第2話「同郷」
村長から紹介された家の扉の前。
念の為コーラルちゃんには外で待っていてもらう。
「ごめんくださーい」
しばらく待ったが、返事はなし。
ただ、留守でも無い感じがする。
ドアノブに手をかけてみると、扉は開く。
施錠はされていない。
「入りますよ~?」
誰も迎える気配がないから勝手に入る。
追い出したければ直接言いに来いってことで。
廊下を進んで、誰かがいそうな一室まで歩いて。
見つけた。
部屋の隅にあるベッドに、疲れたように寝そべっている子が独り。
「……!」
ベッドの前まで進んでようやく、その子はこちらに気づく。
「え……誰……」
驚きと怯えが垣間見える。
思い切ってベッドの縁に座らせてもらおう。
てか、これまた可愛い。
身長は私より少し小さいくらいか。
スカイブルーのセミロングヘアに包まれた、ふにふにの顔。
前世でよく読んでた同人作家さんのやつにこんな子いたよね。
今は狼狽えてるけど、根は落ち着いていて賢そう。
「勝手に入ってごめんなさい。私はパール。
今日からこの村に住むことになったの。
ご近所さんへの挨拶は大事だから、ちゃんとしなきゃと思って」
「……」
信用されていない。まぁ、おかしくはないだろう。
まだちゃんとした会話一セットもできてないのだから。
……私の話し方、キモくないよね?ちゃんと笑えてるよね?
転生前含めて最近は人と話すことも少なかったからなぁ。
あと私を凝視しているベッドで包まっている小動物の如き女児様と
二人きりで話しながら平常心を保つのは至難の業だしね。
あー可愛い……
「村長さんから、貴女も村の外からきたって聞いたんだけど」
「……お前も?」
うひゃ、いい声!
土台はふわふわしてて、その奥には芯も感じられる幼声!
「うん。私も、本当に遠くからやってきた。
……地球の、日本から」
「……!」
過去の故郷を口にすると、彼女は布団から出て、
恐る恐る抱きついてきた。
しばらく私を抱きしめた後、彼女は泣き出した。
「うぇ、ううぅ……」
少なくない未練がある。
私と違って、望まぬ最期だっただろう。
「家に帰りたいぃ……お母さんとお父さんとお姉ちゃんに会いたいぃ……
クラスのみんなに会いたいぃ……」
学生か。これは、気の毒に。
「どこに住んでたのか、言える?」
「〇〇県の、〇〇市……」
「……っ」
私が死ぬ一週間くらい前にニュースで出てた場所と同じだ。
トラックの居眠り運転で登校中の児童の列に突っ込んだやつ。
重症五名、軽症二名。……死亡、一名。
「みんなと歩いてたら、いきなり大きい車がきて、
全部がすごく痛くなって、気づいたら、知らないところにいて……」
多分、私と同じようにあの子が転生させたんだろう。
あの子のことを知らなさそうという差はあるにしろ。
憶測だけど、急な死を精神が受け止められず崩壊しそうだったから、
話す間もなかったとかかな。
「もう、大丈夫だから」
「ねぇ、僕は、帰れるの?」
「……」
どう返そうか。
普通に考えて、もう火葬は終わっちゃってるから、
蘇るのはほとんど不可能に近いだろう。
仮にあの子がそっくりな肉体を作ってくれたとしても、
確実に葬られたはずの人間が急に現れたら混乱を生む。
でも、これを直接、伝えるのは……
「……絶対に、帰れるから」
「ほんとに?」
「今はまだ分からないけど、見つけてみせる。
それまで、ここで暮らそう」
「でも、ここのこと分かんないし」
「私がついてるから大丈夫。
みんな優しいから、すぐに馴染めるさ」
本当にごめん。
せめて、ここに来たくなかったなんて言わせないように、
私が頑張らなきゃ。
涙を優しく拭ってやって、ゆっくりとベッドに座らせる。
「それじゃ、まず最初に……あっ、そういえば名前聞いてなかった。
なんていうの?」
「タクミ……」
「それって、あっちでの名前?
拓に、海って書く?」
「うん」
指で空中に書きながら、確認を取った。
男の子なんだ。
「一応聞くけど、可愛いって言われるの嫌じゃない?」
「…………まぁ、別に。
今の僕、ここ、ないから……女ってことでしょ?
