第7話「熟練」
ランドセルをこちらでも形にするために、
革を扱っている店まで来た。
店先には、様々な革製品が展示されている。
どれも堅実に、丹精込めて作られているのが見て取れる。
店に入ると、カウンターで何かを見ている人がいた。
行って声をかける。
「すみませ~ん」
「……いらっしゃい。新入りのお二人さん」
集会で見た覚えがある。
私と同じくらいの身長で、作業着を身に着けた、
ベージュのようなウェーブのあるセミロングで、
端正でかっこいい寄りの顔つき。
落ち着きがあって、余裕やある雰囲気。
椅子にもたれて、肘をついて、リラックスしているけど、
それでもある種の威厳を感じる。
私の直感から言うと、姉御。
「で、どんな注文だい?」
「え、分かるんですか」
「まぁ、店のもんに目もくれずこっちくるってこたぁ、そういう事だろ」
「おぉ……相談なんですけど、
学校のためのマリンの鞄を作ってほしくて」
それを聞くと、店主はなんとも言えない困惑した顔になる。
いかにも物好きが現れたって表情。
「既製品じゃだめなのかい?」
「……ダメってことはないんですけど、
せっかくなら私達が慣れ親しんだものを再現できないかなって」
「へぇ、別世界の鞄かぁ、どんなのか教えておくれよ」
鉛筆とメモを貸してもらって、村長のときと同じように
ランドセルについて説明した。
「ほぉ、後ろに背負って……
これは中々……洒落てるねぇ」
「基本的な構造と型紙は覚えてます。
どうですかね?作れそうですか?」
「……愚問だね。このアイボリーを舐めるんじゃあないよ。
これでもモノづくりやって六十年だ。
ちょい複雑かつ新鮮で、寧ろ唆るってもんさね」
さらっとすごい年数出てきた。
このアイボリーさんって人、少なくとも還暦以降なんだ。
うん、フィグ人の真髄を見た気がする。
「じゃ、じゃあ……!」
「ただ、相応の手間はかかるだろうね。
あたいの技術料は安くないよ?」
「はい、もちろん!いくらくらいですか?」
「……暫定で十万だ。交渉はするか?」
うわ、良いお値段。
全く新しい製品で特注だとしたらそれくらいになるか。
まぁでも、マリンのためだと思えば全然安いや。
「おぅっ……だ、大丈夫です……けど、
今すぐには用意できそうになくて」
「……構わない。昨日見た印象の上では、
お前さんたちは信用に値する。
万が一踏み倒したらタダじゃあ置かないけどね」
店主がカウンターを立って、作業場へと誘う。
「ほら、早速始めようじゃないか。
今回はお前さんたちの協力も必須だから、
特別に、工房に入っていいよ」
「あ、ありがとうございます」「お邪魔、します」
作業する台に照明が置いてある、風情ある工房。
様々な刃物や万力等の道具が綺麗に揃っている。
「パールさんはそっちで型紙を作ってくれ」
「わかりました」
「んで、マリンちゃんは一緒に革を選んでくれ」
「はい……」
机くらいあるでかい紙に線を引いて、パーツの形に切り取っていく。
んー、思ったより枚数必要そうだな。
前世で資料のために小学校のときの引っ張り出して
参考にしてた時の記憶よりもだいぶ大きく感じる。
この身体になったせいなのもあるのかな。
寸法、ちゃんと合ってるよね。
……あれ、定規の単位、センチメートルじゃん。
何で同じなのかは知らんけど、
ヤーポンとかいうファンタジーよりファンタジーじみてる単位よりかは
よっぽど
ありがたく使わせてもらおう。
「……青系はこのあたりだな。どれがいい?」
「これ、ですかね」
「一番明るくて鮮やかな奴か。
結構派手なのになりそうだな。
これに合う裏地や糸は……これでいいか?」
