二十二 オリオン共和国の総統J

 グリーゼ歴、二八一五年、十二月八日。

 オリオン渦状腕外縁部、テレス星団、フローラ星系、惑星ユング。

 ダルナ大陸、ユング、ダナル州、フォースバレー、テレス帝国軍警察フォースバレーキャンプ。



「ほおっー、こりゃたまげた!ここのコンバット全員がニオブとはおそれいったぜ!

 ユンガが勝てねえはずだ!」

 テレス帝国軍警察フォースバレーキャンプに入るなり、白いスーツに身を包み、サングラスのメガネ端末をかけたカプラムのジョーが大声で笑った。ジョーの背後に、ジョーより頭一つ分ほど背が低い軍人が十名いる。ジョーの背後の一名を除き、九名は胸と襟と肩と袖を階級章で飾りたてた軍服姿だ。

「こっちに来てくれ」

 Jはジョーに帝国軍警察フォースバレーキャンプの地階を示した。


 地階はアシュロンキャニオンを一望する岩壁をくり抜いて造られた、ホールや会議室が並ぶ階で、見た目はオフィスの一郭のように見える。

 Jたちがスキップした当初、フォースバレーキャンプの防備は位相反転シールドと各所に設置された各種ビーム砲しかなく、テレス帝国軍キャンプより劣っていた。

 JはPDに指示し、フォースバレーキャンプ全体に外部隔壁を設置し、非常事態に備え、多重位相反転シールドを張れるようにして、アシュロンキャニオンの岩壁と地上のダナル砂漠には各種ビーム砲から各種ミサイルまで防衛兵器を配備した。

 特に地階は多重位相反転シールドを強化し、外部からも内部からの攻撃にも、万全の態勢を整えた。その結果、フォースバレーキャンプは要塞と呼べるキャンプになり、現在に至っている。


 Jの精神思考域に、今日はなぜか小さな赤い点滅が現れている。Jはそのことについて、トルクンのPeJを思うと、バトルアーマー内側のポケットから、

『なんとかなるよ~』

 と伝わってきた。あいかわらず、のんきなトルクンだ・・・。

「どうってことはねえさ。トルクンの思うようになるさ」

 ジョーが、JとPeJのやりとりに気づいて不適な笑いを顔に浮かべている。


 エレベーターで地階へ降りた。

 会議ホールには大きな楕円形テーブルがある。テーブルは長半軸を境に、ホールの壁とアシュロンキャニオンを一望する大窓の間に設置されている。

 JはジョーをJの隣、楕円テーブルの長半軸が接する隅の席に座らせ、他の十名の軍人を大窓を背にした席に座らせた。軍人たちの向いに、壁を背にしたコンバットたちが席に着いている。

 軍人たちの中央にいる、階級章をつけていない軍服の男が、ーブルに軍帽を置いた。一階フロアで男の容姿を見て以来、男はJやジョーの背後にいて、Jに姿を見せなかった。

 Jは、まじまじと男を見るのはこうして席に着いたこの時が初めてのような気がした。 金髪を全て後部へ撫でつけた碧眼の男の顔に、髭らしいものがない。一見クールな印象を受ける端正な顔の造作に、これも骨格が成せる技だとJは思った。この男を見たら、かつての惑星ガイアの芸術家は、好んでこの男をモデルにしただろう。


『J、気を抜かないんだよ!なんとかなるけど、気をつけるんだよ』

 バトルアーマーのポケットでトルクンのPeJが小刻みに震えている。

『わかってる』

 Jがそう思っている間に、何も飾りたてていない軍服の男が、

「私はテレス帝国軍総司令官ウィスカー・オラール元帥だ。

 オリオン共和国代表の総統Jで、戦艦〈オリオン〉提督Jは君かね?」

 テーブルの向いに座っているCに訊いた。

「私はテレス帝国軍警察フォースバレーキャンプのコンバット部隊指揮官カール・ヘクターだ」

 Cはそう答えたまま口を閉ざしている。

 JはCの考えが良くわかった。

「では、君か?」

 オラールは席に着いている最年長に見えるDに言った。

 ばかげたことを訊くんじゃないとJは思った。

 コンバット全員がバトルスーツとバトルアーマーを身につけ、ヘルメットをテーブルに置いている。視覚で年齢を想像できるのは顔だけだ。オラールは顔から年齢を判断しようと考えている。オリオン共和国代表の総統で攻撃用球体型宇宙戦艦〈オリオン〉提督のJを、オラール自身と同様な年齢と判断してる。