女が可愛いって言われるのは、普通だし」
「うぇ!?!?」
ちょっと恥ずかしげに、自分の股間に人差し指を置いてなぞる。
その指が描く線は下腹から会陰まで滑らかにつながっていて、
まさに「無い」ことを示している。
おいおい、転生だけじゃ飽き足らず性転換済みって。唆るわ。
まぁ同じくXYにする時間が惜しかったんだろうけど。
てか、その仕草、色気がすごい。
さては自分が
「おぅっ……ね、ねぇ、今からマリンって呼んでいい?」
「え?」
「ここの子達はいかにもファンタジーって感じの名前だし、
日本の名前だと浮いちゃうんだよね。
法則から見るに、海系……いや、色由来かな?
だから、より馴染めるようにするなら合わせたほうがいいかなって」
「うーん」
「マリンは海って意味だからちゃんと関係ある名前だよ!
ど、どうかな!」
しばらく考えてから……
「パールお姉ちゃんが呼びたいなら、いい」
「やった!ありがとぉ!」
こうして、臨時の弟及び妹であるマリンの新しい人生が幕を開けた。
じゃあ始めの一歩として、コーラルちゃんと会話させてみよう。
コーラルちゃんを呼んで、
マリンと自己紹介をさせ合う。
「ど、どうも、マリンです……」
「あたしはコーラル!一週間ぶりだね!
元気になってて良かった~!」
「んぶっ……」
元気に握手した後、熱烈なハグ。
それはもう、肉が密着している。
あれぇ、マリン、なんでそんなに顔が赤いのかなぁ。
一応貴女は女の子で、
小さい頃からこんな趣味持つと碌な大人に――
「あっ、パルちゃんあたしの身体見てる!」
「!」
「なんで目ぇ逸らすの?見たいんでしょぉ?」
……うん、認める。これは仕方ないわ。
マリンの家を出て、コーラルとはそこで別れた。
それから、帰ってきた村長に話を伝えにいって、
その時に私もマリンと同じ家に住むことに決まった。
家族の代わりなら、私が一番マシだろうし。
「やはり二人は同郷だったか。
仮とはいえ、家族ができて良かったな、マリン」
「……うん」
村長の顔から、かなり安堵しているのがわかる。
彼女なりにかなり心配していたんだろう。
「ついでになんだが、帰るまで私の妻になるのはどうだ?」
「え、やだ」
「はぁぁっ……このあっさりとした拒絶も中々っ……」
相変わらずの村長。
「そういえば魔物の件はどうなったんです?」
「それなら無事に処置が終わった。
瀕死だったがもう問題ない。
いずれ魔物も捕らえて報いを受けさせる」
瀕死からたやすく立て直せるなんて、ずいぶん強力な魔法だこと。
村の長だけあって、実力も相応のものがあるのね。
んまぁこんなルックス平均百二十点の競争だと美貌のアドは零に等しいから、
そうでもなければ到底務まらんよな。
「それと、貴女達のことも村の皆に伝えようと思う」
「えっいいんですか」
「マリンのために故郷に帰る方法を探したいんだろう?
考える人は多いほうがいい。
それに、皆と知り合うきっかけにもなる。
皆いい奴だから、顔を覚えさせておいて損は無いぞ?
私が保証する」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「決まりだな。二時間後ぐらいに会議を行うから、
その時に改めて説明してほしい。
できるだけ詳細に頼む」
「分かりました」「ん……」
建物を離れると、村長のところへ集まるようにスピーカー達から音が出ていた。
放送の設備や技術もあるのか。
建物はいかにも自然って感じの木造だけど、
魔法のおかげで前世に近い技術レベルまで発展してるんだろうか。
放送に聞き入っていると、後をついて出てきたマリンが私のそばに来て、
軽くくっついてきた。
あぁ、なんか、いい。頼られてる感じがする。
「これからどうする?」
「とりあえず、一回家に戻りたい……」
「わかった」
家に戻って、同じベッドに並んで座った。
先に口を開いたのはマリン。
「僕たちのこと、話すの?」
「うん。できれば全部話したいと思ってるんだけど、いい?
