ハゲ癒しの聖女、ハゲになる

uribou

第1話

 『聖女』とは、異能を持って生まれた女性のことです。

 昔は『魔女』なんて言われて、迫害の対象にもなったらしいんですよ。

 ひどい話ですね。


 異能持ちの女性を敬う風習ができたのは、聖女教会のおかげだと言います。

 聖女教会は聖女を集めてその異能を民に還元し、代わりに聖女を認めましょうねという仕組みを作り出した組織です。

 異能持ちの認知度が上がり、魔女として排斥されることがなくなったのは、聖女教会の働きが大きいということは認めざるを得ません。

 聖女は聖女教会に所属するのが、不文律というか常識でした。


 ……ただ最近の聖女教会はおかしいんじゃないかと思います。

 昔の聖女教会は異能を持った者達を偏見から遠ざけ、その力を民のために用いることを仲介する、正義の人権組織でした。

 近頃では……聖女の力を高額な料金で売る、設立当初の理念を喪失した強欲な組織になってしまったように思えます。

 こんなことでいいのでしょうか?


 私ですか?

 ミストと申します。

 養毛発毛の異能を持っていて、ハゲ癒しの聖女と呼ばれております。


 しかし一回の施術で庶民一ヶ月の収入程度の報酬というのは、高額過ぎるのではないでしょうか?

 ケガが原因のハゲなら、一回の施術で治ります。

 しかし加齢によるものですと、三ヶ月に一度くらい施術しないと効果が失われてしまうのです。

 貴族様や富豪ならいいかもしれませんが、価格を考えるととても庶民に広く行える術ではないです。


 そして私に入ってくる収入は、施術価格の五〇分の一くらいです。

 残りの五〇分の四九がどこに消えてしまうのかは、私のような末端の聖女ではサッパリ。

 患者さんにはメチャクチャぼったくってるとちょくちょく言われますが、聖女の生活はそれほど裕福じゃないと思いますよ。

 何の聖女かにもよりますけど。


 ケガを癒す聖女はいいですよね。

 ちぎれた腕をくっつけるだけで、ぼったくっても感謝されるんですから。


 ハゲは精神の屈折している方が多いのか、文句ばかり言われるのです。

 料金を徴収しているのは聖女教会であって、私ではないですのに。

 私は暮らしていけさえすれば、それ以上のお金なんかいりませんのに。


 とにかくもうハゲ癒しの聖女はこりごりです。

 何もかも嫌になった私は、聖女教会を逃げ出しました。


          ◇


「それでミスト嬢は聖女教会を飛び出してきたのかい?」

「は、はい」


 私の元患者さんに保護されました。

 確か商人のライデン・ハワードさん。

 頭部の火傷により、広い範囲で頭髪を失ってしまった方でした。


「何て無茶なことを。確か聖女教会に所属するには契約があったはずだ」

「はい。私は契約違反で聖女の力を封印され、頭髪を失ってしまいました」


 ハゲ癒しの力を持っていた私が、今やハゲですよ。

 皮肉過ぎて笑ってしまいますよね。


「女性の命である髪を契約で縛るとは……」

「仕方ないです。契約ですから」

「いいのかい? ミスト嬢はそれで」

「私は聖女教会の強欲さにはうんざりなのです。全く後悔はしていません」

「……まあ聖女教会は問題視されているね。尋常でなく阿漕だと」


 頷かざるを得ません。

 真偽の判別であっても瞬間移動であっても、聖女でなければ不可能な事案は多いのです。

 それに価値を見出すものだけが金を払うのだから問題はないと、上の人からは説明を受けます。

 最初は納得したものでしたが……。


 一方で聖女の異能は神様に授けられたものだとも教育されます。

 嫌がらず積極的に奉仕せよと。

 でも聖女教会のために稼いでるんですよね?


