第9話「駆除」

「庭が全部ミントで埋まってたの!」

「ちゃんと広がらないように鉢で育ててたのに!」


 六歳の双子の姉妹、ペパー&スペア。

 見た目に違わず大好物だそうで、ハーブティーとか

 お菓子とかを作ってよく食べてるんだとか。


 それが今日朝起きたら何故か裏庭一面に

 ミントが広がってたらしい。


「昨日までは何ともなかったの?」

「「うん!」」


 前世と似たような植物だとしても「楽園」製の生き物だから、

 何かの拍子で魔力を吸収して急速に増えたのか、

 あるいは誰かが成長させる魔法を使っていたずらでもしたのか。

 可能性はいくつも考えられる。


「詳しく調べたいから、家に連れてってくれる?」

「「だ、だめ!」」

「どうして?」

「お、怒られる……」「ママ、怖い……」

「でも、どう見てもあなたたちのせいじゃないでしょ?

 ちゃんと話したら分かってくれるって」

「ほんと?」「じゃあ、帰る……」


 案内してもらって、玄関前まで向かった。

 この時点で若干匂いがするような気がする。


 二人はすぐ近くの茂みに隠れて、

 私達だけでドアをノックした。


「ごめんくださーい」


 すると、開いたドアから一人出てきた。

 その人はこちらの顔を確認して、口を開く。


「もしや、パールさんにマリンちゃん?

 うちにどのような御用で?」


 双子にとてもそっくりな明るい青緑の人。

 身長は私と同じくらい。

 前世の常識からすれば兄姉にしか見えない。


 あと、私達のこと知ってるんだ。

 集会で見た覚え無いけど、誰かから話聞いたのかな。


「ペパーちゃんとスペアちゃんから、

 お宅の庭が大変だと聞いたので、力になれないかなと」

「会ったんですか!?娘たちはどこに!?」

「そう遠くないので安心してください。

 それと娘さん達が出ていったのは、

 すごく怒られるかもしれないからだって」

「あぁ、やっぱりそうなのね。全くあの子達ったら……

 ちゃんと言ったとおりに地面から離してたの

 知ってるんだから、怒るわけないのに」


 はっきりと言質取れた。

 すぐに茂みのほうに顔を向けて。


「……ほら、大丈夫でしょ?」


 茂みから二人が出てきて、親の前に並んだ。


「もう、勝手にいなくなるんじゃないの」

「「ごめんなさい……」」

「私が叱るのは、勝手に家族の分のデザートを食べたり、

 仕事が終わってヘトヘトなパパを我慢できずに襲ったり

 するような本当に悪いことをしたときだけだからね。

 寧ろ、問題があるのを知らせないほうが余っ程悪いことよ。

 今度から何か気づいたときはすぐに言うこと、分かった?」

「「はい……」」


 え、娘たちがお父さんを?

 ……襲うって、そっちのほうだよね?


 これまた創作みたいな事が起こってる。

 でもシェルくんみたいにお父さんも可愛いだろうし、

 娘たちもそこまで抵抗無いんだろうなぁ。

 何にしろ、家族仲良しなのはいいこと。


「今はどんな感じになってるんですか?」

「魔法と手作業で、家の壁や庭の道まで出てきてるのは駆除したんですけど、

 完全に処理するには辺りの土全部変えなきゃいけなくて」

「こうなった原因は見当ついてます?」

「いえ、全く。間違って地面に落として

 気づかずに増えちゃった事はあるけど、

 一晩でこうなるのは見たことがないです」


 原因は不明か。

 地面は地下茎びっしりだろうから、

 素人ができる対処じゃ中々難しい。

 前世のニュースでもこんな感じになってるのを見たことがある。


「やってくれる業者とかいないんですか」

「今月はちょっと財布がきつくて……」


 マリンが自信ありげに口を開いた。


「お姉ちゃんの魔法ならいけそうじゃない?」

「……あっそっか」

「ん?そのつもりで来たんじゃないの?」


 私もマリンもお互いに驚いた顔で見てた。

 剿滅といえば、残さず滅ぼすみたいな意味だよね。

 私の手から最初に出たのは炎だったし。


 破壊的な攻撃を、私の圧倒的な魔力量でやれば、

 地面の中までしっかり焼けそう。

 なんで気づかなかったんだろう。


「マリンは流石だね。

 それじゃあ、どうなってるか確認したいので、

 お邪魔させていただいても?」

「分かりました、どうぞ上がってください」


 母親に案内されて、裏庭に出た。

 思ったよりかなり広くて、テニスコート半分くらいある。

 びっしりとミントに覆われていても

 立派な庭なのは疑いようもない。


「うわぁ、これはすごい」

「あそことか、他の花も見える」


 このままだと元から植えてある花が全部枯れちゃう。


「どんな方法で駆除してくれるんですか?」

「私の第一形質は攻撃に特化してるので、

 大規模な炎でミントを焼き払おうかと」

「それだと他の木とか花も燃えちゃうんじゃ……」

「それに関しては、第二形質である程度保護できます。

 マリンが解析すれば、精度も申し分ないでしょう」

「ほ、本当ですか?」


 マリンに目線をやると、地面のミントを一株掴んで

 解析を始めていた。行動が早い。


「どこまで増えてるのかは分かった」

「……うぇっ、いきなりっなっ!?」


 急に抱きついてきて、ほっぺ同士をぎゅっとくっつけた。

 これは、魔力で情報を伝えてる?