私達は元別世界の住人で、私は望んでここにきたけど、
貴女のほうは、その、無理やりというか、応急処置というか……」
「別に、そのままでいい」
「じゃあ、一旦死んで生まれ変わった。
それで、どうにか帰る方法を探してる。
だいたいこんな感じで」
「……」
マリンから返事が無い。
何か考えている。
「どうしたの?」
「あっ、や、なんでも……それで、いいと思う」
「それじゃ、次はおしゃべりにしよう。
家族になるんだから、貴女のことたくさん知りたいな」
「う、うん……」
マリンが話し始めようとしたとき、
結構大きくお腹が鳴った。
「あっ……」
お腹を抑えながら、赤面。
とても可愛い。
「何か作ろっか」
「うん、お願い……」
私の至って普通の料理スキルを見せる時だ。
台所に行って、辺りの収納を見て回る。
キッチンは(というか家全体だけど)村人たち……
とりあえずフィグ人って呼ぶか。
当然だけど設計はフィグ人の体格に最適化されてるね。
上の棚も前世の身体だったら背伸び無しで楽々取り出せそう。
ちゃんとした設備なのに、何もかもが子供スケールなの新鮮。
見つかったのはある程度のパンみたいな主食や野菜、調味料。
……この箱は、冷蔵庫?
お、ちゃんと中冷たいし、肉とか魚とか入ってる。
魔法で熱交換システムも実現済みと。すごいな。
「んー、ここは無難なのでいくか」
マリンを待たせまいと、できるだけ手際よく調理を進めた。
そして、盛り付けを終えた料理達を配膳する。
「はい、どうぞ」
「こ、これって」
「うん、ハンバーグ」
「わぁ……」
ソースは一通り舐めてみて一番それっぽいものを混ぜて、
米っぽいのが見つからなかったから主食はパンで、
汁物は塩や香辛料で調味した野菜スープで代用。
それでも私が現代日本人であったことを示すには十分な品のはず。
マリンは、目を輝かせながらゆっくりと匙を入れて、
それを口に運んだ。
「お、美味しい、美味しぃ……」
三口目あたりで、マリンの目からまた涙が溢れた。
「嬉しいなぁ。料理で誰かに泣いてもらうなんて、初めてだよぉ」
「う、うぅ」
マリンを眺めながら、私も食べ始めた。
あ、思ったより違う味だな。食えるけど。
前世の食材との差は試行錯誤で埋めていこう。
それから二人で黙々と食事を終えた。
マリンも結構満足しているようで、良かった。
「さっきの続き、しよっか?
そうだな……好きなこととか、教えて?」
「ゲームとか、スポーツとか」
「ふんふん。みんなと遊んでたの?」
「サッカーとかはそうだけど、ゲームは一人で」
「どういうゲームやってたの?」
「えっと、何だっけ、発売されたばっかの、猫耳の、難しいやつ……」
「……ははたん?」
「あ、うん、それ!」
まさか、小学生からこれが出てくるなんて。
ははたん。正式タイトル「半人半猫譚 The Legend of Hafe-Cats」。
同名ラノベを原作にしたアクションゲーなんだけど、難易度も性癖もすごい奴。
ライトなプレイヤーでも十分に楽しめる補助システムから、
コアなプレイヤーの期待にもしっかり答える高難易度まで隙がない神作。
ゲームとして文句無しの上に世界観もキャラもどストライクなもんだから、
ついつい嵌っちゃって最高難易度も余裕なくらいプレイも上達しちゃった。
「うそ、私の一番好きなやつじゃん!」
「え、お姉ちゃんもやってたの?」
「めっちゃやってた!私可愛いの大好きだし!」
「可愛いのもあるけど、僕はどっちかというとアクション自体っていうか」
「うんうんゲームとしてもすごいよね!
天界Ⅴの周回余裕なくらいにはやりこんだ!」
「それ、もう極めてるじゃん」
「でしょ?実はこれでも最初はステージ3のボスで詰んでたんだよね」
それを話すと、マリンは驚いてから、
ちょっと小馬鹿にするような顔で話してきた。
「ん~?もしかしてお姉ちゃんヒントとか読まないタイプ?」
「うん、正解。やっぱバレるかぁ」
「確かに無理に見えるけど、
今までの道とかロード中にヒントいっぱいあった」
「それなぁ何で気づかなかったんだろ~もぉ……
攻略サイト解禁するまでもうちょっと粘ってれば
完全自力クリアって言えたのにぃ~」
「まぁ、あそこはちょっとした謎解きみたいなもんだし、
天界クリア余裕ならスキルは本物……ていうか、全世界でも上位でしょ」
「おいおいフォロー上手すぎかよ、
現代っ子ってこんな優しい会話してくれるんだ……」
「好きな実況者がこんな感じのこと言ってたから、真似しただけ」
んーやっぱITネイティブ世代は違うわぁ。
ネットは危険だってよく言われるけど、
やっぱちゃんとした子なら有意義に扱えるんだなぁ。
可愛くて賢くて運動もできるとか最強じゃん。
あーもうなんか愛おしくてたまらない。
一回ぎゅーさせて。
「んぶ……」
「マリン大好きぃ……」
「ん~……」
すげ、いい匂い……
あっ、腕、抱き返してきた……やば。
「ねぇ」
「なぁ~にぃ~?」
「なんでそんなに僕の首嗅ぐの?
