十七 テレス帝国 皇帝テレス
グリーゼ歴、二八一五年十一月十六日、午後。
オリオン渦状腕外縁部テレス星団、テレス星系、惑星テスロン。
テレス帝国、首都テスログラン、テレス帝国政府、テレス宮殿。
「アシュロン商会支部を復興したのか?」
皇帝テレスは厳しい口調で側近のカッツーム・ロドス侍従長に言った。
「はい、陛下」
側近のカッツーム・ロドス侍従長は深々と頭を下げた。
「なんてことだ!
あれほど、惑星ユングに手出しするなと命じたのに、なんてことだ!」
皇帝は激しい怒りから、パラダピーコックの扇を力任せに何度も椅子の横木へ叩きつけた。スパンコールのように光を乱反射する羽は無惨に飛びちって、玉座の周囲にきらきらと舞った。
「いかがいたしましょう。陛下」
馬鹿な娘を持つと親は苦労する。為政者とて同じだ。台所に主義主張の異なる主婦が二人いたら家族は苦労する。ロドス侍従長は皇帝の怒りを理解していた。
「今すぐ、クリステナをここに呼べっ!
ふたたび皇帝は扇を椅子に叩きつけた。羽が千切れた扇は羽軸しか残っていない。
「ただちに、皇女をここにに連れてこい!」
ロドス侍従長はスカウターで皇女クリステナの側近に指示し、謁見の間に控えている親衛隊長のアヒム・コドムに、皇女を連れてくるよう命じた。
「わかりました」
アヒム・コドム親衛隊長は謁見の間を退室した。
聞こえはいいが、実態は、皇帝陛下の指示に逆らった皇女の連行だ。皇帝陛下は皇女を罪人と見なしている・・・。
謁見の間を出たコドム親衛隊長は、入口に立っている親衛隊員に、皇女を連行するよう指示し、
「ヴィークル!」
通路の壁に大声を発した。通路の壁から小型エアーヴィークルが現れてコドムの前に停止した。コドムは親衛隊員とともにエアーヴィークルに搭乗し通路を飛び去った。
謁見の間をあとにしたエアーヴィークルは広い通路を南へ走り、西の皇帝の翼へと、右へ曲がった。
テレス帝国政府は首都テスログランのほぼ中央にある。
テレス宮殿の謁見の間は大会議室ほどもある大きな間だ。
この謁見の間から南へ延びた中央通路を進むと左右、つまり東西に東西の皇帝の翼に、皇帝テレスの執務室と皇女クリステナの執務室がある。
これら東西の皇帝の翼を通りすぎてさらに中央通路を南へ進むと東西に惑星テスロンの政治を預かる庁舎の翼があり、中央通路をさらに南へ進むとテレス帝国国政執務庁舎の翼がある。
西の皇帝の翼の執務室で、バトルアーマーに身を包んだ皇女クリステナは勢いよくドアへ歩いた。
「クリステナ様!私もまいります!」
側近チャカム・オラール侍従は皇女の後を追った。
執務室のドアが左右にスライドし、皇女はさっそうと歩いた。そのあとを側近のオラール侍従が妙な足取りで小走りするようについてくる。皇女クリステナにくらべ、オラール侍従の動きは恐ろしくセカセカしている。その割りに歩みが前進しない。執務室の入口を警護している親衛隊員が、オラール侍従の動きを見て苦笑いしている。
「ヴィークル!」
皇女が一声発した。親衛隊員の近くの壁が左右にスライドして小型エアーヴィークルが現れ、皇女の前に停止した。いち早くエアーヴィークルに搭乗した皇女は、
「早く乗れ!置いてゆくぞ!」
オラール侍従に叫んだ。
オラール侍従が走って小型エアーヴィークルに飛び乗った。皇女はエアーヴィークルをいっきに加速して通路を飛行した。途中、コドム親衛隊長が乗るエアーヴィークルとすれ違った。
皇女は、親衛隊長が皇女を連行するために飛行してきたのを感じたが、無視して通路を左に曲がり、いっきに中央通路を謁見の間へ飛行し、そのまま、
「ドアを開けろ!」
謁見の間へヴィークルを乗りつけた。
「なんの真似です!」
皇女に向って皇帝テレスは玉座から叫んだ。皇女の小形エアーヴィークルに、親衛隊の二十のレーザービーム銃が向いている。謁見の間にヴィークルを乗りつけるなど、これまで誰一人として行ったことがない。
「私を呼んだのではないのか?用がなければ呼ぶな!」
皇女は親衛隊のレーザービーム銃を無視し、親衛隊員数名をなぎ倒してエアーヴィークルを方向転換させた。
「待ちなさい!」
「用があるなら、さっさと言え!」
皇女は皇帝を見た。エアーヴィークルは浮上したままだ。皇女はその場から去ろうとしている。
皇帝は皇女を凝視した。
「なぜ、アシュロン商会支部を再建したのです?」
「当初の計画だろう?」
軽蔑するように言い、皇女はヴィークルの操作パネルへ視線を向けた。ヴィークルを発進しようと思った。
「計画は、変更したでしょう?」
「賛成した憶えはない!」
皇女が顔を上げた。皇帝を睨んでいる。
「アシュロン商会に手だしはなりません。これは皇帝命令です!」
「笑わせるな!政策を立案し実行するのは私だ!
