#18 - 誘因

 アタシには秘密がある。

3年になってから独り、立ち入り禁止の屋上で昼食を食べている。3年の教室は最上階で、アタシの教室の横の階段を上がると屋上でその階段には『立ち入り禁止』の立て看板があり、出入り口のドアにも『立ち入り禁止』の張り紙がしてある。

アタシはそこにこっそり入り込んで昼休み屋上を独り占めしている。それをやり始めてから数日で体育教師で担任の山本先生に見つかってしまった。

だけどアタシは

「ボッチで居場所がなくて……」

と、悲しいフリをした。

先生は去年も担任だったからアタシに友達がいないことには気が付いているはず。『やまもっちゃん』と生徒から親しみを込めて呼ばれるほど人気があって生徒思いの先生は

「それじゃ、誰にもバレないようにしろよ」

と、アタシの悲し気な演技にほだされて許可してくれた。

「他の先生には言っておくから。他の奴らも溜まるようになったら中止だからな」

「はい、先生ありがとう」

「中止になったらオレと昼飯食うことになるぞ」

こうやってアタシは特権を手にした。

 眼下にはグラウンドが広がっていて裏門があって、道路を挟んで学校前の駅。その駅から向こうには国道があって海が見える。海は好きじゃない、だけど屋上からの眺めは良かった。貸し切り状態の空間がキモチ良かった。


 アタシはいつも通り昼休みに朝買ってきたコンビニの袋を片手に屋上に行き、イヤフォンを耳に入れて再生を押す。ちょうど流れたのはBuzzcocksバズコックスの“Ever Fallen In Loveエバーフォレンインラブ”。上を見ると爽やかな青空だった。

 コンビニの袋からサンドウィッチとプリンとパックの飲み物を取り出して、空いたビニール袋を敷物代わりに敷いてコンクリートの床に座る。音楽を聴きながら遠くの海を見つめ昼食をとる。学校にいる間で1番好きな時間だ。独りでも苦痛はなかった。

 すると遮るものの何もない屋上でアタシに影が差した。

アタシの右側に気配を感じて顔を上げると、柳沢 誠やなぎさわ まことが逆光の中立ってアタシに向かって何か言っていた。慌ててイヤフォンを外して彼に聞き返そうとしたが、彼はそのままアタシから1メートルくらい離れたところに座った。

「話しかけないから、ちょっと休憩させて」

と、彼はアタシに向かって言った。アタシは突然のことに驚いてうなづいただけでまた耳にイヤフォンを戻した。

Generation Xジェネレーションエックスの“Kiss Me Deadlyキスミーデッドリィ”が流れていたが、最初のフックまでの切なげに歌い上げる好きなパートを聞き逃してしまった。彼の事は忘れて曲に集中してみるものの、話しかけないからと言われたところで確かにアタシの右側に彼は存在していて緊張する。

でも、それを悟られるのも嫌だったので何食わぬ顔をしてプリンを食べた。1メートルの間があっても2人きりの空間は居心地が悪かった。

 何か話しかけられてるような気配がして、アタシは彼の方に顔を向けイヤフォンを外した。

「あ、話しかけちゃた。ごめん」

と、彼は言った。やはりアタシに向かって何か話しかけてたのだった。

「聞こえてなかったよ、ごめん」

と、返した。

「プリン好きなんだね、って言っただけ」

「そっか……」

「コンビニで買ってるの見かけたし、今も食ってたから」

「うん……」

「知らないと思うけど、オレ、レンタル屋の隣のコンビニでバイトしててさ」

アタシと柳沢 誠のぎこちない会話が続いた。

DVDを借りに行ったついでにそのコンビニに寄ってプリンを買ったことが何度かある。彼がバイトをしていることは知っていた。てっきり彼はアタシの事なんて知らないと思っていた。

