十五 カプラムのジョー
グリーゼ歴、二八一五年十一月十六日、朝。
オリオン渦状腕外縁部、テレス星団、フローラ星系、惑星ユング。
ダルナ大陸、ユング、ダナル州、アシュロン、ドレッド商会。
Jは、アシュロンの南北五十一番街、東西一番街にあるアシュロン商会本部正面へ時空間スキップした。
「PeJ、通話に割りこんでくれ。PeJ。PeJ、トルクン!」
今日のJは昨日と違いコンバットのフル装備だ。ヘルメットは背に装着している。
「ああ、はい、いいよ」
PeJがJの肩の上で緊張して震えている。
「緊張してるんか?話すだけだ。ちびるなよ」
JはPeJに手を触れて緊張をほぐし、他の通話全てを遮断させて、バトルアーマーの通信装備から、Jの通信をジョーの通信に割りこませた。
ジョーのサングラスの端末に着信信号が入り、バトルスーツとバトルアーマーで身を固めたJの3D映像が室内に現れた。商会本部の三階で、白いスーツに身を包んだジョーはソファーに深々と座ってガルバンを燻らせ、重い息づかいで言った。
「何か用か?」
「一夜にして、アシュロンのシマを手に入れたじゃないか?」
Jはスカウター端末に現れたジョーの3D映像にそう言った。
「アンタのおかげだ。
以前の商会本部に代って、『ドレッド商会』になっただけだ。
ついでにアシュロン商会から目をつけられてる。
オレが商会を潰すというアンタの思惑は外れだ」
「飛行重機をどこから手に入れた?そのことを聞きたい。
そっちへ行っていいか?」
Jがいないマリー単独なら、こんな行動はとらない。数人のチームで商会を包囲して交渉する。だが、そんなことをしたら戦闘開始と同じだ。今はボス交渉が必要だ・・・。
Jはバトルアーマーのシールドを起動させた。
「ああ、来てくれ。アンタには借りがある。歓迎するぜ。
これから朝飯だ。つきあってくれ。
シールドを解除しないと、飯は食えないぜ」
ジョーはニタっと笑い、メガネ端末を外した。まなざしが昨日の碧眼のジョーとは違う。虹彩が金色で瞳孔が緑だ。
「今日はカプラムか。
昨日はユンガだった。忙しいな」
Jはドレッド商会となったビルへ歩いた。
「体組織を再生してもらった後に異変が起こった。
安心しろ。簡易再生培養装備やアンタによる記憶転移のせいじゃない。
カプラムのオレの問題だ。再生するとき先祖返りしたらしい。
こっちのシールドも入口のロックも解除した。手下は警戒を解いてるぜ」
ジョーは、ジョーのルーツが惑星カプラムにあることを示唆し、慣れ親しんだ戦友に語るようにそう言った。ジョーが自身のルーツを語るのは、ジョーを警戒するJを安心させるためらしい。
「了解した」
Jはジョーの意を解し、商会本部の入口でバトルアーマーのシールドを解除した。
『ボク、心配だよ』
入口の古代建築のような石柱を見あげ、PeJはJの肩で震えている。真新しい石柱の上の梁で、真新しい巨大怪鳥カプルコンドラがテレス星団の四惑星を鋭い爪足で鷲掴みにしている。その上に、惑星テスロンの共通語テスランの母体となった古代テスローネ言語で「ドレッド商会」と真新しく書かれている。
『トルクンに変身して胸のポケットに入ってろ。オッパイをかまうんじゃないぞ』
PeJはオッパイが大好きだ。忠告しなければさらに小さくなってバトルスーツの内部に入り、胸の間に忍びこむ。どうしてこのトルクンのような習性を身につけたか不明だ。おそらくPDの知識ファイルを開き、有袋類トルクンの習性を知ったのだろう。
『う~ん、わかったよ~』
PeJは小さなトルクンに変身して、バトルアーマーの内ポケットに入った。
ヒューマは、機械などの物質には人格が無い、思考速度が遅ければ意識がない、と思考速度で意識の有無を判断する傾向がある。しかし、〈V2〉やPePeのような機械にも、ヒューマが与えた制御機能とは異なる、機械独自が持つ意識がある。それは、ヒューマの概念による意識や人格ではない。そして、PeJはPDのサブユニットで電脳空宇宙意識の生命体だ。いずれ、そのことをPDが説明するだろう。
トルクンのPeJがポケットに収まり、Jはドレッド商会の入口に立った。厚い防弾ガラスのドアが左右にスライドし、Jは商会の中へ入った。
フロアにはジョーの手下数人が危険きわまりない目つきでJを睨み、その中の二人が、二階への階段を顎で示した。
「ありがとうよ!おかげで身体が新しくなったぜ!」
この二人は、あの廃墟ビルで超小型多弾頭多方向ミサイルの餌食になった二人の、レプリカンだ。
「まともな遺伝子部位が残っててよかったな。新品になっても、能力は今まで以上にはならない。この意味がわかるか?」
Jは二階への階段を上りながら、ちょっと大きい方のドレッドヘアーにそう言った。
「いや、わからねえ」
下からドレッドの一人が見あげている。
「お前の体組織を使って再生したなら、お前と同じ歳相応の新品だろう」
Jはありのままを教えてやった。
「なんてこった」
ドレッドの一人が俯いた。
「てこたあ、くたびれてネエだけで、歳に見あった新品かい?
