第4話   初めての門

 それはあの立て看板と同じ素材で造られていて、動物の木彫りで賑やかな門だった。てっきり門戸は開いていると思っていたココは、走るたびに明確になってゆく施錠された扉の様子と、そのあまりの頑丈そうな有様に、立ち止まってしまった。


「入れないのかな」


 どこかに自分が通れそうな隙間は、ないものかと見回す。まるでこの広い大地を分断するかのように、寸分の隙間なく、木製の柵が張られていた。


 柵の先端は鋭く削られており、よじのぼるための枝も生えていない。綺麗に全てを削がれて、侵入者の魔の手から大切なモノ達を守っていた。


 ココは呆然と立ちすくんでいた。門戸の前に、座りこむ。


「あ~……つかれた。走るとつかれるんだね」


 話しかけられても、背中の蝶は返事をしない。


「どこかから、入れないかな~。入ってみたいなぁ、何があるのか、とっても気になるんだもん……」


 門戸を背もたれにして、しばらく雲を眺めながら休んでいると、誰かの足音が、砂利を踏みながら近づいてきた。


 門がゴリゴリと轟きながら、奥へと開いてゆく。背もたれに使っていたココが、ひっくりかえった。逆さになった視界に、銀色のギラギラした金属の板を身に着けた、大きな人が近づいてくる。


「こんにちは、お嬢ちゃん」


 声をかけられた。生まれて初めて、誰かに声をかけられた。ココは嬉しくなって、大喜びで立ち上がる。


「こんにちはー!!」


「お嬢ちゃん、お名前は?」


「ココー!」


「ココちゃんか。えっと、見たところ一人のようだけど、お父さんか、お母さんは、いないのかな」


「ん? だぁれ?」


「お爺ちゃんか、お婆ちゃんは?」


「んー、だぁれー?」


「大人の人は一緒じゃないのかな?」


「私ね、一人でここまで走ってきたんだよ!」


 ココは自慢げに半回転して、背中のリュックを見せた。


「あとねあとね、これはチョウチョさん!」


「はいはい。君が走ってくるのを、やぐらにいる見張りが気づいたんだ。とりあえず、保護するから、質問には答えてね」


「しつもん?」


「お嬢ちゃんのこと、いろいろ教えてほしいんだ」


「うん、いいよー。あのね、ココねー、あそこの大きな石の上にいたんだよ。でね、青いチョウチョさんがねー」


 要領を得ないココの話に、門番は小さく「弱ったな、子供は苦手なのに」と呟きながら、とりあえずココと手を繋ごうとした。


「う、お嬢ちゃん、もう少しだけ背伸びしてくれないかな。手が、その、子供だから短いのは理解できるんだけど、かなり歩きづらいんだ」


「届かないよー」


「そうか……それじゃあ、おんぶして行こうか」


「おんぶってなぁにー?」


「君が僕の背中に乗って、運ばれることだよ」


「ボクって名前なの!?」


「あ、いや、そうじゃないよ。僕の名前は――」


「ボクの背中、乗ってもいいのー? でも、つるつるしてて、大変そう」


 木登りとは違って、銀色のギラギラはココの目には難解に映った。よじのぼるための足掛かりが、一つも生えていないのだ。


 おんぶを渋るココの様子を見て、門番は少々弱る。兜越しなのも忘れて、頭を掻こうとするほどに。


「えーっと……そうだね、鎧の隙間に肌が挟まったら、大変だしな……それじゃあ、こうしよう、手も足も繋がないし、背負うのも無し。君は僕のとなりを、ただ離れないように歩いてくれたら、それでいいから。一緒に行こう」


「この中、入ってもいいの!?」


「うん。あ、ちょっと!! 走らないでよ!! 僕から離れないでってば!!」


 黄色い声を上げて走ってゆく子供を、甲冑と剣の鞘をガチャガチャ鳴らしながら、門番が追いかけてゆくのだった。


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