第3話 アイテム集めには、バッグが必要
ココの足をくすぐる草原。わざと道をはずれて、足裏を撫でる優しい感触を楽しんだ。日差しの下で育った青は、空のぬくもりを移してとても暖かかった。
白い雲によそ見をすると、瑠璃色の蝶が一羽、ココの頭上を通り過ぎていった。見たこともない輝く青に一瞬で魅了され、しばらく蝶を追いかけて走った。
行きつ戻りつする、軌道の安定しない気まぐれな蝶に振り回されて、尻餅をついた。
ココは呆然と座り込んでいたが、手の届かない位置に、蝶も静かに降りたった。休憩しているように見えたから、ココもそうした。
しばらくぼんやりと座っていたら、いつの間にか蝶が、もうあんなところにまで。
「きゃあああ! 待ってー!」
慌てて立ち上がって、ちょっとムキになって追いかけていった。裏も表も青く美しい羽は、日の光をキラキラと反射して、そしてうっすらと産毛が生えていて、よくよく見ると、異様に大きくて、ココは立ち止まって、ちょっと考え直した。
あの蝶が引き返して、自分の鼻先に向かって急降下するのを想像してしまった。途端に、全身に鳥肌が立ってしまう。
「ふさふさの虫さん、ちょっと怖いかも……」
ココは、もうその大きな毛むくじゃらの羽を追いかけるのをやめることにした。
自由になった羽が、気ままに飛びまわる。そのまま遠くに行ってしまうものだと思っていたココだったが、青い羽が次に選んだ止まり木は、真新しい看板だった。それは柔らかな地面に深々と突き刺さり、大きな矢印とともに、何か文字が書いてある。
ココはまだ文字が読めなかった。だから、その看板が誰かに大事にされているかどうか、文字の雰囲気が楽しそうかどうか、それが判断材料になった。
「この先に、なにか楽しいものがあるの?」
ワクワクしながら、矢印の方角を見つめると、手のひらに乗るほど、小さな民家がぎっしりと立っているのが見えた。緩やかな坂の下に、寄り添うようにして、人の集まる場所があったのだ。
「わあ! 何あれ! 行ってみたーい!」
ココは坂道を転がるようにして、走って下りていった。途中でサンダルが脱げてしまって、慌てて引き返して、しっかりと足にはめると、また走り出したのだった。
小さな子の歩幅では、小さく見えていた楽しい場所に、楽しく到着することができなくて……
「つかれた〜」
ココはお尻を地面につけて、足を投げ出していた。ワクワク輝いていた顔は曇り、全身でゼエハアと荒く息を吐き、白かったほっぺたが真っ赤になっていた。
風は穏やかで優しい。しばらく立ちすくむ彼女の熱を、優しく冷ましていく。
「ん? 何か道に落ちてる」
迷いなく駆け寄った。道端に落ちていたのは、青い蝶々を模したリュックサックだった。クシャッとした生地で、ココはしばらくつっついて、感触を楽しんだ。
「だれのかな。落とした人、泣いてるかも。だって私だったら、こんなにおもしろいバッグなくしたら、ぜったい泣いちゃうもん」
ココはこのリュックが欲しいと思った。でも、これは人のモノ。それに、道に落ちてたから土がついてて、ばっちい。
マジックテープ式の口が大きく開いてて、中身が気になったココは、つまんでリュックの口を大きく広げてみた。
黒い光沢のある内布が、すべすべしていて気持ちいい。リュックの中身は空っぽだった。
「う〜ん、とってもキレイなバッグ……でも、だれかのバッグを勝手に持ってったら、ダメだよね」
このまま地面に置き去りにするのは、どうしても名残惜しいココ。日差しの下で、まるで水分を失った蝶々がしわしわになって倒れているようにも見えた。
「バッグさん、このままだとかわいそうだな……」
よくよく考え、悩み、ココは結論を出した。
連れて行こう、と。
「もしも、チョウチョさんを返してって子がいたらね、その時は返してあげる。それまでは、私のでいい?」
返事のないバッグを持ち上げて、砂をバサバサと振って払う。
そして、慣れない手つきで背負ってみた。初めて背中に触れる感触は、あったかくて、そして少し圧迫感があった。
「ぜったい届けてあげるからね! これからよろしく、青いチョウチョさん!」
ココの背中に、まるで瑠璃色に輝く羽が生えたかのよう。本当に空が飛べそうで、ココははしゃぎながら、見えてきた木の大門へと走って向かった。
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