#12 - 光明

 アタシは座右の銘を『NEVERMINDネバーマインド』に決めた。

独りでも気にしない。大丈夫。どうでもいい。

そういえばと思い英語の辞書を引く、『misfitミスフィット 不適合者』。あまりにアタシにピッタリの言葉過ぎてMISFITSミスフィッツはアタシの代弁者なのかと笑った。

ネバーマインドな精神を手に入れた学校に不適合なアタシは今日も独り、昼食をとっていると美雨みうからメールが来た。彼女も学校では独りだと言っていたから、昼食時には手持ち無沙汰のようでメールをくれる。

<ファンクラブのメールでライブのお知らせきたー!>

テンションの高さが文面からでも伝わってくる。美雨みうの無邪気な笑顔が思い浮かぶ。

そういえばアタシはまだファンクラブに入っていなかった。会費が必要になるからどうしようか悩んでいた。

<おお! いつなの?>

と、返信するとこの前行った地元のライブハウスで、また土曜日だった。

<行きたい!>

<じゃぁ嘉音ちゃんの分のチケットも取るから、一緒に行こうよ♪>

もちろんと返事し、それと

<チケット代どうしたらいい?>

と聞きいた。

<立て替えておくよ。っていうか、ライブの前に普通に遊ぼうよ!>

<そうだね! その時お金渡せばいいもんね。>

そして今週学校帰りに会う約束をした。

 しかし追加のお小遣いをもらったばかりでまた出費がかさむ。ライブに行くためにまた洋服も欲しいし、まだ欲しいCDも借りたいDVDもある。少しずつ貯めておいた貯金を使うしかないが、それもそんなにあるわけではないのであと数回ライブに行ったら終わりだ。

SHUシュウに会えなくなればアタシはまた“青の時代”に逆戻りだ。

美雨みうはファン活動を続けるためにファミリーレストランで週4日バイトしている。アタシもなにかバイトしようと思った。

 夕方莉愛マリアからもメールが来た。ライブのお誘いだったが

<その日、美雨みうちゃんにチケット取ってもらったので美雨ちゃんと行きます。お誘いありがとうございます。>

と、返信すると

<じゃ、現場で会おうね。>

と返って来た。


 今日もアタシは学校が終わるとすぐに家に帰り、夕飯の準備をある程度して自室に引きこもりSHUシュウについて考えた。彼が影響を受けたというミュージシャンのCDを聴きながら思いを馳せる。感想など思ったことをノートに綴る。

"

Nirvanaニルヴァーナを気に入ったアタシ、でももうバンドは存在しない。せっかく出会えたのにフロントマンで作詞作曲をしているKurt Cobainカート コベインはもういない。

キャッチーなかんじで聴きやすかったRamonesラモーンズもいない。

Sex Pistolsセックスピストルズも。

存在してても活動してなかったりで、アタシはもっと早く産まれたかったと思った。

それと同時にバンドに『永遠』はないと思った。

だけど時代を越えてこうやってアタシにまで届いた。音楽はすごいとも思った。

 そして音楽の凄さをもう1つ見つけた。

聴けば聴くほど、調べれば調べるほど沼にはまっていく感じだ。歴史が脈々と続いていて、ミュージシャンやバンドが影響し合って歴史を作っている。

それはそうなのだが、クラッシック音楽や西洋絵画の歴史のように遠い昔の出来事で教科書で知るモノではなく、現在進行形で歴史が作られている。アタシもその渦中に生きている。

 どんどん新しい情報が増えていき、聴かなければならないモノが増えていく。

アタシのお小遣いも、脳内ハードディスクも、ノートの残りページもぜんぜん足りない。アタシの知的好奇心はまだまだ満たされない。

 日記なのかなんなのか、いろいろ新しく知った事とアタシの中の渦巻く熱をただひたすらに書き留めたノート。あっという間にページ数は残り少なくなっていた。

夕飯を済ませ、またそれを続ける。

お風呂から上がって、またそれを続ける。

なにも生み出さない、生産性のない行為だったがアタシはこれをすることで平常心を保てている気がする。アタシの中で処理しきれない情報量と感情が、書くことで整理されているような感覚だった。

 だけどSHUシュウに対する感情を何と呼ぶのかは、アタシにはまだわからない。

そういば美雨みうにもこの感情の話はしてなかった。自分に理解できないことをどう伝えたらいいかわからなかった。

そしてまたDOOMSMOONドゥームズムーンの曲を聴いて、深夜ラジオを付けて布団に入った。


 いつものお気に入りの芸人がパーソナリティを務めるの深夜番組が始まったが、睡魔に襲われながらそれを聴いていた。いつもはいつの間にか寝てしまう。2人の軽快なやりとりのオープニングトークの終盤、今日は読みたいメールがあると言ってそれを読みだした。

『ラジオネーム、カノン』

アタシは耳を疑った。

聞きなれた声でスピーカー越しにアタシの名前が呼ばれた。目が覚めラジオに集中すると、数日前に書いて送ったアタシのメールが確かに読まれている。

このラジオ番組でDOOMSMOONドゥームズムーンの曲を初めて聞いて、そこからいろいろなことがあってライブまで行って、すっかりファンになり生きる希望を見出みいだし、DOOMSMOONドゥームズムーンを紹介してくれた番組に感謝をしているという内容だ。

メールを読み切った彼は

『オレも高校時代誰とも交流してなくて、独りボッチだったよ。でもアートに出会ってさ、まだ生きようって思ったんだよね。このカノンちゃんと一緒』

と、共感を語りだした。

『オレたちのライブ見て生きる希望が湧いたとかじゃなくて残念だけどさ』

少しの笑いを交えつつ

『この番組きっかけでいい方に変わったなら嬉しいよ』

と、メールの感想を言ってくれた。

何年も聞いている番組のパーソナリティが自分にスピーカー越しに語り掛けてくれて感動した。初めて送ったメールが読まれるという奇跡が起きた。

アタシが嘉音かのんになってからイイことばかり起きている。

嬉しさで眠れなくなってしまったアタシはまたノートを広げて、日付を書いて『メール読まれた!!!』と書いた。

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