#08 - 禁断
日付が変わる頃、家に着いた。父はもう寝ている様子で家の中は静まり返っていた。まだ興奮が冷めないアタシは眠れそうになく、タバコ臭いのもあってシャワーを浴びた。
適当に髪を乾かしスキンケアを終えても、アタシの中の
この興奮の正体はなんなのだろうか。
始めてライブハウスで爆音の音楽を味わったからだろうか。
始めてあんなに沢山の人と会話をしたからだろうか。
始めてこんな遅くまで遊んだからだろうか。
始めて友達ができて、ファミリーレストランで食事をしたからだろうか。
始めて男の人に今までになかった感情を抱いたからだろうか。
多分これ全部だった。
アタシは眠れそうにないのをいいことに、ヘッドフォンで
インディーズの
その為、ヴォーカルを中心に細かく書かれたライブレポートがものすごい熱量だった。今日のライブのレポートも近日中に掲載されるはずだ。
結局それを読んでいるだけでまたアタシの中のエネルギーが高まってより一層眠気が遠のいた。
そしてアタシは何故か罪悪感を感じながら検索窓に“
本名は
地元は知っている。アタシの最寄り駅から2駅行った主要駅、
この辺りの人はみな意味もなく海へ行く。彼も海に行くのだろうか。海は好きだろうか。
ベースを始めたきっかけは幼馴染で親友の
どれくらい練習したのだろうか。なんであの赤いベースを選んだのだろうか。
影響を受けた・好きなアーティストは
わからない名前ばかりだった。
そういえば洋服を買いに行ったときミサが『
彼の全部を知りたい。
彼の受けた影響をアタシも受けられたなら、彼を理解できるかもしれない。
少しでも彼に近づきたい。
アタシの脳は彼のどんな情報でも欲していた。
あの掲示板サイトを開こうかどうしようか悩んだ。
でも知りたくないことを知ってしまいそうな気がしてやめた。
知りたくない事とは何だろう。
アタシは数時間前、彼を始めて見たときから今まで抱いているこの感情をなんて呼んだらいいかわからない。
この感情に比例して少しの罪悪感が付いてくる。この後ろめたさは何なのだろう。
アタシは今までTVや雑誌で見る有名人に『カッコイイ』といった感想はいくらでも持ったことがある。それは単に猫を見て可愛いと思うのと一緒だ。
だけど
そしてこのエネルギーをどう放出したらいいかもわからない。
CDを買いに行くために、拾い集めた名前を全部紙に清書したところで体力の限界がきた。
もう深夜3時をまわっていた。
ヘッドフォンをしたまま布団に入って曲を聴き続けた。目を瞑るとベースの低音が鮮明に響いて脳内で今日見た彼が再生される。
黒いぴったりとした長袖のTシャツを着ていたが照明が強く照らすとその長袖のTシャツがうっすらと透けた素材なのがわかった。それに黒い革のパンツ、コンバースの黒いスニーカー、首からいくつかネックレスをたらし、左手の人差し指に指輪をしていた。
肩幅より少し広めに足を広げて、堂々とした態度で赤いベースをかなり下の方で構えて、綺麗な長い指で弦を抑え大きくな手でピック使って弦を
どのメンバーよりも地味な衣装だったが、1番背が高く少し筋肉質でスタイルがよくてアタシから見たら1番目立っていた。
冷静に考えてみれば、それは私感でしかなくアタシは彼しか見ていなかった。
脳内の彼をずっと再生し続けた。
カーテンの隙間からうっすらと光が射した。もう夜明けだった。
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