#14 - 楽園
学校帰りまたCDショップに行った。毎晩の音楽探求で欲しいCDが次々と増えていく。
先日来た時にいろいろ教えてくれたメタル好きの中田を発見し声をかけると、アタシを覚えていたようで
「あ、いらっしゃいませ」
と、相変わらず猫背で素朴な雰囲気で低い声でブツブツと話し出した。
「この前買った中で気に入ったものありましたか?」
「NirvanaとRamonesですかね……でも、全部好きでした」
と、答えると中田は「よかった」と言ってパンクに詳しい人を呼んでくると言ってその場を離れた。
今度は中田よりはだいぶ年上でロングヘアを後ろに束ね、名札に店長と記された男が出てきて欲しいものを聞かれたので、例のごとくリストを見せた。
「
と、言ってその場所まで案内された。
その流れを
こうやって気を抜けば
次々とCDを選んでお会計をしていると、レジカウンターの向こう側に貼ってある“求人・アルバイト募集”のポスターが目に入った。
アタシは思わず
「すみません、アタシちょうどバイト探してるんです」
と、レジを打っている最中の店長に話しかけた。少し驚いたふうな店長が聞いた。
「お、じゃぁ履歴書持って近いうちに面接来られますか?」
「はい、放課後ならいつでも」
と、返事してお会計を済まし、面接の日取りを決めた。
数日後、初めて書いた履歴書を持参し緊張の中で面接を受けた。希望する時間や曜日を聞かれ、その場であっけなく採用が決まった。
あまり音楽に詳しくないアタシでも平気なのかと念のため聞いたが、
「お客さんになにか聞かれたら、詳しい人呼べばいいから。大丈夫、大丈夫」
と、店長は気軽に答えた。
それから父に許可を得て、人生初のバイトが始まった。
学校が終わるとCDショップに直行し、充てがわれたロッカーに持参して置いたままにしているジーンズとスニーカーに履き替える。それに制服として付与されるスタッフ用の半袖のTシャツとエプロンを着用する。ロッカーの扉の内側に付いている小さな鏡で髪型をチェックしてお気に入りの赤いリップを塗る。そして深呼吸をしてフロアに出る。
まずはお客さんがひっぱりだして乱雑に放置したCDを正しい場所に戻したり、床や棚の汚れがないかをチェックするためにフロアを1周する。
その間アタシは密かに行っているルーティンがある。
目の高さくらいの棚に背を向けて五十音順にCDがぎっしりと並んでいるが、
そしてその棚の上にはメンバー5人のサインの入った色紙と写真が飾られていた。アタシはまるで祭壇のように、出勤したときはまず必ずこの前にほんの一瞬立ち止まり無事にバイトを終えられるように祈る。
そのお陰かどうかはわからないがバイトは楽しかった。
アタシの教育係として任命されたのは高校3年生の
彼女は洋楽のポップスに古いものから新しいものまで詳しかった。
以前のアタシのようにリストを持って現れ、アドバイスを求めるお客さんはそうそういない。たいていは勝手に探して勝手に棚から取って自らレジカウンターに持ってくる。
アタシはだいぶ大胆なことをしていたのだと今更ながら恥ずかしくなる。
そういえばあの時最初に声をかけたヒップホップ担当のスタッフはアタシの事を覚えていてくれて
「パンクなら
と、教えてくれた。さすがにアタシも
レジはバーコードを読み込むだけで簡単で、あとはお釣りを間違えずに渡して丁寧にCDを袋にしまえばいいだけ。それほど難しいことはない。
最初のうちは4、5時間たったままの経験は初めてだったので足が痛かったが、2週間くらいしたらそれにも慣れて足の痛みはなくなった。
それと同じで「いらっしゃいませ」と声を出すのが恥ずかしかったが、その無意味な自意識も数日で消え去り、お客さんに挨拶したり話したりすることもなんなくできるようになった。
学校ではまったく話をしないアタシはここではよく話した。
同じ学校の子や地元の子が来たりもしたが誰もアタシには気づいていない。学校とは別人のアタシに気づくはずがない。そんなことはもうどうでもよく、バンドや
21時に閉店なので、ミーティングしたり着替えたりして21時半くらいに福西と一緒に店から出て駅に行き、同じ路線なのでホームで一緒に電車を待つ。アタシは下りで彼女は上り。おしゃべりに夢中になって電車を見送ることもある。ホームのベンチに座って自動販売機で買った飲み物を飲みながら話すのもまた楽しかった。
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