#21 - 反射

 茶トラで女の子の子猫は結局、商店街の動物病院の紹介で保護活動をしている人に引き取ってもらうことになった。その保護活動のホームページを見ると、次々と猫がやって来て次々と飼い主に貰われていく微笑ましい写真が沢山載っていた。

ウチはやはりあまり子猫に適さない環境のようで、それらの写真を見てウチよりいい家族に貰われる可能性に望みを託した。

 子猫は基本的にはアタシの部屋の中にいて、家代わりのダンボールの中に入って寝ていることが多かった。夜ベッドの横にダンボールを置いて寝ていると、子猫は頑張ってダンボールから脱出してベッドまで登ったようでアタシの枕元に寝たりしていた。

だいぶ子猫と仲良くなっていたので手放すのは寂しかった。

「1か月たっても貰い手がなかったらウチで引き取ろうよ」

と、父もまた子猫を気に入っていたので、寂し気なアタシに言った。

 父には内緒だったが、学校が終わってからバイトや塾に行く前の短い時間、誠は毎日子猫に会いにウチに来ていた。

名前を付けようとしたけれど、別れがつらくなるからやめようということで名前は付けなかった。

「オレ、この子だったら付き合ってもいいかも」

大きな手で小さな子猫を撫でながら誠は言っていた。子猫に夢中だった。

「この子は付き合いたくないかもじゃん」

「オレの事好きって顔してるじゃん」

「アタシ見る時と同じ顔だよ」

子猫を通じてたわいもない会話をした。


 土曜日、動物病院で待ち合わせて引き取ってもらう約束になっていたので、お昼前に誠がウチまでビーチクルーザーでやって来た。

誠が持参した知り合いからもらったというキャリーケースに子猫を入れ、余ったエサを紙袋に詰めて2人で歩いて商店街の動物病院まで行った。

受付の人に説明して待合室で待っていると、洋服に猫の毛を付け明るく活発そうな熟年の女性が子猫を迎えに来た。

「優しい人に見つけてもらってよかったねぇ」

と、女性は子猫をキャリーバッグから出して抱き上げた。

「よかったらもらってください」

と、言って残ったエサが入った紙袋も一緒に渡した。

「あら、助かるわぁ。ありがとう。いいものもらったね」

また女性は子猫に話しかけながら言った。

 たった3日一緒にいただけなのに情が移ったアタシには別れが辛くて涙が出そうになって手で拳を作り力を入れてこらえた。

誠はそれを見ていたのかアタシの背中にそっと手を置いた。

彼の手の温かみを感じて辛さや寂しさから解放された感覚がした。

「そうだ、写真撮ってもらえませんか」

と、言ってアタシは女性にデジタルカメラを渡した。

子猫の写真はいっぱい撮っていたが、誠とアタシと子猫の2人と1匹で写った写真が欲しかった。

「もちろんよ」と女性は言って、誠が子猫を抱いてその右側に立ったアタシは子猫の手を小さく握って写真を撮ってもらった。

 子猫はそのまま医師の診察を受けてから帰るという事になり、アタシ達は「お願いします」と、言ってその場を去ろうとすると

「何か進展あったら鈴木さんに電話で報告するから、安心して任せてね」

と、朗らかな女性の笑顔を見てこの人なら大丈夫だろうと思い、また「お願いします」と、言って誠と一緒に動物病院から出た。


 商店街を歩き始めてアタシは

「一緒に来てくれてありがと。1人だったら泣いちゃってたかも」

と、誠に言うと変な返答が返って来た。

「オレ、今でも泣きそうだよ。海でも行く?」

「なんで海?」

「感傷に浸りたい時とかは海じゃねぇの?」

ここから歩いて5分くらいで海には着くがアタシは海が嫌いだ。

「アタシ、海嫌いなんだよね」

「え、この街に住んでて海嫌いで何すんだよ」

「海以外の事だよ」

サーフィンをやる誠は驚いていた。

「おまえ、変わってんなぁ」

「誠が凡庸ぼんようなんだよ」と、冗談を言うと「どういう意味?」と聞き返したのではぐらかした。

 海のある街に住んでいるからサーフィンをするが決して誠は凡庸ぼんようなんかではない、アタシとは違い人付き合いが上手く感情表現豊かで非凡ひぼんな人だと思っていた。

アタシもこんな性格だったらもっと違う高校生生活だったかなと思うと、誠が眩しく見えていた。

 誠は午後からバイトで、アタシは夕方からDOOMSMOONドゥームズムーンのライブに行く予定だったので、ウチに停めて置いたビーチクルーザーを拾ってそのまま帰ることになった。

「おまえ、いつもと雰囲気違うな」

「制服じゃないから?」

「あと……髪?」

湿気の多い時期はセットが面倒な長い髪を頭頂部でまとめていたからか、誠はそう言った。そういえば私服で会うのは初めてだった。

「休みの日はこんなんだよ。面倒だからさ」

「そっか。前見たときもそんなんだったな」

彼はTシャツにだらしなくデニムをはいて、相変わらずの傷んだ茶色い髪で

「誠は変わんないね、いつもと」

アタシが笑って言うと「そうかよ」とわざと不貞腐ふてくされたふうに言った。

 ウチの近くのコンビニの前に差し掛かると「ちょっと待ってて」と、言って誠は店内に入りアタシは入り口で待たされた。少しして出てきた彼は

「この前のカレーのお礼」

そう言いながらアタシにコンビニのビニール袋を差し出した。

お礼を言って袋を受け取ると中にはアタシの好きなプリンが2個入っていた。

 家に帰りさっき撮ってもらった写真をプリントアウトしてみた。いつもの誠の笑顔の横で写真に撮られ慣れてないアタシは不機嫌そうな、何とも言えない笑顔をしていた。その写真の自分はあまり気に入らなかったが子猫と誠と記念の写真だったので、たくさん撮った子猫の他の写真と一緒にアルバムにしまった。

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