「ごめん、もう話しかけないから」

と、彼は言ったが「別にいいよ」と答えると彼はアタシの近くに胡坐をかいて座り直して話し出した。

「いつもなに聴いてるの?」

またこの前と同じ質問をされ、今回はちゃんと返答した。

「ロックとかパンクとかヒップホップとか……いろいろだよ」

「オレ、ロックは聞くかなぁ。詳しくないけど。母ちゃんの前の男が置いてったアコギがあってさ、それちょっと弾いたりするかな」

「何弾くの?」

「“About A Girlアバウトアガール”とかかな。ムズイけど」

Nirvanaニルヴァーナのアンプラグド?」

「そうそう、何故か必死でコピーしてた時があってさ」

いがいにも音楽の話で盛り上がった。彼は好きな音楽について話していた。主にハードロックが好きなようだ。

 同級生とこんなに会話をしたのは始めてだった。彼は教室で見かける通り快活に大きな身振りでよく話した。彼の顔をちゃんと見たのも初めてで、眉と綺麗な二重の目の間隔が狭くて鼻筋が通っていて大きな口、これがモテる人なんだと客観的きゃっかんてきに彼を観察した。


 そして彼は何故屋上にやって来たかを語りだした。

「オレもなんか独りになりたくてさ」

いつも周りに人がいて人気者の彼からは想像つかない発言だった。

「鈴木さんはすごいよ、いつも独りで自分の世界持ってる感じで」

と、言うがアタシもそんな簡単ではない。独りが寂しいと認めたくないから結界けっかいを張って踏ん張っているのだ。寂しいと認めた瞬間に高校生活は崩壊し2度とそこには戻れなくなるから。DOOMSMOONドゥームズムーンSHUシュウにすがって独りでいる寂しい自分から現実逃避げんじつとうひした結果こういう高校生活を送ってるだけなのだ。

「柳沢くんの方がすごいじゃん、みんなと仲良くて、人気者で」

「思ってないっしょ、オレみたいの嫌いでしょ?」

彼にはお見通しだった。アタシが彼をそんなふうに今まで思ってなんていないことを。嫌いという程ではないが、みんなと仲良くてすごいなんて思っていない。彼の振る舞いをウソ臭く感じていた。

「そうだね、嘘ついた。嫌いではないけど。世界違うなって感じ」

と、正直に言うと彼は笑った。

「オレさ、独りになるのが怖くてみんなと仲良くしてるだけで、でもそれもそれでけっこう疲れるわけ。自業自得じごうじとくなんだけどさ……」

遠くの海を見つめながら続けた。

「恋愛とかめんどいし、独りでいられる鈴木さん、まじ、つえぇよ」

「アタシは実際、独り寂しいし、でもそれを認めないようにしてるだけだよ」

「そっか」

彼はそのまま海を見つめて黙った。アタシはその横顔を見ていた。彼も彼で大変なのだ。

「みんなと仲良くするのもすごいよ」

と、アタシは心から思って口に出すと彼は少し疑った表情でアタシを見たので

「本音、本音。アタシにはできなから」

と、言って取り繕うと彼は大きな口を横にニッコリと広げて笑顔を作った。

 教室に戻らなくてはならない時間になって2人同時に立ち上がると彼は背が高いことを実感して、つい身長を聞いてしまった。

「182センチ」と聞いたアタシは、SHUシュウより1センチ小さいのかと思った。

別れ際彼は自分を「誠って呼んでよ」と言った。仲良くなった証みたいなものだろうか。そして

「鈴木さんの事、下の名前で呼んでいい?」

と、彼が聞いたのでアタシは

「ダメ」

と、即答した。

 屋上から現実に戻る時、

「地元一緒だよね。オレ、ほとんど海いるから、いつでも来てよ」

と、サーファーの彼は軽やかに言って海に入っている場所を説明した。

ウチから歩いて5分くらいの場所だが、アタシは海は嫌いで「うん」と、社交辞令しゃこうじれいの笑顔を作って返した。


◆◆◆


作中に登場する楽曲には意味があります。

完結後に全曲解説を公開します。お楽しみに♥

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