 神様に授けられた力を発揮するためなら、価格を安くして多くの人に施術した方がいい理屈ではありませんか。

 おかしいです。

 矛盾があります。


「下世話な話だが、聖女は結構な給料をもらってるんだろう?」

「どれくらいが結構な給料なのかわかりませんが、私の場合はこれくらい……」


 もらっていた金額を話します。


「えっ、普通。というか安っ!」

「聖女は能力給なんです。持っている異能によってできることが違いますから。私はもらっていた方だと思います」

「これで? 俺が払った金額からすると考えられないな」

「仕方がないのです。現在の聖女教会の仕組みでは」

「……ミスト嬢が逃げ出した理由もわかるな」

「いえ、もう私は聖女ではないですから、人々のお金を毟り取る罪悪感に苛まれずにすみます」


 聖女が薄給で働かされる。

 しかも料金が高いと現場で文句を言われるのは聖女なんです。

 ストレスで髪が抜けてしまった聖女もいます。

 本当は相手が誰であろうと料金を徴収せよと言われていますが、私はこっそりただで癒していました。

 神様の意に反することとは思えなかったからです。


 ライデンさんが難しい顔をしています。


「……ミスト嬢みたいに、悩んでいる聖女は多いのかい?」

「多いです。もちろん中には割り切っていらっしゃる方もいるのでしょうけれども」

「しかし結局のところ契約に縛られて動けないと」

「そういうことですね」

「ひどい話だ。聖女教会以外の受け皿があればよさそうなものだが……」


 ライデンさんが首を振ります。

 かつて魔女と呼ばれ排斥されていた異能の女性を救い上げてくれたのは聖女教会です。

 何だかんだで信用があります。

 聖女教会に代わる組織はなかなか。


「ミスト嬢は今後どうするつもりなんだい?」

「修道院に入ろうかと」


 修道院に入れてもらえるくらいの蓄えはありますし。

 髪がなくても目立ちませんしね。


「待ってくれ。うちの商会で働く気はないか?」

「えっ?」


 ハワード商会ですか?

 願ってもないことですけど。


「よろしいんですか? 私みたいなハゲがいては御迷惑ではないですか?」

「問題ない。うちの商会ではカツラも扱っているからね」

「ああ」


 なるほど。

 ありがたいですね。


「ではお世話になります。よろしくお願いいたします」


          ◇


 ――――――――――商人ライデン視点。


 ミスト嬢は控えめな笑顔とたおやかさが特徴的な、聖女らしい聖女だ。

 生えなくなった頭髪を火傷痕ごと治してもらったことは感謝に堪えない。

 以後ずっと俺はミスト嬢のファンだ。

 彼女が困ることがあるなら、力になるのは当然のこと。


 聖女教会の傍若無人な強欲さには、多くの者が眉を顰めていたはずだ。

 ペナルティを受けてまで聖女教会に反逆したミスト嬢の高潔さには、魂が震えるほどの感動を覚えた。

 修道院入りして俗世から離れるくらいならと、うちの商会に誘ってみたが……。


 いや、ミスト嬢は実に大したものだ。

 ハゲ癒しの聖女をしていただけあって、接客がスムーズなのだ。

 思わぬ拾い物をした。


「ミスト嬢」

「あっ、ライデンさん」


 商会に誘った時の屈託顔はどこへやら。

 いい顔で笑っている。


「調子良さそうで何よりだ」

「お客さんが皆さんいい人なので」

「ん? 聖女教会ではどうだったんだい?」

「料金が高いとクレームの嵐でしたから」


 思わず苦笑い。

 だからミスト嬢は契約違反も意に介さず、聖女教会を逃げ出したんだった。


 本来は聖女の施術料金が高いのなんかわかりきってることなんだが。

 にも拘らずクレームの嵐とはな。

 よっぽどハゲ客は性質の悪いのが揃っていたと見える。


「客の評判もいいんだ。これからも期待しているよ」

「はい!」


 元同僚とも連絡を取り合っているらしく、時々聖女達が店に来てくれるようになった。

 聖女達の御用達ともなると結構な権威があるのか、すこし客が増えた気がする。

 いや、ミスト嬢が可愛らしいせいか?

 考えねばならんな。


 ん? 新しい客か。

 聖女のようだな。


「ライデンさん、紹介いたします。未来予知の聖女アンですよ」

「初めまして」

「こちらこそ」


 未来予知の聖女なんてのがいるのか。

 ビックリだ。

 ミスト嬢より少し年下かな。


「アンの力で得られた未来は、王家にのみ伝える契約になってるんですよ」

「なるほど、あちこちにばら撒いていい情報だとは思えんものな」

「えへっ、でも自分のためには使っちゃいますけどね」


 ハハッ、お茶目な聖女だ。


「ミストさんはいいなあ。ハワード商会に勤めることができて」

「ええ? アンこそ一番安泰でしょうに」


 王家が顧客となれば、確かに安泰としか言いようがないな。


「うーん、ここだけの話ですよ? 聖女教会にいい未来が見えないの」

「「えっ?」」


 聖女教会はメチャクチャ金を持ってるだろう?