こらあ、たまげたぜ」
Jを見あげる男が、階段から天井へ視線を移し、目をまわすように驚いている。
「ジョーは三階か?」
Jは上の階を顎で示した。
「ああ、そうだ。アンタの分も朝飯を運ぶぜ。
カフェインたっぷりのドレッドスタイルだぜ。
ビビルんじゃねえぞ!」
下から大きめのドレッドが喚いている。
「アホッ、ヒューマはオレたちと違うんだ。
クラッシュのほうが効果的なんだぞ!」
「トーストにたっぷり盛るか?」
「イッヒヒヒヒッ!」
二人のドレッドがふざけている。
「バカ言ってるんじゃねえ!
紅茶とトーストでいいんだ。ハムエッグももってこい!
アンタがマリー・ゴールドだったんか?
コンバットなら、いくら探したって、アーマーの中にゃいねえはずだ」
ジョーが三階から見おろして大声で笑っている。
「なんで、帝国軍に私を探した?」
Jは階段を登った。
「まあ、飯を食いながら話そう。早く上がってこい」
Jは階段を二階から三階へ上がった。
「オレがアンタに助けられたころ、アンタの妹と事務官の娘は死んでた。
それを知らせようと思ってな。アンタにゃ借りがある」
ジョーは、ソファーが居すわっている三階の部屋の奥へJを招いた。そこは会議用の大きな部屋で、大きなテーブルと長手方向の両側に椅子が置かれていた。銃で撃たれるのを警戒してか、テーブルにはクロスをかけてなかった。
「クロスの陰から銃で撃たれるより、クロスの煩わしいのが嫌いでね。
座ってくれ」
ジョーは部屋の奥の椅子に座り、Jに入口側の椅子に座るよう促した。
Jは背中のヘルメットをテーブルに置いて椅子に座った。左手の扉が開き、若いユンガの女たちが朝食を運んできてテーブルに並べ、部屋から出ていった。
「飛行重機をどこから手に入れた?そのことを聞きたい」
Jはジョーに訊いた。
「ヤボ言うな。朝メシを食え」
ジョーの前のテーブルに、数枚のトーストとマーマレードの壷がのった皿と、ダックのタマゴとパンタナ(湖沼地帯に生息する、惑星ガイアのワニに似た大型爬虫類)のハムを調理した、ハムエッグの大皿が並んでいる。
ジョーはカップを取った。カップは一般ヒューマ用の二倍ほどの大きさでジョーの体躯に合わせた特注らしい。
「紅茶もブレッドもタマゴもテスロン産だ。
よそじゃ手に入らねえ。
何もかもそうだ」
ジョーは紅茶を一口飲み、テーブルにカップを置いた。壷からスプーンにたっぷりマーマレードを取ってこんがりとキツネ色に焼かれたトーストに載せ、分厚い唇の口へ運んだ。
テレス星団の拠点は、テレス星系惑星テスロンだ。現在、食糧から嗜好品、果ては武器から戦闘機や宇宙戦艦まで、あらゆる物資が惑星テスロンで生産されている。不動産売買拠点もテスロンで行われている。テレス帝国の全拠点が惑星テスロンと言える。
「飛行重機もテスロン産か?」
Jはカップを取った。これは一般ヒューマに合わせた標準タイプだ。カップを鼻先へ寄せると芳しい香りが鼻孔いっぱいに拡がり、Jは惑星ガイアで過ごした幼少期を思いだした。
『J、郷愁はダメだよ!意識を切り換えないといけないよ!』
Jの記憶に過去が蘇るのを感じて、トルクンのPeJが胸のポケットでもぞもぞ動いた。
『そう言われても懐かしいんだ。たしか、ダンゴを食ってる途中だった』
『話を聞くんだよ~、J』
『わかってる』
「ああ、飛行重機もテスロン産だ。
最近の政府内部を知ってるか?」
ジョーはトーストを食べて紅茶を一口飲み、フォークとナイフを取った。ナイフでハムエッグ切り、フォークで口へ運びながら金色の虹彩の緑の瞳孔でJを見ている。
「いや、知らない」
Jもナイフとフォークを取った。ハムエッグとトーストを手ごろな大きさに切って、ハムエッグをトーストに載せ、口へ運んだ。以前も、こんなふうにしてハムエッグを食べていた・・・。
「政府内には皇帝派と皇女派が存在する」
ジョーは話しながらハムエッグを平らげ、もう一枚のトーストにマーマレードを載せて食べている。
