二十一 カプラム

 グリーゼ歴、二八一五年十一月十六日、夜。

 オリオン渦状腕外縁部、テレス星団、テレス星系、惑星テスロン。

 テレス帝国、首都テスログラン上空、静止軌道上、戦艦〈オリオン〉



 先制攻撃したロドス艦隊と、惑星テスロンの全軍事施設と全テクノロジー、そして、オイラー・ホイヘンスの血を引く者、テレス帝国のディノス、それら全てが、ヒッグス粒子弾で一瞬に消滅した。

 艦隊が先制攻撃しなければ、Jは開戦する気もテクノロジーを消滅する気もなかったはずだ・・・。

 Cはそう思い、Jの思考を読もうとした。


「思考を読まなくていい。説明する。

 ヒッグス粒子弾を使わなければ、戦闘は膠着状態になる。無駄を避けただけだ。

 PDが言うように、極力、死傷者を出さぬためにヒッグス粒子弾を使うのが最良だった」

 Jは〈オリオン〉のホールにいる全員に説明した。


 多重位相反転シールドを張ったステルス状態の〈オリオン〉はテレス帝国軍の情報収集衛星防衛システムに捕捉されていた。ステルス状態の〈オリオン〉を捕捉できるのは4D映像探査だけだ。テレス帝国軍は4D映像探査技術を持っていた。

 最初にPDがテレス帝国を4D映像で見せた時、コントロールポッド大のモーザは、テレス帝国のスキップリングから出てきた。このモーザは時空間スキップ機能を持っていなかったが、テレス帝国の艦隊は静止軌道付近に時空間スキップし、ビーム兵器とミサイルで〈オリオン〉を攻撃した。

 テレス帝国の戦艦は自己スキップできるが、〈オリオン〉がヒッグス粒子弾を時空間スキップしたような、他物資を転送スキップする機能は持っていないことが明白だった。

 これらから判断すれば、テレス帝国に無いのは、物質を自由にスキップさせる機能と、ヒッグス粒子弾だけだ。その他のテクノロジーは〈オリオン〉に匹敵する。


 CはJの説明を聞き、CがJの立場ならJと同じ判断が可能だったか考えている。

「ホイヘンスの精神と意識のバックアップを移動した者はいないか?」

 DがPDに訊いた。テレス帝国内のヒューマの移動は頻繁だ。

「PD。急いでジョーをスキャンして!」

 Jがそう言うと、話を聞いていたように、ソファーに座るジョーの3D映像がホールのフロアに現れた。


「ヨオ!だいぶ作戦変更したな。まあまあのできばえじゃねえか・・・。

 オレをスキャンする必要はねえよ。オレはクラリックじゃねえ。

 クラリック・スキャンにかけたって、何もねえさ。やってみな」

「クラリック・スキャンに詳しいじゃないか?どこで知った?」

 3D映像であろうと、クラリック・スキャンできるのをジョーは知っている。なぜだ?

 Jはジョーの反応を見た。


「帝国軍総司令官ウィスカー・オラールに計画を持ちかけられた時だ。

 オラールもカプラムだ。皇女派を装ってたが、皇女派でも皇帝派でもねえ。

 オラールはスキップリングから現れたモーザを捕獲して、オイラー・ホイヘンスの精神と意識のバックアップを解析し、クラリックの存在と、皇帝たちディノスが何者かを知った。そして、計画の妨げになるオイラー・ホイヘンスのバックアップを消滅した」


「国家を再興するためか?」とJ。

「そういうことだ。

 アンタたちがアッシル星系で行ったことを、オラールは、オイラー・ホイヘンスの精神と意識のバックアップから把握した。

 オレの役目は、アンタたちが惑星テスロンのテクノロジーとオイラー・ホイヘンスの関係者を壊滅したあと、オラールを惑星ユングに迎えて惑星ユングの帝国軍を掌握し、アシュロン商会を壊滅することだ。

 民主的な国家ができるぜ。オレが居る限り、軍事国家にはしねえさ。

 マリー・ゴールドたちは、コンバットとして惑星ユングに留まるんだろう?」

 ジョーは態度を崩さない。全てが事実のようだ。


「さあな」

 クラリックのアークは、アーク・ヨヒムとアーク・ルキエフが消滅しただけだ。

 しかし、これまでのジョーをPeJが思考記憶探査ができなかったのはなぜだろう?


 ジョーの口元に笑みが浮かんだ。

「オレがカプラムのニュカムだからだろうな・・・。

 オレとニオブのトムソとの違いを解明してくれ」

「トムソに変る新しい種が出現したと言うのか?」


「そうだ。カプラムはニオブと対立しねえぜ。

 オラールはカプラムを代表して、オリオン渦状腕を管理するオリオン共和国と平和協定を結ぶ気だ。

 オリオン共和国の代表は戦艦〈オリオン〉の提督・総統Jだろう」

 ジョーは不敵な笑みを浮かべてJを見ている。


 Jはジョーが放っている探査波を思考記憶探査した。これは思念波でも精神波でもない未知の探査波だ。ニオブの精神波より進んだ思考形態を持つカプラムのニュカムの存在は、クラリック階級と、かつての我々アーマー階級の関係に相当する。現在の我々がカプラムと対立すれば、我々は不利な立場に立たざるを得なくなる・・・。


「ウアッハッハッ。

 マリー・ゴールド。ビルバム。

 平和協定の調印の場で会おうぜ・・・」

 ジョーの3D映像が消えた。

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