#20 - 惻隠
今朝の天気予報でまもなく梅雨明けだと言っていた。別に雨は嫌いじゃないが湿気で髪がうねるのが嫌だし、雨上がりには街中が死んだ魚の匂いに
休み時間、アタシは相変わらずイヤフォンをして窓の外を見ていると、今日もまた誠に逢いに女の子が来た。違うクラスで誠が『小野ちゃん』と呼んでいる女の子だ。数人の女の子がやってくるが、多分誠の彼女というポジションに1番近いのが小野だとアタシは分析している。
『恋愛めんどくせぇ』と言っていた誠も笑顔で相手をしているし、小野は可愛かった。特別美人とか可愛いとかではないが、ギャル風で胸まである茶色い髪をいつも巻いていて流行りのメイクをしてネイルをキラキラさせ、高くて可愛い声で甘えたように話す。まさに恋する乙女風で可愛かった。
アタシは見てないフリをしているが、観察はしている。
休み時間が終わる頃、ちょうど
「おい、謝れよ!」
誠の強い声がイヤフォンをすり抜けて聞こえた。窓の外を見ていたが教室内に顔を向けると小野がこちらを見ていた。小野が慌てて自分の教室に戻ろうとしてアタシの机にぶつかって、それに対しての誠の言葉だった。
クラスでは幽霊のアタシはそんなことしょっちゅうで、謝られたことなんてないので何も気にしていない。
小野の「ごめーん」という甘ったるい言葉がかすかに聞こえたが、関わりたくないアタシは聞こえないフリをした。
前の席で立ち上がっていた誠を見上げると「わりぃ」と言ったように口を動かしていたが、
アタシは1回頷いて『大丈夫だよ』とサインを送った。
次の休み時間、偶然トイレで小野に会ったうと
「さっき、ごめんね」
と、手を洗っているアタシに向かって、彼女は可愛らしく謝った。
「大丈夫です」
アタシは何も気にはしていなかったので、その場をやり過ごすためにそっけなく返事をした。
まさかのヒールターンの逆でベビーフェイスターンかと思ったが、高校というところはそう甘くない。1巻目でライバルだったヤツが7巻くらいで味方になったりは、そう簡単にしない。
「誠と
恋する乙女の察知能力を
「何か? っていうのは?」
と、アタシは意地悪く質問に質問で返した。マフィアやヤクザ映画で学んだ手法だ。
「変な事聞いてごめーん」
小野はまた甘い声に戻してその場を去って行った。
誠の言う通り、確かに恋愛はめんどくせぇモノなのだと納得した。
その日の帰りも駅で誠と一緒になった。また住宅街の静かな道を一緒に歩いた。
「誠の1番のお気に入りは小野って子でしょ?」
と、アタシは唐突に質問してみた。
「小野ちゃん? 別に、1番じゃねぇよ」
アタシの分析は間違っていたのか。
「でも、小野ちゃんの1番は誠じゃない?」
「ん、まぁ、気に入られて悪い気はしねぇけど、オレは特にはね……」
誠は小野の気持ちに気づいている様子だった。あんなに仲良さげに話しているのに特別ではないのは、優しさなのかもしれないどそれは
いがいにも小野に同情心が芽生えた。
そしていつも別れる交差点に着くと
「オレ、見ちゃいけないモノ見ちゃった」
と、何か
アタシ達は近寄って、子猫の前に身を
「どうしよう、今日夜激しい雨って言ってたよ」
と、アタシが誠の顔を見ると
「オレ、猫好きすぎてヤバイんだけど……」
もうすでに子猫に夢中で大きな手に乗せていた。
アタシはおかしくて笑うと「なに?」と聞かれ
「だって、少女漫画のシチュエーション。不良が子猫拾ってるの見ちゃって惚れちゃうやつ。それぽいじゃん」
アタシは笑いが止まらずに言った。
「オレ不良かよ、じゃぁ鈴木さんオレに惚れちゃうってことじゃん」
「アタシみたいなキャラは少女漫画にいないもん、ナイね」
「なんだよそれー」
と、誠も笑っていたが、彼は子供の頃猫を飼ったことがあってこの子も飼ってあげたいが、今はギリギリの生活をしてるので飼う余裕はないと切ない顔に変わった。
「アタシ、連れて帰るよ」
「飼えんの?」
ウチもアタシと父の2人暮らしで家には人がほとんどいないから、子猫を飼うには環境がよくない。
「飼い主探すことはできるじゃん。それまで預かるよ」
それを聞いた誠はまた笑顔に戻った。
「アタシ、どうしたらいいかわかんないから、一緒にウチ来て」
アタシは猫と猫を飼った事のある誠を連れて家に帰った。
念のため父に子猫について連絡すると、飼ってくれる人か保護活動をしている人を紹介してくれるかもしれないから、商店街にある動物病院とペット美容院に相談してくれると言った。それを誠に伝えると安心した顔をした。
帰り道ドラッグストアでエサとトイレ用の砂を買ったので、子猫にご飯を食べさせ洗面所で子猫を洗って綺麗にした。面倒くさくて捨ててなかったダンボールを組み立て直し、タオルを敷いて端に小さいトイレを作って家代わりにした。
誠に教えられながら子猫の環境を整えると子猫はスヤスヤと寝てしまった。
あれこれしていてお腹の空く時間になっていて、塾に行く時間がとっくに過ぎていてサボってしまっていた。
「ご飯食べる?」と聞くと「まじ? 腹減ったけど」と言うので昨日の残りで鍋のまま冷蔵庫にしまっていたカレーを温めた。
ダイニングテーブルに誠を座らせ、誠の隣のイスには寝ている子猫が入ったダンボールを置いた。
サラダと簡単なスープを作ってテーブルに並べた。
「鈴木さん、すごくね?」
「ウチお母さんいないから、これくらい余裕」
アタシ達は2人で向かい合って夕飯を食べた。
誠は「うまい、うまい」と言いながらあっというまにカレーを平らげておかわりまでした。アタシは褒められて嬉しかった。
ウチに友達を招待したのは初めてだったし、父以外に自分の料理を食べてもらうのは初めてだった。しかも男の子。これは父には内緒にしようと思った。
やはり雨が強く降って来たので誠にビニール傘を渡すと「まじでうまかったよ」と言って帰って行った。
◆◆◆
作中に登場する楽曲には意味があります。
完結後に全曲解説を公開します。お楽しみに♥
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