第5話「交わり」
櫛で髪を梳きながら、温風機能付きのファンで乾かす。
マリンがずっと抱きついてきているので、
身体も拭けないし、服も着れない。
故に、今できるのはこれだけ。
というか、私から始めたはずの営みを中断させて
風呂から出すのにさえ、とてつもない苦労があった。
フィグ人の力持ちな身体という物理的な面でも、
この時間を終わらせたくないという精神的な面でも。
「その、今は、ちょっと、放してくれない……?」
「やだ。さっきのぐちゅぐちゅしてふわーってなるの、
もっともっとやって」
「マリンがすごく激しくするから、
私も流石にヘトヘトなの、続きはまた今度――」
私の身体に足で固く抱きついて、再び、私の唇を強く奪った。
「んむっ……ぢゅ~……」
「
思った以上にマリンは私の愛を受け入れて、
それどころかその愛の虜になりきってしまっている。
当然だけど、本当に免疫がない。
そしてその意思が溌剌なフィグ人の身体を動かせば、
とてつもないイチャラブモンスターの誕生。
空想で創り上げ鑑賞していた時には、想像できなかった。
実際に相対するとなると悪いとは言わないまでも、とことん骨が折れる。
あ、抱きつきながら耳とかうなじとか、揉んだりなでたりしてきた。
この期に及んで私をもっと
あぁもういいや、このまま私の頭に夢中になってる隙に乾かしたろ。
「……だいたい乾いたかな。ほら、服着て寝るよ」
「このまま寝たい」
「ワガママ言わないの。
せっかく綺麗にしたのに汗でベタベタになるし、
ベッドだって汚れちゃうよ?
洗うのだって簡単じゃないんだから」
これ以上マリンと密着したら私の心も身体も絞り尽くされてしまう。
そうなりたくないわけではないけど、この世界をもっと知らなきゃいけないから、
体力は回復しておきたい。
「……あ、思い出した。
ドラマで男と女の人が裸でベッドで寝てたのあったけど、
あれって好きな人同士だよね?
じゃあいいんだよね?てか、やるべきだよね?」
うわ、ピンポイントで思い出すなぁ。しっかりした頭脳だこと。
義父さん、義母さん、義姉さんの誰だか知らないけど、
息子いるんだったらもうちょい気をつけられんかったのかねぇ。
「だめ」
「お姉ちゃん、僕のこと嫌いなの?」
「……それ反則」
「じゃあもう、家族やめる?
うえーん、僕また一人~」
「っ……あーはいはい、分かった分かったから。
寝ればいいんでしょ寝れば」
「(いぇい)」
うわーマリンの目の奥にダブルピースが見える。
マリンに負けて、私達はベッドまで行き、
着替えをその横に置いて、
石鹸の余韻が残る素肌のまま床についた。
一週間マリンが使っているだけあって、
ベッドのほうも匂いが少し染み付いている。
マリンや私に限らず、
比率やベクトルは違えどみんな甘い匂いがして、
最初の挨拶始めた瞬間から強烈な若々しさを
突きつけてくるんだよね。
化粧・香水・洗剤とかの外付けではなく、
劣化なんてしない肉体からくる本物の風格。
だから私の厳しいボーダーも楽々突破できる。
フィグ人は本当に洗練された民族だよ。
目も鼻もマリンに包まれながら、じっとお互いを見つめ合って、
一人用のベッドに逃げ場の無い体温が溜まってゆくのを感じる。
「お姉ちゃん、あったかい」
「……マリンも」
またお互いの身体が密着し合うのに、そう時間はかからなかった。
それから足を絡めて、額をくっつけたり。
「……マリン、しないの?」
「ちょっと、気分変わったかも。
こうしてると、すごく、安心する」
そうは言っても、下の方は擦り付けてきてるんだけどなぁ。
何ならまたヌルヌルし始めてきたし。
せっかく風呂入ったのに。
「……言ったそばからめっちゃヘコってるし」
てか、私のにぴったり合わせるのうまくなってる……
「なんか、もう、わかんないの。
疲れてるのと、もっとしたいの、どっちもあって」
「……やりたいようにすれば」
私の中で小さく「うん」と返事しながら、
マリンは俯いて、快楽と眠気に集中した。
私も、さっさと寝なきゃ。
……う、お腹が、どんどんあったまってく……
……
朝日と、鳥の囀りを始めとした自然の音。
感覚が開いていく中真っ先に感じたのは、
マリンの柔肌や諸々の体液の感触、
混ざりあう私とマリンの匂いと体温、
ぐっしょりとしたベッド内の湿度。
こんなにすごいことになってるのに、
不快とかは一切なくて、ただただ満たされている。
寧ろ、経験したことのない目覚めの良さ。
気持ちが良すぎて怖い。
いや、こんなにも今の状態を壊したくないと思ったという意味では、
過去最悪な目覚めの悪さかもしれない。
シェルくんとコーラルちゃんみたいな夫婦は
毎朝こんなのを経験してるってこと?
