#23 - 嫉妬
今日もまた照り付ける太陽の下、屋上で昼休みを過ごしていた。
「鈴木さん、もう屋上ヤバくない?」
日に焼けた肌に白いポロシャツがよく似合った誠が現れ、厳しい日差しと気温に対して言った。すっかり夏だった。
「うん、アタシも思ってた。夏はムリだね」
あと少しで夏休み、それまでまた
アタシの居場所を奪う夏は嫌い。
「髪型変えたよな?」
アタシの変化に気づいた誠が大きく膝を開いたままアタシの右側にしゃがんだ。
「髪型っていうか、色ね」
「黒くしたのか」
と、言って彼はアタシの右側の髪の毛を一束掴んで軽く持ち上げサラサラと手放した。他人に、というか男の子に髪を触られたのは初めてで少し緊張した。
昨日美容院で黒く染めて、思い切って別料金のトリートメントもしてよかったと思った。
誠の言う通り屋上はヤバかった。昼休み後5時間目の途中から目まいがして、休み時間に保健室に行って6時間目はそのまま保健室で過ごした。
「ダイエットとかダメよ? この時期はパワー必要だから」
と、保健の先生に言われたが、アタシはダイエットしているわけでもなく単純に熱中症だったのだと思う。水分を取ってベッドで寝かせてもらうとラクになり先生に起こされて目覚めると6時間目はとっくに終わっていた。
「独りで帰れそう?」
先生は心配していたが、目まいも治まったので独りで保健室を出た。
昼休みはアタシを熱中症にする程天気が良かったが、外を見ると暗い雲が集まって来ていて暗くなっている。
昨今の夏の天気は不安定で夕立とは言えないほどの乱暴な雨が降る。
どんなに太陽がまぶしく夏らしく照っていても天候は急変するから、やっぱり夏は嫌い。
ホームルームも終わって人がいなくなった薄暗い教室に戻り、ロッカーに置きっぱなしにしている折り畳み傘を取り出し、机にかけてあるカバンを手に取って教室から出た。階段を下りながら
まさしく今にも雷が鳴りそうな程の空模様だった。できれば雨に降られる前に駅に着きたい。この後バイトで、濡れて不快なまま働きたくない。
足早に階段を降りて1階に着き、廊下に対して垂直に並ぶ下駄箱を右手に自分の場所まで進む。
自分のクラスの位置まで来て右に曲がろうと、体をやや右向きにして右向きに前へ出した右足が地面についた瞬間、人の気配を感じて伏せていた目線を上にした。
誠と目が合った。
彼はワイシャツの襟元を小野に掴まれて、前傾に身を倒しそれ程高くない身長の小野に合わせキスをしていた。
彼らはアタシの存在に気づき素早く離れ、アタシは誠から視線反らして自分の靴箱を見た。コチラ側に後頭部を見せていた小野が向きを変えてアタシを見て言った。
「あ、まずいトコ見られちゃったぁ」
それを聞き終えることなくアタシは自分の靴箱からローファーを出して出入口に向かった。小野の言い方や声は『まずいトコ』なんて思ってないトーンだ。警戒していたアタシに対する勝利宣言にさえ聞こえた。アタシはその勝負に参加してないにも関わらず。
「鈴木さん」
と、呼び止める誠の声が聞こえたが、
ローファーを履いて傘の柄を伸ばし出入口から出ようとするともう1度誠の呼ぶ声がしたが、傘を思いっきり広げかき消した。
もうすでに雨はザーザーと音を立てながらアスファルトに打ち付けていた。少し待てば止むかもしれないが、引き返せないアタシは土砂降りの雨の中を歩いた。駅まで10分かからないが小さな折り畳み傘はあまり役に立たず、髪は濡れ靴の中は水浸しで靴下も水を含んで重くなっていった。
ホームで電車を待っている間ハンカチで髪や腕を拭いた。でもハンカチだけじゃどうにもならず濡れたままバイトに行くことにうんざりしていた。
電車に乗っている間さっきの光景が脳内で繰り返される。激しい雷を以ってしてもそれを打ち消してはくれない。
携帯電話が振動しメールを受け取った。誠からだった。
<6時間目何してたの?>
その前に言うことがあるだろうと思ったが、何か言われても返す言葉が見つからないし、何か言わなきゃならない関係でもないことに気づいて
<具合悪くて保健室にいた>
と、返信した。
<大丈夫?>
<もう大丈夫>
と、またメールが往復すると
<さっきの誤解だから>
と、返って来たが、アタシが何をどう誤解しているというのだろうか。見たままを理解しているつもりだ。そして彼からのメールによってまたそれが脳内で再生されてしまった。
うっとうしくてイヤフォンから流れる
メールの返信はしなかった。
再生された次の曲は
バイト先のCDショップのある主要駅に着くと雨はすっかりやんでいた。最悪のタイミングで雨に降られてずぶ濡れのアタシは恥ずかしいくらいだった。
外を見ると不思議なくらい赤く燃えるような夕焼けだった。
駅中のコンビニで靴下とタオルと、そういえば軽い熱中症になっていたから念のため手軽な栄養補助食品とエナジードリンクを買ってバイト先に行った。
更衣室兼スタッフルームには一足早く先輩の福西が来ていて、アタシを見るなり
「大丈夫ー? 風邪ひかないうちに何とかしないとー」
と、言って近寄って来た。
とりあえず靴下を変えてロッカーに置いてあるデニムと制服のTシャツに着替えて、髪をタオルで拭いた。折り畳みのパイプ椅子に座ってテーブルにエナジードリンク達を置いたのを見た面倒見のいい福西は
「いいから、それ食べちゃいな」
と、言ってアタシからタオルを奪ってアタシの髪を勢いよく摩擦しだした。彼女は大学生になった今でもこのCDショップでバイトを続け、友達と言える仲にまでになった。
「水分取れたら結ぶしかないね」
「うん、ありがと」
アタシは黙って食べだした。
「ねぇ、福ちゃん、キスってどうしてするの?」
アタシは頭を揺らされながら2歳年上の彼女に聞いた。
「どうしてって……好きだからじゃん?」
「だよね」
なんでそんな質問をしたかと福西に聞かれたが、もうフロアに出なくてはならない時間になって訳を説明する間もなく髪を簡単に結んで仕事を始めた。
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