 マリンの感触と匂いと体温も伝わって

 すごく気持ちいい……


 マリンを感じたと同時に、私の視界に上乗せする形で、

 色分けされた光でミントと守るべき花の範囲が示された。

 この表示、拡張現実ARみたいでかっこいい……


「ちゃんと映ってる?

 これ見ながらバリア張って」

「分かった」


 守護の形質はまだ発動させたことがないので、

 ちょっと練習。


 ……


 花を見ながら色々と意思を浮かべてみるけど、

 手応えがない。


「多分だけど、攻撃魔法とは魔力の使い方が違う。

 そのまま垂れ流すんじゃなくて、

 細かいブロックを組み上げるみたいに、

 魔力をモノみたいに使ってみて」

「んっと……こ、こう!」


 すると、花が光でコーティングされた。

 知らないのにここまでアドバイスできるなんて、すごい……


「で、できた!マリンありがと!」

「お姉ちゃん、すごい」


 褒められた。嬉しい。

 んで、残りの花とミントの間にもしっかり張ってから、

 焼却に移る。


 地面に手をついて、また心からエネルギーを掬い取る。

 ……いや、そんなんじゃ全然足りない。

 もっと大規模に、激しく。

 水を湛えたバケツを倒してぶちまけるみたいに。


「んゔ~……!」


 刹那、掌の下が朱く輝いた。

 火炎が地中を奔り、あちこちから噴き出す。

 漏れなく焼くように、方向と出力の密度を調整して、

 庭全体が燃え盛る炎に包まれていった。


「おぉ~!真っ赤!」「お姉ちゃんすごい!」

「広範囲にこんな強烈な炎を、長時間出し続けるなんて……

 守護者ガーディアンにもそうそういないですよ?

 本当に昨日転生してきたばかりの方なんですか?」


 ガーディアンが何なのかは知らないけど、

 すごい褒めてくれてるのは間違いない。


 可愛くなれただけでも大満足なのに、

 直接誰かを助けられる力までくれた、

 あの子にも最大限の感謝を。


「そろそろいいと思う」


 マリンの合図で、攻撃を止めた。


 辺りを覆っていたミントは完全に灰になった。

 それから、マリンが時間をかけて燃え残りが無いか確認。


「(……ん?なにこの足跡、しかも昨日の夜?)」

「どうかした?」

「や、大丈夫。全部燃えてる」

「やったぁ!」


 バリアも解除して、勢いでマリンとハイタッチしちゃった。


「生きているミントの種や欠片は無いと確認もできました。

 あとは灰を掃除して時間が経てば元通りになるはずです」

「助かりました。本当にありがとうございます」

「こちらこそ。魔法への見識を深めるいい機会になりました。

 それに、とても可愛い一家にも会うことができましたし」

「やだもう、お上手なんですから……」

「(僕以外に、そんな堂々と可愛いって……)」


 母親がめちゃくちゃ照れてるのはお馴染みだけど。

 でも双子までも同じようにデレデレしてるのが新鮮。

 如何に愛に年齢や性別が関係ないかが分かる反応。

 双子の火照った顔もかなりぐっと来る。


 ……あれ、マリンなんでそんな不機嫌なの?


