貝がばらばらと地面へ落ちる


私は台所に行って空の酒瓶を手にとった


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