第3話「決断」

 誰かに軽く叩かれて目を覚ます。


 目を擦りながら横を見ると、村長がいた。

 え、まさか時間過ぎちゃってる?


「慌てなくていい。まだ数十分ある」

「な、なんだ……」


 安心すると、次に目と鼻を満たしたのは、マリン。

 というか、あのままマリンの胸の中で眠っていたみたい。

 道理で短時間にしては結構安らげた感じがあるのか。


「お姉ちゃん、大丈夫?」

「う、うん、ごめん、さっきは……」

「気にしないで。大人だって、泣きたい時くらいあるよね」

「う、うぅ……」


 本当に、この子の声も言葉も沁みる。

 私が救う役目のはずなのに、この子の一挙手一投足に

 寧ろ私が救われていく。


 私だって性的嗜好せいへきを態々喧伝するほど馬鹿じゃないし、

 別に直接迫害とかを受けたわけではない。

 世間の知能にも最初から期待していなかったし。

 時々私達を只管憎んでる奴らネットで見たくらい。

 それだけでも結構堪えたけど。


 内心や趣味が少数派というだけで、

 法を遵守している者達が謗られる謂れはない。

 感情だけで誰かを平然と傷つけ存在否定する奴らのほうが

 よっぽど犯罪者らしい思考じゃん。

 なんで民衆というのは性が絡んだり、加害と被害が非対称になると

 途端に頭が悪くなるんだろう。


「わざわざ来たのはどのような理由で……?」

「集会を円滑にするために、大まかに話す内容について聞いておきたい」


 村長にもマリンと決めたことを簡潔に話した。

 私達は別の世界から生まれ変わったということ、

 私は望んできたけど、マリンは違うこと、

 そして表向きにはマリンが帰れる方法を探していること。


「なるほどな。よければ、

 貴女たちの故郷のことも教えてくれないか。

 特に人間が私達とは違うらしいしな」


 次に、前世の人類について話した。

 大人はずっとでかくて、性差がハッキリしていること、

 良くも悪くも本当に多様な姿や考えを持った人たちがいること。

 そして、フィグ人ほど性は身近ではなく、

 寧ろタブー視され、まともな教育もできていないこと。


「……それはとても、辛かっただろう」

「ですよね?そうですよね?」

「一通り説明された後だというのに、未だ想像できないな。

 まさに、別世界らしい話を聞かせてもらったよ」

「それと私からも一つ……この世界には、魔法があるんですよね?」

「あぁ、そうだが」

「前世ではそういうのは無くて。あくまで空想止まりだったんですよ」

「……それは意外だな。

 パールさん、貴女の魔力量は私達を含めても最上位レベルなのだが」

「え???」


 また驚くようなことを教えられた。

 何らかの能力を授けられるのは転生モノとしては定番だろうけど。

 あの子がサービスしてくれたのかな。なら嬉しい。


「もちろん何が使えるかも重要だから一概には言えないが、

 貴女のような資質のある者はそうそう生まれるものではない」

「お姉ちゃん、すごい身体持ってるんだね」


 マリン、色々なところ撫でながら言われると

 変な意味に聞こえちゃうし物理的に喜んじゃうからやめて。


「後で魔法店に行って自分の特性を確かめるといい。

 良かったら私なりにアドバイスもしようか?」

「じゃ、じゃあお願いします……」

「わかった……よし、そろそろ発とう。

 既にみんな集まってるから、着いたらすぐに始められるぞ」


 再び村長の職場……正確には近くの広場に出向いた。

 久しぶりの招集で気になったからか、

 思った以上に人が来て建物に入り切らなかったらしい。


 広場に着いて村民が集まった光景を直視した瞬間、

 また私の脳がひどく揺さぶられた。


 可愛いが、犇めき合っている。

 みんな体育座りやらあぐらやらで、

 軽くおしゃべりしながら待っている。

 いやぁもう、感無量。


 既に前世での半生分くらいの可愛いを接種している気がするけど、

 可愛いに摂取許容量なんか存在しないから、

 どんどん浴びていこう。


「……!」


 聴衆の誰か一人が気付いたのを皮切りに、

 みんなが私達の方を向いて、笑顔で手を振ったり、

 興味津々にこちらをじーっと見てくる。

 やばいねこれ。元々無い語彙力が下がりそうよ。

 あっコーラルちゃんとシェルくんみっけた。


「では、始めよう」


 演台に村長が立ち、挨拶をした。

 同時に、他のスタッフの子から私達にマイクらしき道具が渡され、

 私達は村長の近くに立たされた。


「みんな、よく集まってくれた。

 私も驚くほどに、前回からかなり間が空いた。

