#19 - 告解

 まことはいがいにも鈍感どんかんではなかった。2人共教室に戻ったがさっきまで楽しく音楽の話をしてたなどと想像ができないくらい、以前のアタシ達に戻った。何もなかったかのように前後の席に座る。それはアタシに対する気づかいなのはわかっていた。

存在感のないアタシと人気者の彼が急に親し気に会話しだしたら、一躍トップニュースになって噂の的になる。そんな事に巻き込まれないように、独りでひっそりと過ごしているアタシの世界を守ってくれているのだ。

アタシは人気者でいつも騒がしい彼を誤解していたのかもしれない。

思っていたより彼は繊細せんさいだった。

後ろの席から彼のカラーと潮で傷んだ髪を見ながら思った。

誠は3日に1度くらい昼休みの屋上に現れるようになった。


 そしてある日、学校の帰り電車を降りると駅の出口で誠と鉢合わせをした。

中学も一緒だったから家はさほど遠くないはずで同じ駅を利用していても不思議はない。

「まっすぐ帰んの?」と、声かけられ

「うん、着替えて塾行かないとだから」と返事をすると自然と一緒に家の方向に歩いた。静かな住宅街の道を2人で歩きながら沢山の話をした。

 誠は母親と父親違いの姉と3人で暮らしている。父親はいない。

「オレ、愛人の子なのよ。母ちゃんが愛人やってたわけ」

かなり重いことを軽く言った。

父親には別に家族がいて家族を捨てることができず母はシングルマザーとして誠を産む決断をした。学費だけは今でも父親が払っているらしいが会った記憶はないという。

 母はとにかく酒と男に依存しがちな性格でだらしがなく、彼氏を作っては別れてを子供の前で繰り返している。大人の男性が入れ替わり立ち代わり、誠姉弟きょうだいに親切な人もそうでもない人もやって来た。

「さすがに母ちゃんも年だからだいぶ落ち着いてきたけどね」

誠はもうそんなことには慣れて何も思わなくなったというふうだった。

一家は唯一祖父母が残してくれた古い家に住み、社会人の姉が家族を支えていて、彼は姉に頭が上がらないという。

「父親はいないし、母親はオレより男が大事だし、だからかな……オレがこんなんになったのは」

と、自分を分析していた。

 明るく振る舞ってなるべくみんなと仲良くする。アタシみたいな存在感のない子ともこうやって仲良くする。

もしそうだとしたら誠の社交性は悲しみからやってくるもので、ウソ臭く感じていたアタシは申し訳なく思った。

「アタシはお母さんいないよ。男作って出ていったの。子供の時」

 そう打ち明けて気が付いた。

アタシ達は似ているのかもしれない。喪失感そうしつかん孤独感こどくかんを吐き出す方向が違っただけで。

 そんな話をしながら10分くらい歩いて、東京まで伸びる別の路線の駅が見えてきた。その線路を渡った交差点で立ち止まった彼は言った。

「鈴木さんだけ下の名前で呼んでずりーじゃん」

「は? 自分で誠って呼んでって言ったんじゃん。アタシは言ってないもん」

やっぱりまだアタシは母の付けた下の名前を好きになれない。鈴木というよくある苗字も気に入ってはいないがまだマシだ。

この小さな交差点を誠は右に曲がって、アタシはまっすぐ海の方へ進む。

「じゃぁね」と言って別れた。

アタシと誠はたまに駅で遭遇そうぐうして一緒に帰ったりするようになった。


 アタシは塾で授業を受けながら考えていた。

あんなに同級生と親しくなったのは初めてで、しかも男だ。男の子と2人きりで話したり歩いたりすることなんて今までにはなかった。アタシはそれをなんなくやっている。それだけ誠が温和おんわで接しやすいからなのか。

 SHUシュウとは決定的に違った。

始めてライブで観た時から今日まで彼の事ばかりを思って生きてきた。楽屋で初めて会った時は体が燃えるように熱かったし、それ以来何度か楽屋に連れて行ってもらったけどそれは収まることを知らず、熱さは増すばかりだ。

普段、彼の事を考えるだけで高揚感こうようかん多幸感たこうかんで体はまた熱を帯びる。

ライブで最前列に行っても楽屋に行っても、どんなに手を伸ばしても届かない存在なのに、彼の存在は日を追うごとにアタシの中で大きくなる。

 だけど誠に対してそれはない。目を見て話しても熱を帯びるような感覚はない。手を伸ばせば届く距離にいるにも関わらず。でも誠といる時間は楽しかった。

SHUシュウに対する気持ちが恋ならば、誠に対する気持ちは何なのだろう。

これが男女の友情というやつなのだろうか。


「鈴木さんて、彼氏とか好きな人とかいる?」

ある日、いつものように屋上にいる時、突然誠に聞かれた。

「いるって言ったら、誰? って聞くでしょ? だから答えない」

と、アタシは返事すると誠は「なんだよそれー」と言って笑っていた。

手の届かない人に恋していることの不毛ふもうさを知られたくなかったし恥ずかしかった。

SHUシュウDOOMSMOONドゥームズムーンの事は内緒にした。

「オレ、恋愛よくわかんねぇんだよなぁ。なんでみんな必死なの? 男も女も」

「誠はモテるからでしょ、わかんないんだよ必死な人の気持ち」

「オレ、モテてるんかねぇ……。付き合うとかさ、好きとか、なんなんだろうな」

休み時間の度、違うクラスからも女の子がやって来て仲良くやってるようだったから、アタシはてっきり彼はモテている青春を謳歌おうかしているものだとばかり思っていた。それにこれくらいの年齢の男の子は女の子の事ばかり考えているのが普通だと思っていたし、誠を訪ねてくる女の子の中に彼が恋する子もいるのだろうと勝手に想像していた。

「誠は好きな人いないの?」

アタシからも質問してみたが、

「んー……わかんね……」

と、答えたきり恋愛話は終わった。

「オレにも聴かせて」

と、言ってさっきまでアタシが聞いていたiPodアイポッドのイヤフォンを片方取り、2人で片方ずつ耳に入れた。再生を押すとLinkin Parkリンキンパークの“Numbナム”が流れた。

アタシ達は膝を伸ばし足を前に投げ出して座り、何も話さず青い空に浮かんで流れる白い雲を見ていた。


◆◆◆


作中に登場する楽曲には意味があります。

完結後に全曲解説を公開します。お楽しみに♥

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