え、なんで生活壊れずに普通に出かけられんの。
一歩間違えなくても依存待ったなしなんだけど。
「……」
昨日も思ったけど、私はこの世界を知らないといけない。
だから、非常に名残惜しいけど、私はこのベッドから出なければならない。
「……ぁぅっ」
ベッドを出た瞬間、一晩かけて構築された楽園はあっけなく瓦解し、
無慈悲な朝の冷たい空気が支配してしまった。
「ほら朝だよ、起きて」
「んぅ~~~」
続けて、マリンも起こす。
だけど、布団をがっちり掴んで放さない。
「さーむーいー」
「このまま寝るっつったのはマリンでしょ!
ほら早く服着なさいったら!」
マリンから布団を引き剥がすと、呻きながら伸びている身体が顕になる。
その艶めきについ目を奪われそうになったけど、
なんとか起こしてかなり濡れている身体を軽く拭いた。
うわ、ここだけ拭いても溢れてくるんだけど。
……よし、もう出ないな。
「んぅ、もっと拭いてぇ」
「ふざけてないでご飯にするよ」
二人で服を着て、テーブルと台所に向かった。
朝食はパンと目玉焼きとかでいいっか。
……私、まともな朝食食べるのも久しぶりだなぁ。
目玉焼きとトーストを各フライパンで同時進行、
飲み物は冷蔵庫から選ぶ。
なんだろう、パッケージや原材料見る限り野菜ジュースかな。
三回もやってればもう前世のキッチンと変わらないくらいには慣れる。
機能や設計もほとんど一緒だし。
コンロの燃料はどっから来てるのか分からんけど。
「できたよ」
完成した朝食をテーブルに配膳した。
「いただきます」
マリンは、私が食事を置いてからすぐに食べ始めた。
寝起きとは思えないほどがっついている。
「ちゃんと噛まないと詰まるって」
「げふっ……」
「ほら言わんこっちゃない」
最初のような感動はないけど、こうやって当たり前のように頼って、
欲してくれるというのも、悪くない。
「だって、美味しいんだもん」
「嬉しいけど、そんな頑張って詰め込むほど?
私が来る前も色々貰ってたでしょ?」
「うん、店で作ったやつとか、いっぱい持ってきてくれた」
「プロの商品なら、私のより美味しいんじゃない?」
「でも、お姉ちゃんのは、もっとホッとするっていうか……
とにかく、売ってるのとは違うの」
「……そっか」
マリンは人を笑顔にさせるのがうまいなぁ。
さて、食べた後は何しようか。
ローズさんへの絵の納品は確定として……
「ごちそうさま~」
元気よく椅子を降りて、自室のほうへ駆けていった。
……あぁ、昨日の絵を見るのか。
「……」
ベッドの横にしまっていた絵を、マリンは壁に立てかけた。
そして、手を合わせて拝んでいた。なんか遠いご先祖様みたいだな。
まぁ、ある意味そうなんだけど、でも私達もそこに入ってるよね。
私に至っては唐突に混入した謎の白髪美幼女だし。
……そうだ、フォトフレームが必要だな。
このままだとすぐ汚れて劣化しそうだし。
マリンには悪いけど、子供以外を何度も描くのも面倒。
今日のタスクは、
コーラルちゃん描いて、
フレーム買って、
村をぶらぶらする。
これでいこう。
「……お姉ちゃんこれから用事で出かけるから、
マリンは好きにしてて」
「……」
「どうかした?」
「いつもなら、僕も学校で家出てたなぁって」
そうか、それがあった。
見た感じ第二十六条は無さそうな村だから、強制じゃなさそうだけど……
というか、可愛い子が集まっててついでに学べる場があるなら
フィグ人的に行かない理由はないから、わざわざ定める必要がないのか。
マリンにはもっとこの世界を知ってほしいし、友達も増えてほしい。
そういう思いを胸に、私は尋ねた。
「学校行きたい?」
「あれば、行きたい……」
「じゃあ一緒に行こうか。先に一個だけ私の用事終わらせてから、
学校探して転校させてもらえないか聞いてみよう」
「うん」
こうして、二人で玄関を出た。
まずはローズさんとの約束を果たそう。
昨日見た看板を見つけて、再び入って……
行こうと扉に手をかけたその時。
「おっはよ~♪」
「!?!?」
店内からコーラルちゃんの大きな声がした。
すでに店内の休憩スペースでお茶を飲みながら寛いでいる。
「お、マリンちゃんもいるんだね!
