#22 - 高邁󠄀

 夕方になり3週間ぶりに美雨みうに会った。

美雨みうは相変わらずミルクティ色の肩より少し下の程の髪を巻いていて、可愛らしくフリルのついたノースリーブの黒のワンピースを着ていた。

彼女はやはりファミリーレストランのバイトは辞めて、キャバクラでバイトを始めていた。

「バイトしないとライブ行けないし。でも学校大変でバイトそんなに入れないんだよね……」

少し疲れ気味な彼女は言った。

火曜日と金曜日の夜だけ働くだけで、以前の週4日働いていたファミリーレストランを優に超える給料をもらえるらしい。

「大変だね」と、返すと

「でもライブで元気もらえるから」

いつもと変わらない無邪気な笑顔で言った。

嘉音かのんちゃんは最近何かあった?」

と、聞かれたが子猫を拾って保護してもらったことは話したが、何故か誠のことは話さなかった。学校で友達ができたという事は大ニュースなはずだけれど、誠と仲良くなってから美雨みうとは数度会っているが報告はしなかった。

 特に誠とは何かあったわけでもないし、恋愛に至っているわけでもないが、男の子と仲良くしてることが何か後ろめたいことのように思えていた。ヴォーカルのUユーを一途に応援している美雨みうにどう思われるかと憂惧ゆうぐしたし、誤解されるのが怖かった。何よりSHUシュウを好きな自分を裏切るような感覚があった。


 SHUシュウは肩まで伸びた髪を2か月くらい前から黒色にしている。

アタシは去年から、彼を真似て彼ほどではないが髪を明るめに染めていた。それで彼の黒髪にまた憧れて次のバイトのお給料で黒色に変えようと決めていた。

今日もSHUシュウは艶やかな黒い髪を中央より少し右で分け、横に流している前髪が左目に掛かっている。ライブが進むにつれて汗で前髪に束ができその隙間から鋭い目が見えてセクシーだった。黒髪もかっこいいなと思いながら彼を見上げ忘我ぼうがいきに入る。

彼が大きくてしなやかな手で作り出すリズムに身を揺らす。

あっという間に時は過ぎる。

 最近完成した曲を初披露すると言って耳慣れないイントロが始まった。スローテンポでゆったりとしたベース音が心地よかった。とてもロマンチックで壮大なラブソングをUユーは情感たっぷりに歌い上げる。SHUシュウは曲中ほとんど手元を見たまま顔を上げず小さく横に揺れながらベースを弾いていた。

 アタシと美雨みうは感動的なその曲をどう受け止めたらいいのかわからなかったようで、いつのまにか自然と手をつないでいた。

その新曲が終わると歓声と拍手が鳴り響いた。アタシと美雨みうは目を合わせて感動を分かち合い繋いでいた手を離した。

 Uユーが人差し指を立てて口元に持っていき歓声を鎮めるようなジェスチャーをしながらスタンドからマイクを抜き取って話し出した。

「今日、どうしても地元のココで報告したいことがあります」

観客は静まり注目した。

「メジャーデビューが決まりました!」

大歓声が巻き起こった。

アタシと美雨みうは一瞬抱き合って、また手を繋いでその手を高く上げ、また離してステージ上の彼らに拍手を送った。彼らを応援してきた自分達にも拍手を送った。

 彼らの夢が現実となった。

デビューは翌年の初めで、それまでにアルバムを完成させる為に今は曲作りに心血を 注いでいるということだった。

そして最後に1曲演奏し、いつも以上に興奮している観客と一緒に盛り上がった。


 帰り際、莉愛マリアに会ったので「よかったですね」と声を掛けた。

新しく所属するレコード会社にファンクラブが移行し莉愛マリアは手伝いを終えられるそうで、

「やっとアイツらから解放されるよ」

と、笑顔で言った。

「でも、寂しくないですか? 好きな人の手伝いできなくなって……」

莉愛マリアはリーダーと付き合っているというウワサが頭をよぎり、アタシは思わず口走ってしまった。

「もしかして、私が付き合ってるってウワサ信じてるの?」

「あ、はい」

「付き合ってないんだよぉ。っていうか高校時代付き合ってたの。今はもう」

余計なことを言ってしまったアタシに対して嫌な顔せずに、彼女はヴォーカル以外は子供の頃からの知り合いだから腐れ縁だと話していた。

莉愛マリアとリーダーははた目から見てもお似合いに思っていたし、何も知らないながらかっこいいカップルだと期待していたから、他人事ながら少し残念に思えた。

彼女は悟ったように言った。

「バンドマンと付き合う程、無謀むぼうなことはないよ」

「そういうものなんですね……」

「私、こう見えて意外と堅実けんじつだから。実家が水商売だからさ」

彼女は笑っていた。


 いつものようにライブが終わって終電までの間ファミリーレストランで美雨みうと2人だけの打ち上げをする。

まずはドリンクバーで取って来たプラスティックのカップで乾杯して、やはり今日の話題はメジャーデビューについてだ。自分たちが応援してきた日々が報われたような気がして嬉しかった。

「ドームツアーとかやったりするのかなぁ」

と、美雨みうが妄想する。

「やっぱり、人気出たらやるんじゃない?」

「その時も一緒に行こうね」

「うん、お互い何してても一緒に行こうね」

多分近い将来DOOMSMOONドゥームズムーンは人気者になって全国を飛び回るだろう。その時アタシは大学生か、もしかしたら別の何かだ。美雨みうはこのままいけば看護師として働いているだろう。それでもアタシ達はDOOMSMOONドゥームズムーンの晴れ舞台には一緒に駆け付ける事を誓った。

「それも楽しみだけど、でも……。少し寂しいね……」

と、美雨みうが言ったので何故か聞いた。

「どんどん人気出て、どんどん遠い存在になっちゃうね」

「そっか……」

「私達の事なんか忘れちゃうよ」

「そうだよね」

美雨みうが言った『私達』とは地元で応援していたファンやバンギャルのことだろう。もちろんアタシも含めてだ。寂しいけどきっとそれが現実だろう。

だけどその反面、この先もアタシや美雨みうや地元で応援してきたバンギャル達のようにDOOMSMOONドゥームズムーンの曲を聴いたりステージを観たりすることで救われる子が全国のどこかにいるのかもしれないと思うと、活動範囲を広げて知名度を上げることが尊くも思えた。

実際2年前、救われたアタシはこれでまた生きる目的が1つ増えた。デビューを見守り新しいアルバムを聞かなくてはならい。アタシはまた彼らに感謝しなくてはならない。その為に彼らを応援し続けることを改めて誓うのだった。

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