#09 - 追放

 起きたら昼過ぎだった。何故だか体中が痛くて目覚めた。トイレでも洗面所で顔を洗い歯を磨いていても体中の鈍い痛みが付いてくる。

シリアルを深みのある白い器に適当に入れると欲しい量が出てこなかった。残り少なかったのに買い足すのを忘れていた。明日の朝の為に後で買いに行かないと、と思いながらドバドバと乱暴に牛乳をかけて、それを2階の自室に持って行って食べた。

牛乳を注ぐときに挙げた腕も、階段を上り下りするときの太ももも痛みを発した。

 今日は寝る前に調べたミュージシャンのCDを買いに行こうと思っていたが、この痛みが苦痛で電車に乗っていくのはだるかった。

 それにもう今月のお小遣いはほとんど使ってしまっている。友達がいないアタシは月々のお小遣いを使い果たすことはない。友達がいなくてお小遣いの使い道がないなんて知らない父は、気前よく結構な金額のお小遣いと平日分のお昼代を毎月くれている。

アタシは毎月残ったお小遣いを銀行に預け、お年玉などと一緒になって少しだけ貯金はある。だけどこれはまたライブに行くときの為に手を付けないでおきたい。これから地元で行うライブには全部行きたい。その資金にしたい。

日曜日とはいえ仕事だったり付き合いだったりで父は不在なので、帰ってきたら追加のお小遣いを頼んでみようと思った。CDを買いに行くのはそれ次第だ。


 出かけるのを諦めて、DOOMSMOONドゥームズムーンのCDを再生してまたバンドやSHUシュウのことを調べようと机に向かった。メモ帳に『映画』と走り書きしてあったのを見て思い出した。

SHUシュウはインタビューやラジオで度々映画について話していた。それについて調べてみる。

George A Romeroジョージ・エイ・ロメロ”、“Martin Scorseseマーティン・スコセッシ”、“Detroit Rock Cityデトロイト・ロック・シティ”という名前を拾った。これもまたアタシの知らないモノばかりだったが、彼は映画が好きで映画からも影響を受けていることがわかった。

DVDなら自転車で10分くらい行ったところにある大きなレンタル店で借りればすぐ観ることができる。それにレンタル料金なら、残りのお小遣いでも十分足りる。

今すぐSHUシュウと共通のモノが手に入る。DVDをレンタルして観ることに決めた。


 昨晩洗って乾かしただけのボサボサの髪の毛をブローするのは腕が痛くて面倒くさいので、前髪だけ整えて頭頂部にお団子のようにまとめた。

昨日初めて塗った赤いリップグロスを何故か気に入って、近所に自転車で出かけるというだけなのに今日も塗りたくなって鏡を前にした。化粧っけのない顔に赤いリップだけを塗ると少し違和感で、ついでに薄っすら化粧もした。

準備をしていると美雨からメールがきた。

<昨日は楽しかったね。私は今日はバイトで地獄……>

<楽しかったね!アタシは何故か体中痛くて地獄……>

<それ筋肉痛でしょ?ライブってなにげに筋肉つかうよ笑>

そういうことだったのかと納得した。後ろからの圧に押しつぶされないように踏ん張っていて、普段使わない筋肉を使ったからだったのか。それなら耐える価値のある痛みだ。

<そっかー。いい筋トレになったよ笑>

と、返信して家を出た。


 iPodでDOOMSMOONドゥームズムーンの曲を聴きながら筋肉痛の体で自転車をこいでレンタルDVD店に着き、メモしてきたモノを探し始めた。

Martin Scorseseマーティン・スコセッシ”のコーナーはすぐに見つかった。しかし貸し出し中ものが多くて、残っている中で1番新しい“カジノ”と、タイトルが可愛いかったので“アリスの恋”を取った。

次に“George A Romeroジョージ・エイ・ロメロ”のコーナーを見つけた。なにやら不穏なジャケットだったが不思議なタイトルだったので“Night of the Living Deadナイト・オブ・ザ・リビングデッド”を手にした。

Detroit Rock Cityデトロイト・ロック・シティ”はなかなか見つからなかった。これは作品名で監督名を調べてくるのを忘れてしまった。店員に聞くのは恥ずかしかったが勇気を振り絞って聞くと、“音楽・ミュージカルコーナー”に案内してくれて見つけることができた。4本のDVDを借りて店を出た。

 そういえばシリアルを買わないといけないことを思い出して、自転車をレンタルDVD店に停めたまま隣のコンビニに寄った。

シリアルを手に取って、ついでに子供頃から好きな底についた小さな爪をプチっとするとお皿に綺麗に盛り付けられる定番の甘いプリンも取ってレジに並んだ。

 アタシの番になってカウンターに行き商品を置いて「いらっしゃいませ」と言ったレジの店員を見ると同級生の男の子だった。中学で1度同じクラスになったような気がするし、クラスは違うが高校も一緒なはずだ。でも1度も話をしたことはない。挨拶すらしたことはない。

“やなぎさわ”という名札をしているので確かにそうだ、柳沢やなぎさわという同級生だ。最初、目が合った気もしたが何も言われないし淡々とレジをこなしている。

アタシに気づいてないというより、アタシのことなんて知らないのだと思う。

それだけアタシは中学でも高校でもいないに等しい存在なのだ。

会計を済ませて柳沢に『ありがとうございました』と言われてコンビニを出た。


 同級生に知られてない存在でも、友達がいなくても、今のアタシは違う。DOOMSMOONドゥームズムーンに出会ってからのアタシは違う。

SHUシュウに出会ってから体が軽くなり、いつもの景色が色鮮やかに映る。

自転車をひと漕ぎする度に筋肉が痛むけど、それも心地よくなってきた。この筋肉痛を乗り越えたら更に違った自分に出会えそうな気さえしていた。

世の中は何も変わっていないけど、アタシはこれまでいた世界とは違う世界にいる。

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