すっかりパルちゃんに懐いちゃって可愛いなぁ!」
「……ローズさんは?」
「裏でお菓子準備してる!もうすぐ戻るはずだよ!
ほらほら二人もこっちきて休んで!」
朝からこんなに元気なコーラルちゃんに狼狽えつつも、
休憩スペースに入っていて、二人でコーラルちゃんの向かいに座った。
「その、コーラルちゃんもここに用事があって?」
「うん!娘がいつも使うクレヨンとかが切れちゃって、
補充しにきたの!」
恐る恐る、昨日のローズさんが言ってたことについて聞いてみる。
「そう……確か貴女、ここの常連なんだってね?
それも、何度も「交流」してるとか」
「あ、ローズさん話したんだぁ?
最初はお金忘れて仕方なくだったんだけどね、
ローズさん、旦那とはまた違う刺激的なアプローチだったから、
癖になっちゃってぇ……」
「シェルさんはどう思ってるんだろう……」
「私も夫に似たようなプレイはするし、夫もそれ大好きだから、
貴方もやってみない?って誘ったんだけどね。
めんどくさいって断られちゃった」
あぁ、これだよこれ。
他所と肉体関係持つのをショッピングか何かくらい普通の事だと思って、
気兼ねなく話題にできるフィグ人特有の奔放さ。
マリンは会話をしている私達をぼーっと見ながらお茶を飲みまくっている。
それそんなに美味しいの?
「パルちゃんの用事は何?」
「え?あーえっと、その、ローズさんからの個人的な依頼で……」
「何頼まれたの?」
「とある絵を描いてほしいって……」
「え、ローズさんがあなたに!?
あの人が絵をライ先生以外に頼むなんて……!」
なんかすごい驚かれてるんだけど。
「そんなに驚くことなの?」
「ローズさんの目はかなり肥えてるから、
よっぽど魅力的に描けないと依頼なんてされないよ!
パルちゃんってすごい絵が上手いんだね!」
「う、うん……あはは……」
こんなにダイレクトな称賛を受けるたび、
私の後ろめたさは濃くなる。
しかも、裸にした本人からこんなキラキラとした顔で。
「聞きたいんだけど、どんな絵なの?」
「え、えっと、そうだなぁ……」
お茶を飲んで、お茶を濁す。
あっ、ミルクティーみたいで美味しいこれ……
……
何度啜って時間を稼いでも、コーラルちゃんは興味津津に見てくる。
そしてやっと、ローズさんが戻ってくるのが見えた。
「もしかしてローズさんに言っちゃいけないってされてる?」
「そ、そう!だからしばらくは話せないかなぁって!」
「二人とも何を話している?」
お菓子の盛られた皿を置きながら、こちらに興味を示してきた。
「ろ、ローズさん!昨日のあれなんですけど!」
「あぁ、これのことか?」
「そうそ……あああっ!!!」
ローズさんは下書きを流れるように取り出し、
私が見せないように頼む暇もなく、
それは題材にした本人の眼の前へ置かれた。
終わった。
「あ、うあぁ……」
「これが、パルちゃんに頼んだ絵?」
「その通り。私はとても良く描けてると思うのだが、
本人からの感想もぜひ聞きたい」
コーラルちゃんは、何も言わずに私の絵を見ている。
そうだよな、自分の裸の感想言ってって言われたってなぁ。
さぁ、初めて出会った貴女を邪に見てしまった私めになんなりと罰を――
「……めっちゃエロカワだと思います」
「だよなぁ!!!」
「?????」
あれ、思ってたんと違う。
「パルちゃんって、私の身体見たことないよね?
それなのに、こんなに可愛く……
服の下はこうなのかなぁって、思ってくれたんだ?」
「え、あ、まぁ、そ、そんな、感じっす、かね?」
私の絵を持ったまま、嬉しそうな顔で問いかけてくる。
やばい、新しい何かに目覚めそう。
「下書きまでは商品の代金代わりとして、
それを見て私が依頼として線画と着彩を頼んだんだ」
「おぉ、お金以外で初めて買い物するだなんて、
パルちゃんやるねぇ~」
「ま、そ、それほどでも」
コーラルちゃんが急に立ち上がった。
「どうせ描くなら、ちゃんとモデル見たほうがよくない?」
「……え?」
と思ったら、服を脱ぎだした。
その艶めかしい動作に私は慌てて、
マリンは横目で少し恥ずかしそうに見ている。
「ここここコーラルちゃん!?