「私はテレス帝国軍警察・重武装戦闘員、コンバットのデビッド・ダンテだ」

 Dは気さくにあいさつしている。

 ジョーはJに、オラールがカプラムだと説明した。ジョーはJの精神思考を読んだが、オラールが使えるのは思念波までらしいとJはわかった。

「まさか君ではないだろな?」

 オラールがJに視線を向けた。


 ジョーとともにオラールがフォースバレーキャンプに現れた時から、Jが全てを指示している。誰が見ても総指揮官がJだと判断できるのに、このオラールは、それもわからないらしい。人を馬鹿にしているのか、よほどの阿呆としか思えない。Jはそう感じた。

「私はマリー・ゴールドだ。

 このキャンプの総指揮官だ。

 戦艦〈オリオン〉の提督J、すなわちオリオン共和国代表の総統Jだ」

 Jはオラールの表情がどう変るか、楽しみだった。


 オラールはフンと鼻息を吐き、余裕のにやけた表情で傲慢に言った

「よかろう。では和平協定に調印しよう。

 協定の書面を出してくれ」


「和平協定書も平和協定書も、ここには無い。

 我々の占領下にある惑星のヒューマノイドが、何を偉そうに和平だの平和だと言ってるんだ?

 我々と対等の立場にあると思ってるのか?」


 Jの言葉に、オラールの顔から余裕の表情が消えた。端正なクールの容貌がいっきに、カプラムらしい青緑がかった怒りの表情に変ったが、その怒りを必死に押さえているのがわかる。

「確かにその通りだ。

 惑星テスロンを原始時代に戻したのは、惑星ユングと惑星カプラムに対する見せしめなのは理解している。

 だからと言って、惑星ユングとカプラムがオリオン共和国の占領下にあるとは言えないだろう」

 怒りを抑えているが、話す内容は傲慢そのものでしかない。

 オラールの言葉とともに、Jの精神思考域に現れている小さな赤い点滅が、大きく、そして速く点滅している。

「そこまで言うなら、惑星ユングを原始時代に戻そう・・・」

 Jは指を鳴らした。


 オラールの横にいる軍人がオラールに顔を寄せた。軍人が離れるとオラールは顔を引きつらせたまま、腰のガンベルトから、銃身に繋ぎ目がない流線型の分子破壊銃を抜いた。両隣りにいる軍人たちも元帥と同じ銃を構えている。


「惑星ユングのテクノロジーが壊滅した。残っているのはここだけらしい。

 我々カプラムはニオブのヒューマやトムソに支配はされない」

 オラールと軍人たちはトリガーを引いた。

 同時に、銃から放たれたビームを反射して、オラールたちを包囲している多重位相反転シールドが浮きあがった。オラールたちの身体はシールドで反射したビームを浴び、シールド内で一瞬に収縮し、砂を崩すように細かな塵になり、昇華するように消えた。

 その瞬間、十羽の猛禽類が淡い光となって残り白く発光した。それも、すぐさま消えた。



「カプルコンドラだ。ヤツラ、オラールとカプラムをネオロイドにしてた。

 これで、テレス星団にいた全てのクラリックが消滅したぜ」

 ジョーが吐き捨てるように言った。カプルコンドラは、惑星カプラム最強の猛禽類、空飛ぶ屠殺屋と呼ばれている。


「どういうことだ?」

 Dが不審な表情でジョーを見ている。無理はない。DだけでなくCを除いた全コンバットがジョーの言葉を不審に感じている。

「そんな妙な目で見るんじゃねえよ。

 最初から平和協定なんかねえんだ。その事をマリー・ゴールドも承知してた。

 おまけに、オラールがCL1(クラリック階級1位)のアーク位アーク・ルキエフで、部下はCL2と3のビショップ位とプリースト位だってことも、トルクンのクラリック・スキャンで確認してた。