「それじゃあ、私達はこれで――」

「ぜひお礼をさせてください!」

「私も!」「私も……」


 こんなに真っ直ぐな目を向けられて断るのは、

 無作法にも程があるね。

 じゃあお言葉に甘えさせてもらおう。


 家に入ると、一家が手際よく用意を済ませて、

 お礼の品がテーブルに並んだ。


「ペパーがいつも淹れてるんだよ!」

「こっちはスペアが焼いてるクッキー!」


 ハーブティーは透き通って、数種の調和した香りが引き立つ。

 クッキーも焼きムラがなく綺麗な仕上がり。

 相当な回数作ってきたんだろうなぁ。


 二人とも早く試してほしそうな顔。

 椅子に座って、まずはクッキーのほうから。


 ミント系のお菓子は好きでも嫌いでもないけど、

 この子達がわざわざ作ってくれたんだから、

 食べた時の満足度に関しては言うまでもない。


「ど、どぉ?」

「……すごく、美味しい」


 マリンは結構気に入ってるみたい。

 そしてその評価を受けたスペアちゃんの眩しい笑顔。

 素晴らしい。


 妹が褒められるのを見て、

 ペパーちゃんもお茶を飲むよう催促してきた。


「美味しい?美味しい???」

「うん。とてもいい匂いで、身体に沁みるよ」


 私が答えると、ペパーちゃんも明るい顔になって、

 それにつられて母親も嬉しそうにしている。


 いい家族だなぁ。


 私も、マリンとこんなふうに仲を深めたい。


「私からは、これを」


 母親が渡してきたのは、同じデザイン、違う色の数着の服。

 可愛いけど、そこそこ際どいな。

 ノースリーブのワンピースで、

 ところどころにスリットや穴があって、

 素足や胴体がかなり見えそう。


「来たばかりなら服も少ないでしょうし、

 貴女方に似合いそうなものを選んでみました」

「あ、ママが間違って買った奴だ」

「あげちゃうの?着てるとこ見たかったのにぃ」

「ちょ、ちょっと二人ともバラさないで!」


 体の良い処分先として私達を選んだのか。

 まぁ、コーデの幅が広がるのは悪くないし、

 貰っておこう。


 母親は更に財布から一万をくれた。


「そんな、いいんですか?今月きついんでしょう?」

「本来ならもっとかかってましたから。

 寧ろこれしか用意できなくて申し訳ないです。

 どうか、受け取っていただければ」

「そういうことなら、ありがたく頂戴します」


 これで、今日使った分が戻ってきた。

 ランドセルの分を払う足しにしよう。

 クッキーもハーブティーも完食して、立ち上がった。


「それじゃあ、私達はこれで」

「本当に助かりました。ありがとうございます」


 母親に改めて別れの挨拶をしてから、家を出て歩き出した。

 ドアの前で、双子が手を振ってくれてる。


「パールお姉ちゃんマリンお姉ちゃんありがと!」

「また、来てくれる?」

「もちろん!」「(お姉ちゃん……!)」


 確かに、小三ならあの子達より上だからお姉ちゃんか。

 ……うん。小中あたりは私も嬉しかったな。

 でも同時に私が年をとっていってると思い知らされるから、

 高校以降は純粋な称賛にはならなかった。

 ま、ここに来てからは何も問題ないけど。


 他の建物で一家から見えなくなるところまで歩いて、

 マリンが一旦止まった。


「お姉ちゃん、ちょっといい?」

「なに?」

「実はミントの下に動物の足跡があって、

 家に近づいた後、驚いて逃げるような感じだったの」

「もしかして、村長が言ってた例の魔物だったり?」

「多分」


 だとしたら、このあたりが危険に晒されてることになる。

 でもいったい何に驚いて逃げたんだろう。


「あとね、その足跡に残ってる魔力と、

 ミントに溜まってた魔力がほぼ同じだった」

「……まさか、魔物のを吸収して増えた?」


 魔物から魔力を吸収したなら、

 短時間で成長できたことも説明できそう。

 でも魔力吸えるんだったら、

 普段から世話してくれる家族から

 吸って増えたりしないのかな。


「植物に心があるとかは思ったことないけど。

 でも、この世界ならあり得るかも。

 あのミントが、魔物から家族を守ったんだ」

「とてもロマンチックだね。私はそれ信じるよ」


 あれだけミントを使い慣れてるほど長い間育ててきたのなら、

 絆が生まれててもおかしくない。

 この可愛らしい「楽園」にもぴったりだし。

 せいぜい力を吸い取って巻きついただけだろうけど、

 不意打ちでやったら驚かすくらいはできるか。


「じゃあ、ミント一家に説明する?」

「いや、僕達だけで見つけて倒そう。

 そう遠くには行ってないはずだし、

 また戻って来るかもしれない」

「わかった」


 というわけで、一家への説明は後にして、

 庭の周辺を見渡せるような場所まで駆け足で進む。


「ここにしよう」


 先ほど焼いた庭を十数メートルほど遠くから捉えて

 木々、茂み、他の家が見渡せる位置についた。


 双子の母親がミントの灰を片付けてるのが見える。


「うーん、思ったけどさ。そんなすぐ戻って――」

「見つけた」

「え!?」


 私には何も見えないけど。


「あそこの茂みの裏。もうすぐ出てくる」


 マリンの言った通りに、魔物が姿を表した。

 遅れて母親が気づく。


「助けなきゃ!」


 急いで私達も庭まで走った。


 すでに魔物は母親に飛びかかろうとしていて、

 私もマリンも微妙に距離が残ってて直接庇えそうにない。

 こういうときに、守護の力を使えば良いのか。


「し、シールド!」


 詠唱が意味あるのかは知らないけど、

 とにかく手をかざして叫んだ。


 すると、母親の前に光の大きい板が生まれて、

 見事飛びかかった獣を力強く弾くことに成功した。


「大丈夫ですか!」


 二人で、母親の前に立つ。


「は、はい……!」

「私達が守りますので、村長に連絡を!」

「わ、分かりました!」


 母親は通信機を取り出して、連絡を始めた。


 異常事態を察知した双子が確かめようと

 裏口のドアに手をかけて……


「絶対に家から出ないで!

 中でじっとしてなさい!」


 切迫した声に驚きつつも双子は言う通りにした。


 さて、後は村の戦闘員が来るまで耐えるのみ。

 この村を脅かす存在がどんな奴らなのか、

 確かめてみようじゃないか。

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タイニーリトルエデン リンシス @eagleowl

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