いきなり何してんのぉ!?」
「想像のまま描いてもらうのもいいけど、
こんなに上手いなら見せたほうがもっとよく描けるでしょ?」
「や、だからってそこまでしなくても!」
私の制止も聞かず、あっという間に裸になって、
休憩ペースの隅まで移動した。
「ほら、似たポーズで立ってるから、描いちゃって!」
「うぉ……おぅ……」
その肉体は、まさに美しくて可愛いという言葉を体現している。
骨格をちょうどよく包み固さを一切感じさせない肉付き。
スタンダードで王道な、愛くるしいボディライン。
ぷにぷにとした触感、さらさらなテクスチャ、土台の水分量
がよく分かる肌の程よい光沢。
私達の本能に訴えてくる、ほんのり赤らんだ胸と股。
そこには、「完璧」が存在していた。
「う、うぉ……」
その御体だけでも最高に輝かしいのだが、
私の絵を模した無邪気なポーズが一層魅力を増幅させる。
いつものように出会った誰かに元気よく挨拶している様子。
コーラルちゃんにはそれが全裸という非日常への対比であり、
ギャップ萌えでありながらコーラルちゃんらしさの強調にもなっている。
「あれぇ?ローズさん、それ、どうしたのかなぁ?」
「おっと……これは失敬。一旦離席させてもらおう」
あらら、ローズさん、足の間がかなり張ってらっしゃる。
今になってこの人は男性だということが分かった。
やっぱり、私にはまだ見分けられないなぁ。
「えー?ここでしちゃってもいいんだよ?」
「依頼をこなしてもらっている最中だというのに、邪魔するのは申し訳ない。
すぐ戻って来るから、気にせず続けててくれ」
そう言いながら、ローズさんは店の裏に入っていった。
まぁ、やることはだいたい想像つく。
「そーゆーことなら。ほらパルちゃん、よぉく見て♪」
「う、うぅ」
私の心にも下半身にも、それはあまりに眩しすぎる。
長時間は耐えられそうにないので、
できる限りの手際で絵を完成させた。
それと同時にローズさんも戻ってきたので、見せる。
「ど、どうですかね?」
「おお、肌の質感に、顔の程よいディティール……
コーラルちゃんの魅力を余すところなく捉えているな!」
「こんなに可愛く描いてくれてありがと♡」
いや、終わったんだから服着てくれないコーラルちゃん?
そのまま隣にきて……か、肩くっついてる……
「じゃあこれで納品ということで……」
「うん、とても素晴らしい仕事だった、ありがとう!
次に依頼するときもぜひよろしく頼む!」
「は、はい!こちらこそ!」
「一発でローズさんをリピーターに……さすがパルちゃん」
こうして、ローズさんとの約束は果たし、
代金も確かに受け取った。一万の札が三枚。
この村で流通する「マルス」という通貨だけど、
主なモチーフは円に棒と葉っぱ……多分、リンゴだろう。
全体的な要素の配置は前世の
番号、数字の一万、人物画等がある。
周りには重要な要素を引き立てる簡素な装飾があり、
右にあるフィグ人の誰かの正面人物画も細部を描かずに、
シルエットと髪型ぐらいしか分からず、とてもアイコンっぽい。
全体的にシンプルで、見た目重視なデザイン。
前世だと家のプリンターでも容易に偽造できそうだけど、
きっと魔法を使った独自の偽造防止技術があるんだろう。
「出る前に聞きたいんですけど、この村って
学校と、インテリア売ってるとこってあります?」
「学校なら、役所から南にいけばあるよ!
うちの娘も他のみんなもそこで勉強してる!」
「インテリアなら、ここから西に二つ隣の家具店がいいだろう。
あそこは本当になんでもあるぞ」
「ありがとうございます」
普通に聞けたし、学校があるのも知れた。
「では、また」
というわけで、マリンを連れて店を出た。
「また会おう!」
「またね~!」
「……ねぇ、この絵借りてもいい?
夫に見せてみたい」
「それは面白そうだ。いっそ今からここに呼びつけるか?」
「そうしようそうしよう!」
なんかやばいこと企んでる会話が聞こえたような。
シェル君、どうか気を強く保って。
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