「良いと思います」
しばらくして、足音がこちらに近づいてきた。
横から、アイボリーさんが覗いてくる。
「……お前さん、中々綺麗な作図をするねぇ。
前世で工作でもやってたのかい?」
「流石に革細工は無いんですけど、ぬいぐるみで
似たようなのを何回か作ったことはあります」
「なるほどねぇ」
静かに台の縁に肘をついて、こちらを見てくる。
「村で生きてくだけなら、お前さん達の
それがこの村では普通だ。
だけど、年月ってのは思った以上に厄介でねぇ。
あたいみたいに
胃が靠れるようになっちまった奴だっているし、
そういうのは大抵何かの熟練だから、
往々にして頼ることにもなるだろうよ。
未だに食欲旺盛なアクアやローズが羨ましいねぇ、
彼奴等に元気の秘訣を問い質してやりたいよほんと」
「今のあなたもすごく可愛いですけど」
「そいつはどうも、ありがとさん。
見た目は保証されてるだけ、あたいらは恵まれてるよ。
他の動物達は、年を取ると目に見えて衰えちまう。
あれは、どうも見てられない。
なんていうか、本能が恐怖してんだ」
この世界でも、フィグ人以外は老化耐性無いのか。
……だからこそ、フィグ人の完全さがより際立つ。
生まれた瞬間から「完璧」を体現していて、
以降はその完全さを全力で守るために、
生命とエネルギーが消費される。
増えるままの
「……まぁ、とにかくだ。
お前さん達が今まさに直面してる通り、
新しいことをやったり、趣味を極めたりするんなら
金があるに越したことはない。
パールさん、収入が欲しいってんなら、
うちに来ないかい?」
「それは……とてもありがたいですね。
前向きに検討させてもらいます」
「そうかい。お前さんみたいにモノづくりの作業一つ一つに
熱意と敬意を持って取り組める奴は貴重だから、
こちらとしても是非欲しい」
雑談を続けるうちに、型紙を描き終わった。
それをアイボリーさんが受け取って、
刃物の揃った台に革と共に固定して置いた。
「よぉく見ておけ」
「?」
革を切り出す工程に移ったけど、その様子は私の想像と違った。
アイボリーさんが瞼を少し下げて集中すると、
複数のカッターや菱目打ちがひとりでに動き出し、
針穴を作り革を切り抜いていく。
「おぉ、こういう魔法もあるんですね」
「あらま、もっと驚くかと思ったけど……
既に知ってたのかい」
「村長とマリーさんに教えてもらったので」
「なんだ村長と魔法店まで行ってんのかい。
これじゃぁあたいが恥を晒しただけじゃないか」
気まずさを笑って誤魔化すアイボリーさん。
一旦戻って、家に貰った装備類を置いてきたのが
図らずともアイボリーさんを一歩出し抜くことに繋がった。
「まぁそれは置いといて、お前さん達はどんな魔法なんだい?」
「剿滅、守護、愛」「解析、騎士、慈悲」
「ほぉ~……これまた尖ってるねぇ。
あたいは「念動」、「計測」、「俯瞰」だよ」
「いかにも作業特化って感じですね」
「だろぉ?識別装置から職人になれって言われてる気分だったよ。
まぁでも、慣れりゃぁかなり便利なもんだけど」
いつの間にか全てのパーツの切り出しが終わっていた。
一人で実質何人分もの作業ができるから、かなり早い。
「例えば、こういう使い方とかねぇ」
「……え?」
アイボリーさんがこちらをニヤリと見たその時、
下腹部に違和感が生まれた。
というか、これ、中に、入って……!
「う、うわっ、えっ、なにこれ!」
「おや?やけに潤ってるじゃないか。
ここに来る前に何かイイコトでもあったのかい?」
「そ、それはぁっ……」
メープルちゃんに負けそうになって興奮してたなんて言えない。
「おや、黙秘するのかい?
