4話 借り物競走

 残す午前のプログラムは年長さんの借り物競争と、年少さん全員でのお遊戯だ。 りいさの出走は最後から二番目で、背の順で決められたみたいだ。


「おかあさーん!! 」


 第一走者がスタートし、題目が書かれた紙を高く掲げた男の子が母親を探して回る。 呼ばれた母親は慌ててグラウンドに出て、履きかけの靴を引きずりながらゴールしていった。


「ハハハ!! 凄い熱気だね! 」


 借り物の品目は様々。 『先生』や『父母』は当たり前のように呼ばれ、珍品ではパイロンや応援用の大旗なんてものもあった。


「あつしー! 頑張れー!! 」


 後ろからの声に振り向くと、長谷川さんが立ち上がってあっくんを応援している。 今回はちゃんと休みを取っていたらしい。


 スタートの合図に少しビックリしたあっくんは少し出遅れて、一番最後に品目が書かれた紙の箱に手を突っ込んだ。


「簡単なものならいいね! 」


 と響歌。 参観日のあの一件以来、あっくんはりいさとよく遊ぶから他人事じゃないのだ。 年長さんになっても体は一回り小さく、運動が苦手でちょっと気の弱いあっくん。 できるなら手近な品目で、一着でゴールして欲しい。


「あはは…… 他の子もなんか苦労してる 」


 借り物が見つからないのか、先行していた子も右往左往している。 お題がわからずに先生に聞きに行った子も。 その時だった。


「ぶ…… 」


 あっくんが観覧席の前に走ってきて、涙目になりながら見渡していた。 内気なあの子にはとても勇気がいるに違いない。


「ぶ…… 」


 ぶ?


「部長の人ー!! 」


「んん!? 」


 勇気を振り絞って叫ばれたそのワードに、僕と響歌は同時に振り返る。


「大野部長!! 」


「任せろ!! はい! はーい!! 」


 誰よりも先に手を上げて大野部長はグラウンドに飛び出ていく。


「ひっ!? 」


 小さな悲鳴を上げて一歩たじろいだあっくん。 そりゃ大柄な強面の男がやる気満々で出てきたらビックリするよ。


「んっしゃあぃ!! 」


 逃げようとするあっくんを軽々と持ち上げ、肩に乗せて走り出した大野部長は五十代とは思えない圧巻の走り。 見事一着でゴールしてあっくんに花を持たせたのだった。


「あ…… はは…… 」


 歓声と同時に笑いが起きる。 大野部長の爆走と気迫に、あっくんが大泣きしてしまったからだった。


「あっ! りいさちゃんの出番だよ!! 」


 美優の声にすかさずカメラを構え、屈伸運動をする我が娘をパシャリ。 ボクたちに気付いて小さく手を振ったところも見逃さずパシャリ。 うん、これはきっといい一枚になる!


「あれからまた大きくなったね 」


 そう呟いた父さんは目を細めて微笑んでいた。 そういえば父さんとはタイミングが合わなくて、りいさとは一年くらい顔を合わせていない。


「ゴメン、もっと連れて行くようにするよ 」


「うん? いや、皮肉で言ったつもりじゃないんだが。 和樹も父親らしくなってきたね 」


「どうかな。 父親なのかおじさんなのか友達なのか、わからなくなるときは多々あるよ 」


「それでいいんだよ。 迷いながらお互いに成長していけばいい 」


 『これ』とは明言しない言葉が逆に深い。 現役国語教師恐るべし……


 りいさの組がスタートし、真っ先に箱に手を突っ込んだのはりいさだ。 ぱぁっと笑顔になり、迷わず僕たちの前へと走ってくる。


「パパ!! ママ!! 早く!! 」


「うぇっ? 二人? 」


「そう二人とも!! 早く早く!! 」


 お題は見せて貰えず、カメラを片手に慌てて靴を履く。 親ならどちらかが行けばいいと思うけど、何故かりいさは僕たち二人に拘った。 僕たちと手を繋いだりいさはスタートダッシュを決め、それに負けじと響歌も続く。


「ちょっ!? 和くん遅っ!! 」


「足がっ! 痺れてるんだよ!! 」


「パパ遅いぃ!! 」


 響歌がりいさを引っ張り、りいさが僕を引っ張る。 足をもつれさせながらゴールして、その順位は見事最下位だった。


「あっははっ!! パパ遅いよー! 」


「なにやってんの和くん! せっかくりいさがトップで来たのに!! 」


「はぁ…… はあ…… 面目ない…… 」


 けどその顔は明るく、二人とも怒っている様子ではない。


「りいさ、お題は何だったの? 」


「ん? はい! 」


 くしゃくしゃになったお題の紙には『家族』という言葉が書かれていて、りいさが僕たち二人に拘った意味に思わず目が潤んでしまったのだった。 


  

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