7話 策略

 年中さんのダンスが終わり、十分間の休憩を挟んで、最終種目の紅白対抗四百メートルリレーがこれから始まる。


「…… 遅いなぁ 」


 年中さんのダンスの途中で松原さんに呼ばれた響歌がまだ帰ってこない。 なんとなく嫌な予感がして、未だ戻らない妻を探しに行くことにした。


「…… あぁ…… 」


 人目の少ないグラウンドの隅に二人の姿を見つけた。 やっぱりもめてる…… せっかくのイベントなのに、なんで絡んでくるかなぁ!


「どうしたの? 」


「あっ、和くん 」


 振り向いた響歌は少しご立腹の様子。 松原さんは言わずもがな。 恐らくさっきの徒競走の事で、勝ちに拘ってたようだから文句を言いに来たんだろう。


「あのね和くん…… 」


「わかってる── あの、松原さん。 僕はりいさがした事が間違ってるとは思いません 」


「はっ? 」


 毅然とした態度で松原さんに向かい合ったが、松原さんは『なにそれ』という顔。 あれ?


「違うよ和くん! 先輩は白組のやったことに怒ってるの!! 」


「えっ!? 」


 どういう事なのかわからず、とりあえず勘違いに謝って話を聞く。 響歌が言うには、年中の転んだ子もさっきの子も、白組の子がわざとぶつかって転んだのだとか。


「わざとって…… さすがにそれはないでしょ! 」


「あたしは見たのよ。 白組の男の子が里亜りあちゃんの上着の裾を引っ張ったのを! じゃなければあんな転び方なんてしないわ 」


 確かにあの転び方には違和感を感じていた。でもそれは必死に走って負けたくない一心での…… 負けたくない? それって――


「白組全体の策略ってことですか? 」


「あの女ならやりかねないわ 」


 あの女というのは江北保育園に通う園児のお母さんで、園の裏ボス的な人らしい。 松原さんがケンカしたのもその人だ。


「りいさちゃんがやったことは得点的に痛いけど、あの行動にはあたしも感動したもの。 勝敗だけじゃないって気付かされたわ 」


 おお…… 一年前の発表会に続き、りいさは松原さんを黙らせてる。


「あの男の子だって、きっと入れ知恵されたに違いないわ! 自己満足の為に子供を利用するなんて許せない!! 」


 いや…… あなたもそうだったでしょうよ、という気持ちは黙っておく。


「りいさちゃんも狙われるかもね。 里亜ちゃんも陸斗りくと君も足が速い子だから 」


 これが本当に裏ボスの策略で、りいさが怪我をしたら死人が出るかもしれない。 響歌を筆頭に、お義父さんや母さんや美優や大野部長を止められる自信はない。 でも──


「大丈夫ですよ。 見て下さい、あの顔 」


 スタートを今かと待ちわびている我が娘は、友達と話すことなく準備運動を進めている。 その顔はやる気満々で、きっと徒競走の燃焼不足をリレーで爆発させるつもりだ。


「そうだね! あの顔の時はりいさは負けない! 」


 元々空気を読んで周りに合わせていたりいさは、この一年間で積極的に自分を出すようになった。 負けず嫌いは実親の乃愛譲り…… いや、響歌譲りなのだろう。


「親バカも大概ね 」


 松原さんは言葉はキツいけど、苦笑いするところを見ると褒め言葉…… だと思う。


「行こう響歌! りいさの走りを見届けなきゃ 」


 結果がどうであれ、この日の為に練習した成果を出し切ってほしい。 そう願いながら、響歌の手を引いて観客席へと急いだ。

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