ならどれだけ耐えられるか見せとくれ」
私の弱いところを容易に探り当てられて、そこに集中して力がかかる。
流石年の功と言うべきか、こっち方面でもアイボリーさんの技術はかなり上。
すぐに足腰に力が段々と入らなくなって、
台に手をつかなきゃ崩れてしまいそう。
「まって、それ以上はっ、い、言いますぅ!言いますからぁ!」
自分でも驚くくらい情けない声で降参して、素直に白状した。
「そうかそうか、メープルちゃんに「裏の接客」をされたのか。
お前さんそういうのが好みなんだねぇ」
「うぅ……」
「気にするこたぁないよ。
メープルちゃんの「裏」が好きな奴は村に大勢いる。
実際彼女は可愛いし、若い頃のあたいだったら
迷わず貪ってただろうしね」
「そ、そろそろ、抜いてもらえませんかぁ……?」
「あぁ悪い悪い、少し驚かせるだけのつもりだったんだけどね」
異物感がフェードアウトするように消えていくのも、
また奇妙だった。
そして残るのは、股に張り付いてくるパンツの感触。
見えないけどすごいことになってるこれ。
いや、これかなり有用……もとい、危険な能力じゃない?
「他の部品は在庫から合いそうなもんを使うけどいいな?」
「は、はい、大丈夫です……」
専用の金具やクッション類は用意が難しかったので、
工房にあるもので代用した。
そして、パーツを縫い合わせ、金具類を組み合わせて、
フィグ村初のランドセルが完成した。
何かの動画で見たけど、
ハンドメイドだと一週間は掛かってたよね。
魔法とそれに合わせた職人技が合わさればここまで早いのか。
手に持っていろんな角度から観察した後、
アイボリーさんからマリンに手渡される。
「早速試しておくれ」
マリンがそれをつけて、身体を回したり、
ジャンプしたりした。
その光景はまさに、前世の輝かしい子供達を
想起させて、とても懐かしい。
「どうだ?どれだけ些細でも気になることがあったら教えてほしい」
「……ちょっと、ベルトが固い。あと、背中が少し合わないような」
「そうか……」
ランドセルが返されて、
しばらくアイボリーさんが考え込んだ後。
「よし、じゃあ作り直そう」
「え、いいんですか?代金は一個分ですよね?」
「客を納得させられなきゃ、仕事したなんて言えないよ。
今回の契約は決して安くないし、
その代価に見合う責任を果たすのは当然さね。
それが商売ってもんだ」
「あ、アイボリーさん……!」
「それに、これから長く使い続けるんだ。
あたいの作った製品がお客さんの身体を苦しめるなんてこと、
絶対にあっちゃいけないからね」
この御方、かっこよすぎでは?
やばい、割とここで働きたくなってきたかも。
理想の上司候補。
アイボリーさんはランドセルのクッションやベルトを弄って、
マリンの言った問題を自らの手で改めて確かめている。
「今マリンちゃんが気付いた問題はパーツの形じゃなく、
金具や背当てのクッションから生まれたもんだ。
つまり、あたいがしくじったってことさ。
言っておくけど、パールさんの型紙に問題はないよ。
お前さんはいい仕事をしてくれた」
「そんな、私はただ覚えてただけですし、
そこまで自分を責めなくても……」
「世辞や建前とでも思ってんのかい?
これはお前さんへの純粋な称賛であり、あたいへの戒めでもある。
初めてとはいえ、ここまで半端な仕事になっちまうとはね。
久しぶりに良い教訓になったよ」
アイボリーさんは、ベルトと本体を上は直接縫い付け、
下は組ネジのようなもので繋ぐ方式を選んでいた。
前世のように基部も回転部も金属でできてるものは無かったんだろう。
ベルト部分は特によく動かすし、
摩擦で革も擦れたり穴も伸びそうだからこのままだと不安がある。
「やっぱり上下とも革同士は離して、
金具で余裕持って繋げつつ、強度と可動域が欲しいですね。
オリジナルだとここは根本も回る部分も金属で、
一度輪っかをつくってからそこにベルトを通してました」
「あのデザインには然るべき理由があったんだねぇ……
……当然か、普及してるんなら、それだけ洗練されてるんだ。
はぁ、全く情けないね。六十年もやってきといて
そこに至らなかったなんて」
「専用の金具を作るとなると、専門の人が必要ですよね」
「鍛冶師なら腕のいいのが居る。
うちの製品に使う金具もそこから仕入れてるんだよ」
そう言って、アイボリーさんはポケットから板を取り出した。
あ、集会で何人かが使ってたケータイみたいなやつ。
「それって、電話ですか?」
「電話?そっちだと通信機はそう呼ぶのかい?」
「えぇ、まぁ。でもそれは魔法で動くんですよね?」
「そうだな。……魔法以外の動力がそっちにはあるんだね。
まぁそれは後で……もしもしぃ?
