#13 - 恍惚

 数日後、放課後に美雨みうと会った。学校帰りに誰かと遊ぶなんて初めてだった。

美雨とみうアタシの住んでいるところの中間地点あたりの駅で待ち合わせしファストフード店に入った。

美雨みうは四角く長細いダンボールの筒を持って登場し、お互い制服姿で化粧もだいぶナチュラルで新鮮だった。

「これDOOMSMOONドゥームズムーンのポスター、嘉音かのんちゃんにプレゼントしようと思って」

と、その筒の端をこちらに向けた。そっと手を添えたアタシは

「え?! そんな……わるいよ……」

と、遠慮したが

「CDの初回特典だったの。5枚買ったからポスターも5枚持ってるから1枚おすそわけだよ」

美雨は相変わらず無邪気な笑顔で持っていた筒の端を手放し、アタシはその筒を自分の近くに引き寄せた。

「ありがとう。じゃぁスイーツ、アイスとかパイとかさ、ご馳走させて!」

「オッケー。それで気兼ねなしってことね!」

筒をアタシの横に立てかけて、ハンバーガーやポテトを食べながらおしゃべりを楽しんだ。

 制服姿だったからか、DOOMSMOONドゥームズムーン以外の事も話した。学校には友達がいないことや家族のこと、恋愛のこと。自分では自覚がなかったが、女子高校生とはこういうものなのかと客観的に思ったりした。


「アタシ、恋愛したことないかも……」

アタシは確かに誰かに恋したことはない、小学校の高学年くらいから独りでいることが多くなり友達さえいないのに恋愛なんて程遠い。少女漫画の中でしか知らない。

中学生の時も、高校生になった今も、アタシ以外の全員は『ただの同級生』というカテゴリーでくくられて、特定の誰かに特別な感情など抱いたことはなかった。

「私は好きな人いたけど、こくる勇気はなかったなぁ」

アタシの話を聞いた美雨みうが語りだした。

「でもさ、Uユーに会って周りの男なんかどうでもよくなっちゃったよ」

DOOMSMOONドゥームズムーンのヴォーカル・Uユーに夢中の美雨みうは笑いながら言った。

確かにUユーは外見もイイし、カリスマ性もあるし、きっと才能もあるし、彼女が夢中になるのもわかる。でもそれは恋なのだろうか。

「ずっと片思いだし、報われることなんてないけど、その人を見てるだけで幸せになれるのって恋だよね。愛かなぁ。ま、恋愛の一つだよね」

美雨みうは少し頬を赤くして言った。報われないとわかっていながら恋するなんて悲しいけど、そういうカタチもあるのかと思った。

なにより、彼女の表情が恋愛を物語っている。

「なんて言うの……? みたいなこと願ってないの?」

アタシはネットで見た用語を使い、しょうもないとわかりつつ興味本位の下世話な質問をしてみた。

目的の子多いよね。私だってつながれるならつながりたいけど、さすがに無理ってわかってる。それが第1目標じゃないっていうか、ただ姿をおがみたいんだよね。見てるだけで幸せなんだ、今のところは」

美雨みうはまるで何かの宗教に入信しているかのような事を言い、続けて

「私がCD買ったりライブ行ったり応援することで、彼らの夢を叶える手助けができてると思うとそれも嬉しいしね」

ファンの鏡のような事も言った。そのキモチはアタシにも理解できた。

結局DOOMSMOONドゥームズムーンの話になったアタシ達だった。


嘉音かのんちゃんは誰ファンになった? まだそこまでってかんじ?」

と、美雨みうに聞かれたのでアタシは意を決してSHUシュウの話をした。

始めて見たときから今日までずっとSHUシュウの姿を脳内で再生し続けていること、彼の影響を受けたものから自分も影響を受けたくて調べていること、彼のことを考えていると時間があっという間に過ぎてしまうこと、DOOMSMOONドゥームズムーンの曲を聴くとベース音が際立って聴こえることなど。

まだ理解できない自分の感情を上手く伝えられないが、最近起きたことを箇条書きのように話した。

嘉音かのんちゃん、それって恋でしょ?」

と、聞き終えた美雨みうは言った。

今まで1度も恋愛をしたことのないアタシが1度見ただけのバンドのベーシストに恋することなんてあるのだろうか。

話したこともない、実際どんな人なのかもわからない年上の男性に、突然恋をするのだろうか。

しかもアタシの場合、さっき美雨みうUユーに対して言ったように幸せだけを感じているわけではない。何故だかわからないが背徳感はいとくかんのようなものも同時に感じている。

それも恋愛の1つなのだろうか。

夜になり美雨みうとは別れた電車での帰り道、ずっとそんなことを延々と考えていた。


 家に着き美雨みうからもらったポスターを広げ、ベッドの頭の上の壁に張った。部屋にだれかのポスターを貼るなんて初めてのことだ。

ベッドの上に立ち作業を終えて2、3歩下がって正面からポスターを見るとSHUシュウと目が合う。鼓動が早くなる。

たとえポスターの中の彼でも見た瞬間、多幸感が胃のあたりから沸き上がり上昇して頭がカーっと熱くなり、まるで風邪をひいて発熱したときのようにボーっとする。

そのままベッドの上に座りポスターを見上げ、思考停止しこうていしして彼をただ見つめる。

時間がたつのを忘れ彼に心酔していく。

やはり美雨みうの言う通り恋なのかもしれない。

朝起きた時、家を出る時、帰ってきた時、夕飯を食べた後、お風呂から上がった時、寝る前、必ずそのポスターのSHUシュウを見上げる。それが毎日の儀式となった。

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