お姉ちゃん、変態みたい」
「あ、いや、ご、ごめん!」
やべ、いくら臨時の家族とはいえ、距離感が麻痺していた……
多分こちらでは何しても法律や条例に触れないだろうけど、
元現代人としてせめて筋を通すためには心から謝罪して
改めて意思を確認した後彼女の親兄弟に挨拶を……
あれ、無理なのでは?私、悪者決定?
「別に、やめてとは言ってない」
「……え?」
「前の世界だったら、絶対お姉ちゃん捕まってるけど。
抱くのも、嗅がれるのも、なんでか、落ち着く」
「んっ……」
そ、そんなこと言っちゃダメだろ。
私がこれを抑えられる唯一の大義名分は、
貴女のような愛される側の
「わかんないけど、この身体になったら、
頭の中もちょっと変わってきたような気がする」
「そ、それは多分、ありそうだけど……」
「だから、もっとやってもいい」
「~~~!!!」
そうだ。ここは皆が皆を深く愛している楽園なんだ。
誰かの幸福や不幸を勝手に決めつける奴なんていない。
性別や年齢に縛られることもない。
私は、前と違って醜くもでかくもない。
前世の姿で会うよりもずっと対等に近くて、相応しいはず。
誰も、責めないよね?もう、悪いことじゃ、ないよね?
「……じゃあ、こっちから」
「うぇぇ?」
両手で私の顔をマリンの目の前に持ってきて。
次の瞬間――
「……ちゅ」
左頬に、この上なく柔らかな感触が。
「僕も、パールお姉ちゃんのこと、好き」
「あ、あぁ、ぁ……」
頭では理解している。
これはあくまで、仮の「お姉ちゃん」である私に言ってくれただけ。
私の抱くようなドロドロの
それに、所詮赤の他人である私にこう言ってくれるだけでも、
限りなく素晴らしい進展であり、感謝しなければならない。
だけど、心はそうもいかなかった。
私が思っているより、私の精神は屈強ではなかった。
だめ、この子にぶち撒ける事じゃ――
「こ、怖かった、怖かったのぉ……
何も、本当に何もしてないのに、周りのことも考えてるのに、
感情だけで私達のことを嫌う奴らなんかよりもずっと、
子供たちを想って、できる限り助けてきたのにぃ、
なんで、あんな扱い、受けなきゃぁ……」
こんな若そうな身体なのに、涙腺が制御できない。
マリンは、何も言わずに抱きしめている。
「何にも調べずに、何が悪いのかすら考えようともしない奴らに、
ずっと昔の偏向報道なんかを未だに信じてる奴らに、
なんで、なんでぇ……」
頭を、ゆっくり、撫でてきた。
「ねぇ、マリン、もう一回、言ってよぉ……」
「……大好き。」
「う、うぅっ……」
「んっ?」
私の腕は、マリンを押し倒していた。
あぁ、もう、ダメだ。
「これ、何?」
「ずずっ……あのさ、私の「好き」は、貴女の思う好きと違うの。
貴女の年じゃまだ知らない物。
それに、これは、前世じゃとても悪いことだって言われてる」
「お父さんとお母さんが言ってる好きみたいなの?」
「そう、そうだよ。でも、お父さんとお母さん以外だと、
それは途端に許されなくなる」
「なんで?」
「……分からない」
「じゃあ、やってみてよ」
「……は?」
上着に大層震えている手をかける。
なんで、誰も止めないの。
「これは、と、とても酷いことなんだよ?」
「やってみなきゃ、酷いかどうか分からない」
「貴女の身体も心も、ずたずたに傷つけるんだよ?」
上着を引き上げて、ふにふにしたきれいなお腹が覗いた。
「お姉ちゃんは優しいから、僕を傷つけることなんてしないと思う」
「ぅっ……もう……」
身体に力が入らなくなって、そのままマリンの上に横たわってしまった。
急に、眠気が襲ってきた。
この子には、敵わないな。
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