「政府内部に二つの勢力があるんか?」
Jはナイフで適当な大きさに切ったトーストに、マーマーレードを載せて口へ運んだ。
先ほどの女たちが現れ、お代りが必要か訊いた。ジョーは紅茶とハムエッグをお代りした。Jが、お代りはいらな、と言うと、女たちは静かに部屋を出ていった。
「そうだ。オマエさんが全ての通信回線を遮断したから、こんな話ができるんだ。
いっそのこと、盗聴して政府の内部事情を教えてくれねえか?」
ジョーはカップを取って低い声でそう言った。
「政府内が分列していることを教えた代りに、もっと調べろと言うんか?」
Jはトーストを食べながらゆっくり紅茶を飲んだ。
「ああ、そうだ。皇帝派がオレを利用するために、飛行重機と武器と兵器を与えた」
ジョーの話が事実なら、ここ南北五十一番街東西一番街のアシュロン商会本部とその縄張り全てが、帝国政府の直轄下だ・・・。
Jはそう精神思考しながらの、ジョーの考えを精神波で探った。
『皇女クリステナが政治の実権を握っている。
実態は、上皇の立場にあると見せかけている皇帝テレスが、皇女に政策を担当させているだけだ。
皇帝は帝国軍を通じてドレッド商会のオレをバックアップし、テレス帝国軍を支配しようと考えてるらしい・・・』
ジョーはそう思っていた。
女たちが紅茶とハムエッグのお代りを持って現れて、ジョーの前に置いた。女たちが出てゆくと、ジョーはハムエッグを口へ運びながら真顔で言った。
「アンタはウイッチか?
アンタがいるとなぜか食欲が湧くぜ」
「どういう意味だ?」
Jは残りのトーストを食べながらジョーを見つめた。
「サイキック、それもホワイトの」
「なら、アンタはウィザードかい?ブラックの」
「確かにオレはカプラムのニュカムだ。グリーンブラウンだがな」
ジョーは紅茶を飲みながら説明した。
カプラムの身体能力は他のヒューマ(惑星テスロンのヒューマのテスランや惑星ユングのヒューマのユンガや惑星ヨルハンのヒューマのヨルハ)を超えている。
薬物耐性のみならず体組織の再生能力が優れている。能力はラプトやディノスを遥かに超え、棘皮動物のような原始的生物に近いくらいだ。
知的能力はユンガより遥かに上でサイキックが多い。ニオブに似て非なるヒューマノイドの種だ。テレス帝国軍内部にはカプラムを重要視している者たちがいて、カプラムの組織を作ろうとする動きがある。
「昨日はユンガに化けて、マヌケを装ってたか・・・。
帝国政府には軍があるのに、なぜウィザード軍団が必要なんだ?」
Jは、ジョーがニオブと言ったことが気になったが、その言葉に反応せずにトーストを食べながらカップを取って両手に抱えた。
「帝国政府が何を企んでいるか、アンタは知りたいだろう?
それとも軍警察は帝国政府の忠実な犬か?
アンタは、忠実な犬なんかにゃ見えねえ」
ジョーはカップをテーブルの端に置いた。テーブルの皿を横へ押してテーブルに肘をついて頬杖した。金色の虹彩の目でじっとJを見つめた。
Jは頭部を鷲づかみにされるような感覚におちいった。
「私の頭んなかを探るんじゃないよ。
カプラムの思念波能力は知ってるさ」
Jは両肘をついて両手に支えたカップを口へ運んだ。思念波は亜空間を介した亜空間思考波だ。思念波では精神思考を探れない、とJは安心している。
「やっぱりウィッチじゃねえか。
ユンガもヒューマもカプラムの思念波に気づかねえ。
気づくんはカプラムとコンバットのサイキックだけだ。
アンタは帝国政府のヒューマノイドがディノスだと知ってるだろう?」
「ああ、知ってる」
すでに、JはPDから、コーリー・ホイヘンスが、
『収斂進化したディノサウロイド・ディノスの女帝としてテレス帝国に君臨しています。 帝国政府要人のディノスを使い、大きな問題もなく帝国を治めてきました・・・』
と聞いている。いまさら帝国政府要人がディノスと聞いても驚きはしない。
「ディノスを駆逐する気はないか?