今すぐうちの工房に来とくれ……なに、服?
そんなの何時でもいいだろ!良いから来いってんだよ!」
強引な急かしを相手にぶつけるだけやって、
通話を切った。
しばらくして、一人入店して、こちらに歩いてきた。
「んもうアイボリーさんったらぁ。
せっかく今日いい服が手に入ったのに」
「せっかく?今日?
お前さんに会うたびに毎日同じ文言を聞いてる気がするんだがねぇ」
ごつめのエプロンにグローブにスカーフ……て格好かと思ったけど、
普通に私服で、紙袋を幾つか持ってた。どう見てもオフ。
明るいシャツにショートパンツにポーチ。シンプルに纏まってる。
「こいつはステル。んで、こっちはパールさんとマリンちゃんだ。
つっても、集会にはお前さんも行ってたよな」
「えぇまぁ。こんにちは、パールさんにマリンさん」
「どうも」「んん(ぺこり)」
髪色は紫がかった灰色で、髪は後ろで結んでいる。顔立ちは爽やか寄り。
……うん、多分男だろう。
相変わらず身体のラインも声も、男児の面影すら無いけど。
抱きしめたくなる滑らかな寸胴ボディと
性別の関連付けは確実に薄まってきているから、
見分けられるようになる目処はなくもない。
今までに比べれば分かりやすいほうだ。
「……それはそうと、僕を呼び出したのは、
その見たことない鞄のためってことでいいんですかね」
「話が早いね。お前さんにはこことここの金具を作ってもらいたいんだ。
……パールさん、簡単に図面でも描いてくれるかい」
作ったランドセルと記憶からサイズを決めて、
外見の寸法と必要な機能を記した図を描いて見せた。
工学には詳しくないから図面として成立してるか分からんけど、
どんなのが欲しいか最低限分かってはくれると思う。
「ちゃんと描けてますかね……?」
「十分分かりますよ。というかだいぶ整ってるほうですね。
過去には全体の長さすら分からないような注文もあったので……
鞄のほうも見せてもらえますか?」
ステルさんにランドセルを渡した。
「……確かに、既存の機構だと常用するには少々心許ないですね。
大事に使ったとしてもすぐに綻びてしまうでしょう」
「だから、あんたの腕を見込んで頼みたいんだ。
代金はあたいが受け持つし、パールさんへの請求はそのまま」
あれ、てっきり金具分の価格も上乗せされるかと思ったのに。
「え、そんな、良いんですか?赤字になるんじゃ……」
「構わないさ。
お前さん達と、このランドセルにはあったからね。
さて、もうお二人を付き合わせる必要はなくなったから、
もう好きにしてもらっていいよ。
明日になれば金具も完成するだろうから、また来てくれ」
「そういうことなら」
アイボリーさん、ステルさんと挨拶して別れ、私達は店を出た。
すっかり日も真上に来てる。
思いつく用事は済ませたから、あとは自由時間なんだけど。
その前に、昼食でも済ませよう。
初めて村に入った時、コーラルちゃんとシェルくんの会話に、
確かレストランって出てたよね。
「お腹空かない?レストランでも行ってみる?」
「うん。訓練場からここに来るまでにあった」
「え、嘘、気づかなかった!」
ほんとマリンは有能だね。
というわけで、私達はレストランに行くことにした。
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