引退したあんたじゃない!
これ以上言わせるな!」
皇女は操作パネルに視線を戻し、ヴィークルを浮上させた。
「撃てっ!」
皇帝の命令で、親衛隊のレーザービームが小型エアーヴィークルの駆動部を貫いた。浮上していたヴィークルは後部からフロアに落下した。エアーヴィークルは楕円形をした小型のジェットボートのような形をしている。キャノピーはあるが閉じて使用する者はめったにいない。ヴィークルが落下した反動で、皇女は開いたままのキャノピーを飛びこえてフロアに転げおちた。
「シールド捕獲しろ!幽閉しろ!」
皇帝の命令で、皇女は親衛隊の放った球状の捕獲シールド内に捕獲された。
「何をする?こんな奴といっしょにするな!」
シールド内に側近のオラール侍従もいる。
「皇女を説得できなかった側近の責任は重大です。
あなた同様、オラール侍従にもそれなりの責任を取ってもらいます」
玉座から皇帝が冷やかに言った。
謁見の間のドアが開き、シールド捕獲牽引ロボットが現れた。球状シールドに牽引ビームを放って、ロボット後部の荷台に捕獲シールドを乗せ、向きを変えてドアへ移動している。
「何をする?私は皇帝ホイヘウスの娘だっ!皇帝は私だぞっ!」
シールド内から皇女が喚いた。シールド捕獲牽引ロボットは皇女の喚きとともに、謁見の間から中央通路へ出ていった。
「皇女を執務室に幽閉しなさい。
念のためにいっさいの通信を遮断しなさい」
皇帝は側近のロドス侍従長を通さず、直接、コドム親衛隊長に命じた。皇女は西の皇帝の翼の執務室を拠点に活動している。
「わかりました。
執務室全ての通信システムをダウンし、全ファイルを消去します。
それでよろしいですか、陛下?」
コドム親衛隊長は皇帝の前に片膝ついて頭を下げた。
「情報収集防衛システムはそれでいいでしょう。
執務室をシールド分離して皇女を軟禁しなさい。
〈ウィング〉のアクセスコードは、私が変えます。
皇女の政策に関与した者たち全員を逮捕し、裁判にかけなさい」
皇帝は冷静に命じた。
「わかりました」
コドム親衛隊長は深々とお辞儀し謁見の間を出た。
「皇女の執務室をシールド分離し、皇女を執務室に幽閉しろ。
皇女の情報収集防衛システムを全てダウンし、ファイルは全て消去だ。
皇女の政策に関与した者を全員逮捕せよと指示が出た・・・」
謁見の間から中央通路へ出たコドム親衛隊長は、そのように親衛隊員に指示した。
謁見の間を警護する親衛隊員は親衛隊の精鋭だ。あらゆる事に長けている。
「陛下が〈ウィング〉のPDドライブのアクセスコードを変えた。皇女は移動できない」
コドム親衛隊長は目の前を移動してゆくシールド捕獲牽引ロボットを示した。
「了解しました。ただちに指示します」
親衛隊員はスカウター端末で親衛隊に指示している。
皇帝と皇女の執務室は飛行体〈ウィング〉だ。非常事態に応じて東西の皇帝の翼から分離、離脱できるように作られている。
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