 なあ、トルクン」

 ジョーの呼びかけに、PeJがJのバトルアーマーのポケットから出てきて、Jの肩に乗った。


「そうだよ~。

 クラリック・スキャンの身体放射波をみんなに伝えたよ~。

 赤い点滅で~」

 PeJが伝えたクラリック・スキャンの結果に気づいたのは、JとジョーとCだけだった。他のコンバットは気づいていなかった。


「これで、ホイヘンスとかいう妙なヤツラから、惑星カプラムを守れたってもんさ。

 安心して国家を再興できる。

 ありがとうよ、マリー・ゴールド。トルクン。コンバット」

 ジョーはホールに反響する低い声で言い、感謝の思いを精神思考域に伝えてきた。


「心配するな、マリー・ゴールド。

 特殊探査波を使えるのはオレだけだ。

 一人じゃ、ウィザード軍団は作れねえぜ。

 それとも、オレのウィザード軍団を作るのに、協力するか?」

 ジョーは大声で笑った。 


 Jはジョーに向って精神思考した。

 私はニオブのニューロイドでヒューマンだ。二メートルもあるカプラムのブラック・ウィザードは趣味じゃない。二十歳前の私にだって好みはある・・・。


「ウワッハハッ!ブラックじゃねえよ。グリーンブラウンだ」

 ジョーは真顔でそう言って立ちあがった。

「オレの先祖は、オーレン星系惑星キトラのディノスの策謀を壊滅して、先祖が地球と呼んだ惑星ガイアから、ファレム星系惑星レワルク、惑星エルサニスに入植した。

 オーレン星系惑星キトラは、その後、カプラム星系惑星カプラムに名を変えた。

 ファレム星系惑星レワルクはフローラ星系惑星ヨルハンに、

 惑星エルサニスは、フローラ星系惑星ユングに名を変えた。

 カプラムとは言うが、オレもヒューマ、ヒューマンさ。

 また連絡するぜ。こんどは惑星カプラムで朝飯につき合ってくれ。

 アンタといると食欲が湧く。

 アンタとなら、いいチームになれるぜ」

 そう言ってジョーは、その場から消えた。



「あ~あ~、ジョーが惑星カプラムへスキップしちゃったよ~。

 ボク、もう少し話したかったのに~」

 PeJがJの肩の上で、プルプル震えている。

「近いうちに、朝飯の招待がありますよ」

 PDのアバターが会議ホールのフロアに現れてPeJに伝えた。


「PD。ジョーが発していた探査波とスキップを調べてくれ」

 Jは、思念波でも精神波でもないジョーの思考波と、白いスーツしか身につけていなかったジョーのスキップ方法を知りたかった。

「どちらも、現在、探査中です。解明に時間がかかります」

 PDが頭を抱えるような表情になっている。JはこんなPDを見たことがない。

「どうした、PD?」

 PDがいつもの執事の表情に戻った。

「Jたちは、ヒッグス場における素粒子の変異を基礎に、スキップと精神思考を行っています。

 ジョーの思考波と探査波とスキップは、ヒッグス場を使っていますが、Jたちのスキップと精神思考とは相違しています。神経ネットワークサーキットがはっきりしません。このような現象はありえないのです」

 つまりPDは、ヒューマノイドの神経サーキットをコンピューターにたとえるなら、どのようなエネルギー場であろうとネットワークサーキットシステムが存在しないコンピューターはありえないと言いたいのだ。


「ジョーの思考波や探査波やスキップがジョーの個性だとしたら、遺伝するか?」

 Jは唐突にそうPDに訊いた。

「ウィザード軍団の発生ですか?」

「ああ、そうだ。子孫が全てジョーのように成るとは言えないだろう?」

「ジョーの個性が突然変異であることは否めません。

 現在、情報不足のため、子孫がジョーのように成るか否かは不明です。

 仮にジョーの個性が子孫に遺伝した場合、子孫はジョーを欺けません。

 これはあくまでも、ジョーがJたちと対立しないという見解で話しています」

「おまけに、ジョーが子孫より長生きするとの仮定だ。

 この件は我々にとって無意味だ。ジョーを監視するか、我々の一員にするかだな」

 Cはジョーのスキップを考えている。ジョーのスキップは時空間スキップだ。


「PD。惑星ガイアと、カプラム星系惑星カプラムになる前のファレム星系惑星キトラ、の関係を探査してくれ」

 JはPDに言った。


「惑星ガイアと惑星カプラムを時空間探査しましょう。しばらくお待ちください。

 まもなく惑星ガイアの4D映像が現れます。

 Jが生まれる以前ですが、平行宇宙の現象ですから、空間的一致はしていません。そのつもりでご覧ください。

 特に、カプラムの思考形態の基本がどこにあるか、確認してください。

 私も確認中です」


 空間に、青い惑星の4D映像が現れた。

「惑星ガイアです」

 Jはどこかで見た惑星だと思った。

「グリーズ星系の主惑星グリーゼじゃないのか?」とC。

「いいえ、よく似ていますが惑星ガイアです。平行宇宙の現象です」

 PDは平行宇宙論を説明する気はないらしい。

 4D映像に惑星ガイアのハワイ諸島が現れた。


(了)

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オリオン共和国の総統J 牧太 十里 @nayutagai

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