 何かが起きても問題なさそうなんだが。


「ライデンさん、もしわたしが聖女をクビになったら、商会で雇ってくださいよ」

「もちろん構わんが」

「わあい、やったあ!」


 しかし王家を顧客に持つほどの聖女がクビって、そんなことある?


「わたしも聖女を辞めたいんですよ。ミストさんみたいに勇気が出ないだけで」

「辞めたいのは何故だい?」


 王家相手の商売だったら、ミスト嬢のように文句を言われて神経をすり減らすことはないだろう?


「先ほどの聖女教会にいい未来が見えないということに関わるんですよ」

「……潰れるってことか? 聖女教会が?」

「未来って必ずしも決まってるわけじゃないので、正確なことは言えないんです」

「わかった。覚えておくよ」

「それに聖女教会を辞めたら結婚できるでしょう?」

「えっ?」


 結婚?

 思わぬ切り口だぞ?


「聖女って結婚できないのかい?」

「できないことはないんですけれど、お腹が大きくなるとどうしても働けない期間が増えるでしょう? 奉仕できないのは契約に引っかかりますので」

「ええ? じゃあ実質結婚はダメということか」


 ミスト嬢とアン嬢が揃って頷く。


「聖女教会ってひどくないか?」

「ひどいですよ。反旗を翻したミストさんには、皆拍手喝采です」

「だろうなあ」

「ミストさんはいいなあ。もう結婚できるじゃない」

「えっ? でも私はこんな頭だし」

「カツラ着けてるじゃないの。頭は関係ないわよ。ミストさんは可愛いですよ。ねえ、ライデンさん」

「ああ、ミスト嬢。これを」


 一枚の紙を手渡す。


「……これ、婚姻契約用の魔術紙、ですよね?」

「そうだ」

「ライデンさんと私の契約なんですけど」

「ああ。ミスト嬢がサインしてくれれば、すぐにでも発効する」


 ミスト嬢の目が驚きでまん丸になる。

 平民が婚姻に魔術紙を使うことは少ない。

 本気を見せるにはこれしかないと思った。


 理屈ではない。

 俺は頭を癒しに聖女教会に行き、ミスト嬢に初めて会った時から惹かれていたんだ。


「い、いいんでしょうか? 私で」

「ミスト嬢は俺を治してくれた。奇麗で、人当たりも良くて。誰も逆らえなかった聖女教会に立ち向かう勇気を持っていた。惚れた!」

「か、格好いい……」


 アン嬢がポーっとしてるが、ミスト嬢はどうだ?


「……ありがとうございます。よろしくお願いいたします」

「では、サインを」


 やった!

 サインを書き終えた我が妻ミストを抱きしめる。

 契約の魔術紙が光を発して消え失せた。


「あ……」

「む? いきなり過ぎたか。すまんな」

「いえ、違うのです。聖女の異能が戻ってきた気がします」

「「えっ?」」

「髪よ、生えよ!」


 ミストの髪がにょきにょきと生え、ちょうどいい長さで揃う。

 おお、美しい!


