#07 - 誓約

 すべて終わり客電が明るくなってアタシは我に返った。

「楽しかった?」と美雨みうが放心状態のアタシを覗き込んで声をかけた。

アタシは思わず彼女の手を握って言った。

「うん、楽しかった!」

「ねー!」

と、言って美雨みうも握り返した

他人の手を握るなんてアタシにしては大胆な行動にでてしまったと少し恥ずかしかった。勢いに任せてアタシは

「よかったら駅まで一緒に行かない?」

と、美雨みうを誘った。自ら人を誘うのも久しぶりだ。

彼女の返事は「もちろん!」だったので一緒に帰ることにした。


 人の流れに乗ってライブハウスから出て階段を上がって外にまで出てしまった。莉愛マリアを見つけることができずにいたが、一緒に来た莉愛の友人2人組を発見した。

始めてライブを体験した感想を聞かれたりしてひとしきり話して、2人組はこの後の打ち上げまで時間をつぶしにファストフード店に行くので駅まで送ろうかと聞かれたが、美雨みうと帰るのでお礼だけ言って解散した。去り際に

莉愛マリアなら楽屋かもよ、メールしてみ」

と、教えてくれて、それを聞いていた美雨が言った。

莉愛マリアさんと知り合いなんてうらやましいなぁ」

何故か聞くと、莉愛マリアに気に入られた子はライブの後の打ち上げに連れてってもらえるからだそうだ。すなわち直接メンバーと会えるのだ。

「気に入られてるっていうか、たまたまね。同じ高校だったってだけで。」

と、言うと「いいなー」と美雨みうは何度も繰り返していた。

 莉愛マリアDOOMSMOONドゥームズムーンのメンバーと同級生でファンクラブの手伝いをしているし、打ち上げなどに行ったりするものだと知った。受付でチケット代を払った様子がなかったのもそういうことかと合点がいった。

もしかしかたら、リーダーと付き合っているというネットで知ったウワサは本当かもしれないと頭をよぎったがそれを本人に聞くほど無神経ではないし、あくまでウワサだからと心の中に留めておいた。


 <美雨みうちゃんと帰ります。今日はありがとうございました。>

言われた通り莉愛マリアにメールを送ると、すぐさま返信が来た。

<今探してたんだけど、無事でよかった!打ち上げ誘おうと思ってたんだけど、もう遅いから家の人心配するね。>

時計を見るともうすぐ22時だった。

放任主義の父でも、友達のいないアタシが夜に出歩くなんてことは今までなかったから、さすがに心配するかもしれない。

<うれしいけど、疲れたし遅いので帰ります。楽しかったです!>

<じゃ、また今度誘うね。2人共誘うから。美雨ちゃんにもよろしくね。>

 最後のメールの画面を美雨みうに見せると、「やったー!」と大きな声で叫んでアタシを抱きしめた。他人に抱きしめられたのは初めてかもしれない。素直に喜びを表現する美雨みうを見てアタシも嬉しくなった。

そして2人で駅に向かって歩きだした。


 駅近くで美雨みうが立ち止まり

「アタシ終電まで大丈夫だから寄ろうと思うんだけど、嘉音かのんちゃんもどう?」

と、ファミリーレストランの看板を指さしながら言った。

そういえば興奮状態にあって忘れていたが、夕飯らしいものを食べていなかったのでその看板を見たら無性にお腹が空いた。2人で遅い夕飯を取ることにした。

 念のため父にメールをした。

<友達と夕飯食べててもう少し遅くなると思う。>

<帰り気を付けて>

と、返信は淡白なもので放任主義のありがたさを知った。

 2人でドリンクバーで何にしようかなどと話しながらドリンクを注ぎ、テーブルに戻って同じハンバーグとライスとスープのセットを頬張る。ライブのこんなところが良かったと話合いながら、ハンバーグをまた一切れ口に入れる。衣装がかっこよかったとかたわいもない事をおしゃべりしながら食事を進める。

「今日、私達もがんばったからご褒美にデザートもいっちゃおうよ」

と、美雨みうが笑顔で言うのでアタシは面白い彼女の提案に笑いながら「うん!」と返事してメニューをまた開いてデザートを選んだ。

「甘いものは別腹だよね」なんて、高校生らしい会話もした。

 家族以外の誰かとファミリーレストランで食事するなんて初めてだった。かなり空腹だったのもあるが、とてもおいしかった。


「アタシ、学校でもボッチで友達いないから、今日すごく楽しかった」

と、美雨みうに打ち明けると

「私も学校ではボッチだよ。でもDOOMSMOONドゥームズムーンがいるから独りじゃないの」

と、明るい笑顔で言った。

 美雨みうの家は父はおらず看護師の母だけで、その母は夜勤が多いので今日のようにライブに行って帰りが遅くなっても気づかないことが多いらしい。中学生時代はイジメにあって不登校気味だったので、帰りが遅いことを母が知っても友達といるというだけで大目にみてくれるという。バンドやライブ通いに熱中することでイジメも乗り越え、それが縁で友達もできたから今生きているのだと美雨みうは語ってくれた。

こんなに優しくて、人懐っこくて、可愛らしく笑う美雨みうを誰が何故イジメたのだろうと理不尽を感じる。イジメとは理不尽なものだから、ただ運悪くその標的になってしまっただけできっと理由なんてないのだ。しかしそれを打ち明けてくれた彼女に感服する。

「アタシもDOOMSMOONドゥームズムーンに救われたのかも」

と、思わず共感を口にすると、美雨みうは無邪気な笑顔で言った。

嘉音かのんちゃん、友達になろうよ!」

アタシは涙が出そうになるほど嬉しかった。

そしてソフトドリンクの入ったプラスティックのコップで乾杯して笑い合った。

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