6話 りいさの出番
年中さんの可愛いダンスも終わり、僕たちにとってもここからが本番。 雪解けすぐからずっと練習してきた我が娘の走りが間もなく始まる。
「「「わああぁ!! 」」」
年長さんの徒競走が始まると、観覧席からも大きな歓声が上がる。 白線で描かれたトラックの半分を使い、砂煙を上げて走る姿は園児と言えども迫力があるのだ。
順番はあまり差が出ないよう調整されているらしく、どの組も接戦で面白い。
「来た! りいさーっ!! 」
七組目で順番が来たりいさに響歌が叫ぶ。 が、その声が届くはずもなく。
「ん? 」
出走前になにやら先生と話してるけど、何かあったのか? あっ、頷いた。
「りいさ、何を話してたんだ? 」
「さあ。 あっ、でもこれから走るみたいだよ! 」
─ 位置について! よーい! ─
そのアナウンスにカメラを構えると、スターターピストルが鳴り響いた。 りいさは見事なスタートダッシュを決めて走り出す。
「行けー! りいさーっ!! 」
「うおっ!? 」
声を揃えて応援する響歌と美優は、興奮を抑えきれずに僕の肩に乗っかって来た。 二人を支えるのが精一杯で撮影どころじゃない!
コーナーを曲がりきって直線に入り、りいさは現在二位だ。 隣のレーンの白組の男の子と接戦だけど、徐々にその差を縮めている。
「行けぇーっ!! 」
僕も我を忘れて叫んでいた。 凄い! 白組の男の子も速いけど、ウチの娘はもっと速い!!
体一つ分前に出て、このまま行けば一着でゴールというその時だった。
「「「ああっ!! 」」」
観客から大きなため息が漏れた。 三位争いをしていた紅組の女の子が転んでしまったのだ。
「えっ? 」
それに巻き込まれるように、その後ろを走っていた白組の女の子も転んでいた。 その光景にちょっと違和感を覚える。
「…… なんで? 走ってるレーンは違うのに…… 」
こんなことにならないようにわざわざレーンを分けているはず──
「んん!? 」
それよりもだ! りいさが逆走してるじゃないか!!
「ええっ!? 」
「ちょっ!? りいさ!! 」
観客の声で異変に気付いたりいさはゴール寸前で立ち止まり、転んだ二人を助けに戻ったのだ。 救助に向かった先生たちよりも早く、女の子に駆け寄って引き起こす。
「…… 」
転んでしまった紅組の子は、確か園児席で一緒に写真を撮った女の子。 悔しいのか、転んで擦りむいた膝が痛いのか、その場で泣き出してしまった。 白組の男の子は気まずそうに二人を見守っている。
「あ…… 」
りいさが二人に何を言ったかはわからない。 その後りいさは二人に手を差し伸べ、握り返した二人の手を取って走り始めたのだ。
「りいさ…… 」
きっと、頑張ってゴールしようと言ったんだろう。 二人の手を引くりいさは真っ直ぐゴールを見て力強く走る。 するとどこからか拍手が聞こえてきた。
「頑張れー!! 」
「あともう少し!! 」
拍手や歓声はあっという間に会場全体に広がり、三人は大きな拍手に包まれてゴールテープを切ったのだった。
「勝負よりもみんなで楽しむ…… か。 優しい子だ 」
大野部長は強面に似合わない優しい笑顔で拍手を送る。 父さんも母さんもばあちゃんも、美優にいたっては涙を浮かべて、持参の『ビー娘』のぬいぐるみを高々とあげて振っていた。
「まったく…… 友達を助ける為にゴール手前で引き返すとか。 誰に似たんだか 」
「えっ? 」
不満そうにそう言う響歌だったが、微笑んで一番満足そうな顔をしていたのもまた彼女だった。
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