「ミストさん、よかったわねえ」

「ありがとう。でもどうしてでしょう?」

「多分俺と結婚したからだ」

「「えっ?」」


 ここからは想像だが。


「俺の籍に入ったろう? 聖女教会との契約が『ミスト・ハワード』名になってないから、失効したんじゃないかと思う」

「ミスト・ハワード……照れますね」


 もっと照れろ。

 可愛いやつめ。


 アン嬢が叫ぶ。


「ちょっと待って! じゃあ聖女教会を辞めても、結婚すれば異能は戻るってこと?」

「おそらくは。詳しい契約の仕様を知りたいが」


 聖女教会の幹部なんて、欲の皮が突っ張った野郎どもだろう。

 絶対に喧嘩別れしたやつがいるはず。

 そうした者に聞けば情報は得られる。


「ミストさんのハゲ癒しの異能が戻ったなら、聖女教会を辞めてきてもすぐ髪は生やせますよね?」

「生やせますね」

「ということは、結婚するならノーリスクで聖女教会を辞められるじゃないですか!」


 アン嬢の言う通りだ。

 が……。


「皆に教えてあげなくちゃ!」

「アン嬢、待て。教会がどういう契約を聖女と交わしているか、俺が詳しく調べるから、その後にしてくれ。ぬか喜びさせる羽目になるかもしれない」

「そ、そうね」

「聖女教会に悟られてはならん。契約の変更とか言い出したら絶対に拒否しろ」

「契約内容を厳密にされちゃ辞められませんものね。わかったわ」

「聖女教会を辞めた後の受け皿組織が必要だ。なるべく現役聖女の希望に沿ったものにしたい。聖女教会の改革案という名目で、各聖女の希望を聞いといてくれないか?」

「聖女教会の改革案ならバレないわね。ライデンさん頭いい!」

「よし、頼むぞ」


 ちょっと面白くなってきた。

 しかし今は俺も結婚の幸せを噛みしめないと。


          ◇


 ――――――――――ミスト視点。


 聖女教会は消滅しました。

 新たに設立された聖女クラブに全員移籍したからです。

 正確に言うと、聖女全員を味方につけたライデンさんが聖女教会幹部と交渉し、聖女教会を譲ってもらって聖女クラブに改名した、ことになりますね。


「こっちも聖女全員を結婚させないと契約を躱せないのでは面倒なのでね。いっそのこと聖女教会という組織をいただけませんか? 代わりに契約書以外の資産は放棄しますから」


 一も二もなく飛びついて来ました。

 聖女教会の幹部達は本当にお金が大事なんですね。

 呆れました。


 ライデンさんは悪い顔で言っていました。

 旧聖女教会の幹部の悪行は、こと細かく新聞社に話してある。

 聖女の権威に縋れないやつらは、今後いい目に遭えないだろうと。


 聖女教会改め聖女クラブは、最低限の運営資金以外は聖女に還元しました。

 料金は格段に安くなって利用者は大喜び。

 一方で聖女達は潤いました。

 アンは言います。


「わたしのもらう賃金は五倍近くになったのよ? なのに王家の払うお金は何分の一かになってるんですって。どうなってるんでしょ?」


 それだけ旧聖女教会が強欲だったってことですよ。

 ハワード商会が聖女クラブの運営を行い、また聖女の代わりにややこしい契約も請け負ってくれているのです。

 聖女は契約なんかに強くないですからね。

 ありがたいのですが……。


「ハワード商会に悪い気がします。おんぶに抱っこで。運営資金をもっと徴収するべきじゃないですか?」

「いや、いいんだ。旧聖女教会と差別化したいということもある。正直ハワード商会は聖女クラブの後ろ盾ということで大変な信用を得ていてね。トータルで考えれば、かなり儲けが膨らんでいる。また聖女クラブに寄付してくれる人も多い。正直経営には全く問題がない」


 そうなのですね?

 評判がよくて何よりです。

 結婚した聖女も何人か出ました。

 ムリのない範囲で働いてもらっています。


「ミストもムリしないようにな」

「はい」


 私のお腹の中には赤ちゃんがいます。

 聖女教会から脱走した時からは考えられない幸せです。

 ライデンさんと出会えてよかった。


「俺もミストに出会えて嬉しいんだ。火傷痕には引け目があったからな」

「ライデンさんは素敵な人でしたよ」


 当時の聖女教会の高額請求に笑顔で払っていただけましたからね。

 すごく印象に残っています。


「ハゲを癒してくれたあの日から、ミストは俺の聖女だったんだ」

「まあ、ライデンさんったら」

「わたしにも旦那さん候補を紹介してくださいよお」


 あれっ? いつの間にかアンが。

 ライデンさんと私の甘々時間にお邪魔なんですから。


「アン嬢には王家から話が来ているよ」

「「ええっ?」」


 驚きましたが、考えてみれば不思議ではありませんでした。

 王家もアンの異能を確保しておきたいでしょうからね。


「おそらくウォーレン王孫殿下だ」

「ええと、王太子殿下の第三王子ですよね?」

「わあ、すごい! 王子妃になれちゃう!」

「一年間しっかり教育してくれと、王家から要請が来ている」

「うええええええ?」


 アハハ、私もお勉強に付き合いますよ。

 夫と子供のためにも学ばねばなりませんからね。


「俺も王家の信用がかかってる。絶対に逃がさんから頑張れ」

「ライデンさんの鬼!」

 

 笑い声が響く、それは希望の未来への調べなのです。

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