#17 - 嫌気

 月日は流れアタシは高校3年になった。

今年度は最初からツイていた。窓際の列の1番後ろの席になったからだ。

アタシはipodアイポッドを常に携帯し、好きな音楽を聴きながら窓の外を眺めている。あいかわらずここに友達はいない。教室の隅で気配を消して退屈な高校生活をやり過ごしている。

 しかしツイていると思えたのはほんの数日だった。

アタシの前の席の柳沢 誠やなぎさわ まことは人気者のようで休み時間や下校時にひっきりなしに誰かが彼を訪ねてくる。

『マコー今日何時に来る?』

『1回家帰ってからだからさぁ、少し遅くなるわ。』

と、スケボー仲間とのやりとりがあったり

『マコちゃんー今日海ぃー?』

『わり、今日スケボーの約束してんだ』

と、サーファー軍団とのやり取りがあったり

『誠ー今週の土曜日、合コンなー!』

『オレ、合コン苦手なんだけどぉ』

『いいから数合わせで来いって』

と、遊び人グループとのやり取りがあったりする。

その他にもゲーマー達とゲームの貸し借りをしていたり、特に目立たない連中ともたわいもない話をしてる。

 それと彼の特別な存在になりたいといった動機がありありと伝わる女の子も入れ替わり立ち代わりやってくる。

『誠ぉ、週末なにしてんのぉ? あそぼぉよぉ』

女の子の高くて甘い声は、せっかくイヤフォンをして結界を張っているアタシの鼓膜にも薄っすら届く。1メモリ音量を上げる。

Kurt Cobainカート コベインの高音が少しかすれるセクシーな歌声やSlashスラッシュのメロディアスでセクシーなギター音でかき消してもらう。

 柳沢 誠はとにかく人気者で彼の周りはいつも賑やかだった。彼が人気な理由はアタシにでもなんとなく分かった。

背が高くてハッキリした顔立ちで華があった。着崩した制服に茶色くてレイヤーのたくさん入った襟にかぶるくらいの長めの髪を後ろに流して、真面目過ぎず、不良過ぎない。外見だけならともかく、性格も明るくて穏やかそうで男女問わず誰とでも仲良かった。

でもアタシはそれがなんだかウソ臭く感じていた。アタシとはまるで正反対だったからだ。


 ホームルームで前からプリントが回って来た。柳沢 誠から手渡される。

“進路について”だ。自分の希望や親とはどんな相談をしているか記入して後日提出する。3年になると進路について具体的に考えないとならない。

この2年、勉強は現状維持げんじょういじ程度にして、音楽の探求に熱中し、映画を観漁みあさって、バイトに精を出し、たまに美雨みう莉愛マリアと遊んで、地元だけに留まらず近場のDOOMSMOONドゥームズムーンのライブに月数回行き、SHUシュウに思いを馳せるという日々を繰り返してきたアタシは、まだ何も考えていなかった。

ホームルームが終わりプリントをカバンしまっていると、前に座っている柳沢 誠がくるりとコチラを向いてアタシの机の上に大きな手を広げて置いた。

「いつも何聴いてるの?」

彼はアタシに向かって声を発したが、アタシは不意の出来事ですぐ声が出なかった。

2年前SHUシュウと出会ってから70年代・80年代の音楽から始まってさかのぼったり行ったり来たりしながら最近やっと時代が追い付いてMy Chemical RomanceマイケミカルロマンスGREEN DAYグリーンデイまで来た。

途中MOTOWNモータウンサウンドにハマったり、Beasty Boysビースティボーイズの流れでHIP HOPヒップホップに行ったり紆余曲折うよきょくせつしながら。

それをごちゃまぜに気に入ったものをipodアイポッドに入れてシャッフル再生して次に何が来るかワクワクしながら聴いている。

これをどう簡潔かんけつに話したらいいのかわからなくて彼の平行二重の大きな目を見てただ固まった。

「誠ぉ一緒かえろぉー」

と、女の子の声がしてそれを打ち切った。

アタシは目線を外して何も答えずにまた帰り支度を始めて、イヤフォンを耳につっこみ結界を張った。

あと1年の辛抱だ。


 美雨みうはアタシより1歳年上なので、高校を卒業して今は看護系の学校に通っている。一緒にライブには行くが、学校帰りに会っておしゃべりする機会は減ってしまった。看護学校は予想以上に大変でバイトもままならず、時給のいい夜のバイトでもしようかとこの前話した時に言っていた。

ただDOOMSMOONドゥームズムーンを応援したり自分の好きな事ができるのは時間に限りがあるのだと知った。アタシも来年の今頃は高校生ではなくなっている。

今のようにバンドの応援を中心とした生活を送るためにはどんな進路をえらべばよいだろうかと考えていた。

 夜になって父と進路について話をした。

まさかバンド中心で……なんて事は言えないが、何も考えてないアタシに父は言った。

「とりあえず大学行くのが今は普通なんじゃないか?」

そう言われてふと思った。

「アタシ、英語の勉強したいかも」

音楽や映画を観て、英語でそのまま聞き取れたらどれだけ世界が広がるだろうといつも思っていた。

「じゃぁ、受験するなら塾とか家庭教師とか必要だよな」

「家庭教師は緊張するし……塾かなぁ」

「お父さんも塾について近所で聞いてみるよ。自分でも通いたいとこあるか調べてみて」

「うん、わかった」

こうしてアタシは大学受験をすることにした。大学生ならCDショップのバイトは続けられるし、ライブにだって行ける。

 数日後、塾に週3日通うことを決め、受験が終わるまでバイトは週2日にしてもらった。これならライブに月3、4回は行ける。

アタシの生きる為のすべての源であるSHUシュウと会えなくなることだけは避けたかった。塾に通い勉強して大学生になれればまたバンド中心の生活が戻ってくる。


 アタシは夜な夜な相変わらずノートにいろいろ書いている。その日あったことやSHUシュウの事、音楽について、観た映画の感想、とにかく思いつくままに筆を走らせる。この何だかわからないが、決して誰にも見せてはならないノートは今やすごい冊数になって、クローゼットの中の衣装ケースの1段を占領せんりょうしている。

DOOMSMOONドゥームズムーンの曲を聴きノートを書き終えると、これも相変わらず深夜ラジオを聞きながらベッドに入る。受験という課題が増えてアタシの自由時間は減ってしまったがこのルーティンだけはいつも一緒だった。

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