3話 アクシデント
午前のプログラムは年少さんの徒競走や遊戯がメインだ。 りいさの午前の出番は玉入れ競争と借り物競争。 時間的にまだなので、今のうちにトイレに行くことにした。
園児席の後ろを通って校舎のトイレに向かう途中、我が娘の姿を見つけて友達と一緒にパシャリ。
「パパ! 次の次、がんばるからね!! 」
「うん! 目いっぱい楽しんでおいで! 」
友達に囲まれながらグッジョブサインをくれる娘をもう一度撮って、邪魔にならないよう早々に引き上げる。 満足しながら校舎の中へ入ると、向かいから見覚えのあるママさんが歩いてきた。 あまりお会いはしたくない、松原さんだ。
「おはようございます、響歌の旦那さん 」
「おはようございます、松原さん 」
咲原と言わないあたりが癪に障るけど、響歌に飛び火しないようとりあえず笑っておく。
「りいさちゃん、プログラム最後のリレーのアンカーなんだってね。 足が速いのね 」
「ええまあ、一生懸命練習してましたから 」
この二年でりいさは見違えるほど成長した。 僕の腰にも満たなかった身長も今ではお腹くらいまで伸び、同年代の中でも高い方だ。 すると松原さんはにっこりと笑顔を向けてきた。
「同じ紅組で良かったわ。 期待してるから 」
そう言うと何事もなかったように横を通り過ぎて、足早に校舎から出ていく。
「ポイント稼ぎに期待してる…… ってことか? 」
相変わらずの上から目線にイラッとするけど、響歌も我慢してるんだから堪えるしかない。 深呼吸して気持ちを落ち着かせ、トイレに入ろうとしたその時だった。
わああぁ
グラウンドから割れんばかりの歓声。 廊下の窓から覗いてみると、徒競走をしていた年中さんの男の子が転んでしまったらしい。 すぐに起き上がって走り始めたけど、ゴール手前でまたうずくまってしまっていた。
「ああ…… 」
先生に担がれて行く男の子。 大した怪我じゃなければいいんだけど…… りいさも怪我だけはしないで欲しいと願う。
トイレから戻ると、響歌がなにやら難しい顔をしていた。
「どうしたの? 」
「えっ? うん…… さっきの子大丈夫かなって 」
「そんなに酷かったの? 」
「うん、顔から滑ってた。 隣を走ってた子と接戦で、肩がぶつかっちゃったんだよね 」
怪我をしたのは紅組の子で、一位争いの末のアクシデントだったらしい。 スポーツにありがちだけど、小さな子が一生懸命頑張った結果がこれだとやっぱり切なくなる。
「なんか白組の子、気迫が凄いんだよね 」
「えっ? 」
響歌が渋い顔をしていたのは、怪我をした子の心配だけじゃなかった。
「勝ちに必死っていうか、なんか園児の徒競走じゃないみたい 」
「私もそんな印象だな。 まるで体育祭常勝の中高生のような感じを受ける 」
大野部長までそう呟く。 ふと松原さんの顔が頭に浮かんだ。
「大人の事情…… んぐぇ!? 」
そう呟くと同時に、後ろから誰かに首を絞められた。 背中に当たる二つの控えめな感触は――
「美優!? 」
「このバカ兄貴!! なんで連絡一つよこさないのよ!! 」
「うえっ!? だってこっちに来るの大変だろ! 」
「移動手段なんてどうにでもなるってんの!! 姪っ子の運動会の方が大事じゃボケェ!! 」
耳元で叫ばれて耳がキーンとなる。 その後ろには父さんと母さんが笑いを堪えるのに必死だ。
「そうだよ和樹。 りいさちゃんの行事はあんただけのものじゃないんだからね 」
笑顔で静かに言う母さんだけど、この雰囲気は結構お怒りモードだ。 外面もあるからこの程度で済んでいるのかもしれない。
「ありがとうね響歌。 あんたが教えてくれなかったらヤバかったわ 」
「はは…… ちょっと和くんにお仕置きしてやろうと思って 」
そっか…… 孫の晴れ舞台と考えれば参観したくなるよな。 反省…… 父さんも怒ってるのかなと見ると、大野部長と大真面目に挨拶を交わしていた。
「さて、我が孫はどこかなー? 」
「この次が借り物競争で出番だよ 」
アクシデントはあったけど、年中さんの徒競走は次の組で終わり。 娘の頑張る姿をしっかり収めようと、僕もカメラを起動させた。
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