 だがこれも特筆すべき問題が出なかったという見方では

 良いことだと言える。これもひとえに皆の献身と愛のおかげだ。

 さて、今回はとてもレアな事に我らがフィグ村に新しい住人が増えた。

 何人かは既に会ってると思うが、こちらの、パールさんと、マリンさんだ」

「よ、よろしくお願いします、パールです」


 マリンがめっちゃくっつきながら私の後ろに隠れようとしている。

 典型的な人見知りの仕草。

 かわいいけどそんなことしてる場合じゃないよ。

 ほら、名前言って。


「……マリン、です」


 顔だけが横から覗いた状態で、マイクに向かってマリンが呟いた。


 それからしばらく様子を伺ってみたけど、

 みんなこっちを鳩が豆鉄砲掃射されたような顔でじっと見てくるだけで、

 誰も何も言わない。それに、倒れそうになってる子もいるし。


 村長が演台に手をついて皆に注意した。


「こら、そこらへん、二人が可愛すぎるからって発作を起こすんじゃあない。

 気持ちは痛いほど分かるが、今回は本当に重要な話があるんだ、

 聞き逃しても知らんぞ」

「うえぇ、ひゃい、耐えますぅ、耐えさせていただきますぅ!」


 自己紹介だけでこうなるのはすごいなぁ。理解はできるけど。

 フィグ村の死因統計に尊死とかありそう。


「さて、お二方はある特別な事情があると聞いたのだが、

 それについて教えてくれないか」

「……はい。

 私達は元は別の世界で生きていたんですが、

 事故によって死んでしまって、魂だけがこっちに移りました。

 いわゆる転生ってやつです」


 みんなキョトンとしてる。

 うーん、いくらこの可愛い姿でも流石に信じてもらえないかぁ。


「突飛だと思うのは尤もだ。

 其の上でパールさんの発言は偽りではないと私が保証する。

 フィグ村の全ての戸籍と家系図は私の頭に入っているが、

 二人の血縁らしき人物は見当たらない」


 えぇ、ほんとに?全員の事を知ってるのもすごいけど、

 家系図まで……?


 ……ともかく、村長に保証してもらえたんなら、

 マリンについて話さなきゃ。


「私はある存在の助けを借りてこの世界を選んだので問題ないのですが、

 マリンに関しては不慮の事故で、家族と急に引き離され、

 何も分からないままこちらに生まれ変わってしまいました。

 もしよければ、マリンが元の世界に帰れるよう皆さんの力を借りたいです」


 口を押さえたり、うるうるした目で、哀れみの視線がマリンに向けられる。

 ほんとこの子たちどんな顔でも画になるな。


「そ、そんな、なんてこと……」

「もちろん協力するよ!子供を助けるのは当然だろ!」


 次々と私達に協力してくれるという返事が上がった。

 なんか、こんなに真っ直ぐな歓迎を受けたことないかも。

 みんな本当にありがとう。


「あの、一つ、よろしいでしょうか」


 村長に確認を取ってから、メガネをかけた黒いショートヘアの子が立ち上がった。


「その、マリンさんを帰すことについて……

 あ、その前に、私はクロウと言います。

 理論物理学や魔力学を趣味で学んでいて……

 要するに、世界や魂の方面の知識がそこそこあります。

 結論から言うと……言いにくいのですが、マリンさんを帰すのは、不可能かと」

「……え?」


 ちょ、本人の前であっさりと言うなし。

 何のために私が隠したと思ってるんだ。

 せめてもっと後で、マリンがもうちょっと育ってからでいいでしょ。


「ま、まだ何もしていないのに、諦めろと言うんですか?

 それに、あなただってこの現象について全部は分かってないですよね?」

「確かにそれは否定できません。

 が、現時点の知見でも私の主張を証明するには十分なはずです。

 少なくとも現実的じゃないでしょう」

「だからってこんなすぐ言わなくたっていいでしょ!

 せめて、一緒に頑張るくらいしたって……」

「……パールさんとしては、マリンさんに最大限配慮したんでしょうけど。

 実際私も理解はできますし、同じ立場だったらそうしていたかもしれません。

 ただ、その選択は後々、より大きな絶望を与えてしまうでしょう」

「う……そ、そんなの、分かってるわよ……!

 でも、急に知らないところに来て、虚しさに打ちひしがれて、

 やっと同郷の人が来て希望を見出していた子に……

 ただでさえ辛かったろうに、こんな事教えられるわけっ!」


 この白熱しつつある諍いには、段々と他の子たちも乗ってきた。


 「そ、そうだよ!伝え方とタイミングはまだ配慮できるでしょ!」

 「その配慮が裏目に出るとクロウは言ってるんじゃ」

 「来たばっかのマリンちゃん見たことあるの!?