アンタはどっちに付く気だ?」
ジョーは、Jが皇帝派と皇女派のどちらか訊いた。
「どっちらにも付く気はない。上からの指示に従うだけだ」
本当は違う。ニオブの信念に従うだけだ。コンバットはニオブの隠れ蓑だ。ニオブという言葉を口にしたジョーは、私たちの存在に気づいている。ジョーに情報を与えたのは皇帝テレスか?
「どんな指示だ?」
ジョーは頬杖を突いたままだ。
「クラッシュの撲滅だ。ここのアシュロン商会は壊滅した。
惑星ユングにある他のアシュロン商会も壊滅する」
Jは紅茶を一口飲んだ。今やここアシュロン南北五十一番街大通りの商会本部は、ジョーが支配するドレッド商会だ。いや、皇帝テレスが支配すると言える。
「クラッシュの撲滅は、表向き、皇女の政策だが、実質は皇帝の政策だぜ」
オマエさんはそのことを知ってるかとジョーがJを見た。
「わかった。内部探査しよう」
ジョーの言いたいことはわかる。
皇帝の政策をアシュロン商会が肩代りしてると言いたいのだ。
それを支援するのが帝国軍アーマーであり、後始末するのか軍警察コンバットだと。
「やはりそうだと思ったぜ。
アンタは単なるコンバットじゃねえ」
ジョーはまなざしを戦闘状態のように全方位に向けた。テーブルを透過して思念波をJの全身に浴びせた。
「どうして?」
Jは紅茶を飲み干してカップをテーブルに置いた。
私はまだ二十歳前だ。ジョーの思念波に晒されて全身を探られるのは、見えない手で身体を撫でまわされるようで気持ちが悪い。許可なく女の心身を探るのは犯罪だ。
場所が場所ならジョーは粒子ビーム銃で消滅している・・・。
「アーマーもコンバットも盗聴や盗撮と言う。アンタみたいに内部探査なん言わねえ。
まあいい。結果がわかったら、また、朝飯につき合ってくれ。
今日は、ゆっくりしていけ。
そこのビルバムに出てくるように言ってやれ。
オレを警戒しなくていいぞ」
ビルバムは飛行可能な小型の哺乳類だ。惑星ガイアにいたムササビに似ている。
トルクンのPeJがバトルアーマーの内ポケットから這いでて、バトルアーマーの襟から顔をだした。
「ボク、トルクンだよ。キカイなんだ。よろしくね。
ビルバムにも似てるけど、トルクンのほうがいいや」
Jの肩に乗ってジョーにあいさつしている。
「アッハッハッハッ。コイツはたまげた!
探査マシーンがビルバムのマシンモデルとは、コンバットもやるじゃないか!」
ジョーはトルクンのPeJを見たまま大笑いした。
ジョーは私のバトルアーマー内部に探査機があるのを思念探査していたが、探査機がバトルアーマーの装備ではなく、単独行動するAIのPeJであるとは探査できなかったらしい・・・。
「トルクン。今までの話を聞いただろう。オレはマリー・ゴールドと組むことになった。
コンバットとじゃねえ。マリーとだ。だから、トルクンもオレと組むということだ。
ヨロシクな!」
ジョーはPeJに笑顔を見せている。
「ドレッド・ジョーは案外いいヤツなんだね。
ナイスガイなの?」
Jの肩の上でPeJがお世辞を言っている。PeJには珍しい行動だ。
「まあな・・・。
オレを探査したか?」
「うん、したよ~」
PeJも心得ている。思考記憶探査とは言わずに思念探査を思わせている。精神思考は思念波では探れない・・・。
Jはそう思った。
そう思っているのはJとビルバムだけだ・・・。
ジョーは精神の深淵でそう思考しながら、
「さて、隣の部屋でくつろいでくれ・・・」
ソファーがある隣室へ移動するようJを促した。
隣室へ移動するとジョーはJに三人掛けのソファーを勧め、ジョーはJはいつも座っているひとり掛けのソファーに座った。
「オレたちが扱うのは嗜好品だ。紅茶、シガー、香辛料が主だ」
たしかに惑星ユングでは嗜好品だ。ネイティブのユンガと、ユンガの資源採掘にテレス帝国から入植したヒューマにとって嗜好品に違いないが、惑星カプラムのネイティブであるカプラムには麻薬だ
「帝国軍はさらに辺境の星系へ侵攻するのか?」
惑星カプラムにおけるドレッド商会は、かつての惑星ユングのアシュロン商会本部と同じだ。Cが推測したように、テレス帝国は、フローラ星系の辺境にあるカプラム星系へ侵攻する足がかりに、ジョーのドレッド商会を使おうとしている・・・。
「推測すれば、そういうことらしい・・・」
ジョーはJの思念を読んでそう言った。
ジョーが思考探査可能なのは思念波だけだと考え、JとPeJはこの商会に入る前から精神波で連絡しあっている。
「ジョーはどう動くんだ?皇帝テレスの忠実な犬になる気か?」
ジョーがJに葉巻を勧めた。Jは蠅を払うように手を振った。ジョーも葉巻を吸わなかった。
「カプラムのオレにとって葉巻も麻薬さ。
オレは、カプラム星系のカプラムたちをヤクチュウにはしねえよ」
「この惑星ユングで何をサバくんだ?」
Jの問いに、PeJが肩の上で、ナニサバク?と小さくくりかえしている。
「ヒューマの嗜好品さ。帝国政府の思いどおりになんかさせねえ」
ジョーは防弾ガラスの外を見たまま低い声でそう言った。
「アシュロン商会とは対立しないってことか?
ジョーが扱うのは嗜好品だけじゃないだろう?」
ジョーがアシュロン商会と対立しないはずはない。
アシュロン商会もクラッシュの他に、嗜好品から武器や宇宙艦、惑星不動産まで扱っている。現在クラッシュをさばいているのは、アシュロン商会本部の下部組織にすぎない。
「なんでもサバけば、オレとヤツラは対立する。
本来、帝国軍のアーマーや軍警察コンバットがやるべきアシュロン商会本部の掃討を、オレがするようなもんだ。そうなればオレの勢力が減っちまう。
もし、帝国軍のアーマー全員がヤクチュウになったら、どうなる?」
ジョーの瞳孔が完全に開いて、緑の瞳がさらに深みを増し、Jの思念を探っている。
「現状のままだろう」
「いや、そうじゃねえ。確実に今の状態より悪化する。
帝国軍もアシュロン商会もクラッシュに関連した組織になるさ。
皇女は惑星ユング統治政策の失敗を追及され、皇帝がのさばるはずだ。
そうなっても、オレたちはいつでも戦闘可能だ」
ジョーは瞳孔を開いたまま全方位を思念探査している。
昨日、ジョーたちが身につけていたジャケットは、アシュロン商会の戦闘服だったらしいとJは思った。
「ああ見えて、あれは特殊な戦闘用衣類だ」
ジョーはJの思念波を読んでそう言った。
ジョーは眼の焦点が定まっていないように見えて不気味だ。
それにしても、一介のクラッシュ売人と思っていた男が、どうしてこんなに詳しく物事を知っているのかふしぎだとJは思った。
「気にすることはねえ。
オマエさんに身体を再生してもらったとき、封印されてた組織細胞の分子記憶が蘇ったらしい。元のカプラムに戻っただけだ」
「私は今までどおり、与えられた任務を行うさ。皇女派としてな」
指示されているのはクラッシュ撲滅と麻薬売買組織の壊滅だ。
「ああそうしてくれ。その代り、テレス帝国政府の情報を流してくれ。
オレは皇帝派から、表向きはコンバットに協力してアシュロン商会とクラッシュを撲滅するよう指示されてる」
「同胞というわけか」
Jがそう言うと、トルクンのPeJが小躍りしてプルプル震えている。
JはPeJに精神波で伝えた。
『変なヤツだな。うれしいのか?』
『だって、とりあえずの目的が同じなんだよ。
ナイスガイといっしょに行動するんだよ』
『ジョーとは別行動だ。こっちの手の内を見せるわけにはゆかないだろう』
JはPeJにいい聞かせた。
『あれ?別行動なの?ザンネンだな』
トルクンが左右にゆっくり首を振って残念がっている。
「そろそろ、引きあげるとしよう。
朝飯、うまかったぞ。また、誘ってくれ」
Jはジョーに礼を言った。
「ああ、今度来る時は情報を頼む」
ジョーは立ちあがって手を差しだした。
「わかった。じゃあな」
Jも立ちあがってジョーと握手し、階段へ歩いた。
くそっ、なんて馬鹿力なんだ!
階段を下りながらJは手を見た。くっきりとジョーの手の跡がJの手の甲に残っている。
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