  あんなに怯えて、困って、悲しそうだったじゃん!

  村長やコーラルちゃんがいなかったらどうしてたの!」

 「それは数日くらいで落ち着いたじゃないか!

 マリンちゃんだって自分で何も考えられないわけじゃないだろ!

 そうやって無闇に保護をするのは却って良くない!」


 このままだと収拾がつかないし、話も逸れていく。

 どうしよ……


 ――と戸惑ってたら、突然村長が演台を大きく叩いた。


「静粛に」


 音と共に村長の一声が響き渡り、みんなが口を止めた。


「誰かの不幸に立ち向かうのは素晴らしい事だ。

 意見をぶつけ合うことも素晴らしい事だ。

 だが、今はその時ではない。

 飽くまで今回はパールさんとマリンさんの紹介がメインだ。

 討論が必要なら別の機会を設ける」


 みんな、その言葉に従って、ある程度の秩序を取り戻した。

 中には村長の毅然とした姿に惚れていたり写真を取っている子もいた。

 ……え、あれ、携帯?てか、スマホじゃん。あるんだ。


「クロウ、理由はどんなものだ?」

「仮に元の世界に渡る手段が確立されたとしても、

 それを行う事自体のリスクが問題になるかと。

 ……最悪、存在そのものが消滅することすらあり得ます」


 なんですって?


「ある研究によれば魂というものは世界を渡った時、

 不可逆的に変質・欠損してしまうという実測が出ています。

 その変質を影響の無い範囲に留めるためには、

 世界の法則から守るための超常的な力が必要になるかと」

「それじゃ、私達が問題なくここに来れたのは、

 あの子の力があったからだってこと?」

「パールさんのいう「存在」がお二人を送ってくれた可能性が高いです。

 ……どちらか、その御方と連絡は取れたりしてますか?」

「い、いや……マリン、ここに来てから年寄りみたいな喋り方の子供の声で、

 頭の中に話しかけられた事ある?」「ない……」


 思った通り、という反応をするクロウ。


「そうでしょう。完全な別世界に干渉するのはほぼ不可能です。

 私からすれば、還りつつある魂を掌握し、肉体を創造するだけでも、

 反則級の、それこそ神に等しい技術を持った者だと言えますが」

「じゃ、じゃあその子にまたどうにかして連絡できれば――」

「その神に迫る「存在」でさえできていない事を、

 どのようにして成し遂げるのですか?」

「う……」

「問題はこっちだけじゃない。

 一回死んだはずの人が生き返るなんてあるはずのない「奇跡」に、

 どう整合性をつけるつもりですか?

 それとも蘇るのはあちらでは普通なのですか?」

「や、いや……」


 あぁ、もう、私が考えないようにしてたことをまた突きつけられた。

 どうしよう。何も言い返せない。


 マリンは、心配そうに私を見てくる。


「お姉ちゃん……」

「だ……大丈夫、大丈夫だよ、マリン!

 ああいう学者気質は100じゃなければ90だとしても0かもって

 言わなきゃならない呪いにかかってるだけだから!

 方法が無いって決まったわけじゃないよ!

 たとえ私一人でも見つけてみせる!」

「……もう、いいよ」

「え?」

「やっぱり、嘘、だったんだね」

「ち、違う!違う、から……」

「ごめんなさい。お姉ちゃんもあっちから来たって聞いた時、

 思わず泣きついちゃって。お姉ちゃんはただ、

 こっちで暮らしたいだけだったのに、

 僕が無理なお願いをさせちゃった」


 なんで、貴女が謝るの。

 子供が大人に助けを求めるのは当たり前なんだよ。

 それに大人が応えるのも当たり前なんだよ。

 こんな楽園に、叶えられない願いがあってたまるか。


「謝らなきゃいけないのは私!

 な、何にもしてあげられなくてごめんなさい!

 貴女にそんな事言わせちゃいけないのにぃ……」


 面と向き合っていられなくなって、

 マリンの目から逃げるように抱きしめてしまった。


「何にもじゃないよ。

 ご飯も作ってくれて、楽しい話もしてくれたじゃん」

「で、でも、家族に会えない事に比べたらそんなの」

「……家族なら、いるよ」

「……え?」


 私の腕をほどいて、両手で肩を掴む。

 崩れた私の顔をマリンの真正面に向けて、

 優しい笑みで、じっと見てきた。


「僕の前には、新しい家族がいる。

 だから、寂しいけど、平気だよ」

「も、もぉ……!」


 こんな愛と信頼を向けられるのは、初めて。

 誰かから面と向かって認めてもらうなんて。

 気持ちが収まらない。

 顔が熱くなって、目の周りに力が入って、

 涙が溢れてしまう。

 感極まるってのは、こういう感じなんだ。


 マリンの胸によりかかって、

 ただ撫でてくれる手の中で呻いていた。


 マリンが私の手からそっとマイクを取る。


「すごく遅れちゃったけど、みんな、ありがとう。

 最初は色々いっぱいっぱいだったけど、みんな優しくしてくれた。

 みんなとパールお姉ちゃんのおかげで、僕はもう、大丈夫だから。

 あっちの家族に会えないのは、寂しいけど。

 みんながいればきっと、こっちでも幸せになれると想う。

 だから、改めて、よろしくお願い、します」


 みんなのほうを見ると、泣き笑いしていたり、

 俯いて鼻をすすっている人がいっぱいいた。

 なんか「てぇてぇ」とか聞こえたような気もする。


 マリンが私の身体を起こして、再び立たせる。

 私もそろそろ顔を拭いて、姿勢を正した。


「ずず……取り乱して、失礼しました。

 この通り、私からもよろしくお願いします。

 住民として相応しくなれるよう、精一杯努めます」


 また、みんなは歓迎や好意的な声を示してくれた。


 続いて、村長がまた進行を再開する。


「……実に、よい話を見せてもらった。

 では、他に何かある者は?」


 すると、また一人手を挙げた。

 ……あ、コーラルちゃんだ。


「はいはい!質問です!好きなパンツの色聞かせて!」


 え?


 ……え?


「………………」


 マリンは、なんでこんな事聞くのといった顔。

 同感だよ全く。


 仕方ない。とりあえず、持論を述べよう。


「……パステル系の、可愛さ全開な色合いが好み……ですかねぇ。

 もっと言えば、「誰」が、どんな「形」のを履いてるかのほうが、

 ずっと大事だと、思います」

「「「おぉ」」」


 うわ、拍手起きてるし。

 あ、村長もめっちゃご満悦でパチパチしてる。

 シェルくんはかなり気まずそうにしている。

 コーラルちゃんは満足そうに座った。


「今の回答には私も脱帽の限りだ。他には?」


 そんな褒められるのも恥ずかしいんだけど。


 と、気づけばまた数人が立ち上がっていた。


「じゃ、じゃあ好きなタイプは!」

「あなたたちのような、可愛い子達。

 つるぺたぷにぷになら、元気系も、清純系も、クール系も大アリ。

 てかここにいる誰からでも抱いてって言われたら抱いちゃうよ?」

「きゃー!」


 前世だったら可愛い子たちの前でこんな発言一発アウトなんだけど、

 こっちだと黄色い声出されるんか。すごいな。


 次。


「〇〇〇〇は週に何回してますか!」


 ブッ……え、そのキラキラさせた顔でそんな事、堂々と……?

 薄い本でもそうそう無いぞこんなの。


「それ、前世だったら重大なセクハラだけど。

 ……平均したら15回前後かな」

「まぁ、意外と……」


 マリンが何を言ってるのか分からない、といった表情で見てくる。

 そのうち教えるから待ってて。


 次。


「マリンちゃんとはいつ結婚するんですか?」

「え、いや、その……あくまで姉妹であって、そういうんじゃ」


 戸惑いながらマリンのほうを見る。


「僕とお姉ちゃん、結婚できるの?」

「え、そ、そうなのかな?どうなんすか村長!

 結婚は何歳からできるんでしょうか!」

「零だな。新生児室でカップルができて、そのまま式を挙げたこともある」

「えぇぇぇぇ!?」


 私の想像を遥かに超えてきた。

 生まれながらにして恋愛が始まってるのか。


「へー。じゃあ、できるんだね。

 ……パールお姉ちゃんと一緒にいれるなら、僕はどっちでもいいよ。

 お姉ちゃんは、どっちにしたいの?」


 その意味も全部は分かってないだろうに、

 興味津々にマリンは聞いてきた。


「え、えっと、えっとぉ!

 その、今すぐ決められる事じゃないので、また今度ということで!」

「へぇ、貴女ぁ、結構真摯な人なのねぇ。

 貴女のことちょっと気になってきたかも」


 え、ちょ、そんな直接仄めかす?

 フィグ人はこういうのも普通なのか、すごいな。

 ……今日だけですごいって何回言ったっけ。


「……他には?」


 もう、立ち上がる人はいなかった。


「では、これにて解散。ご苦労だった」

「おつ~」「おつかれぇ~」「んぃ~」


 可愛いが散らばるのを見ながら、私達も帰路についた。


 日が傾き始めた帰り道から家に着くまで、

 私とマリンはお互いの手をぎゅっと握っていた。

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