タイニーリトルエデン
Lyncis
第1話「楽園」
あぁ、本当に良かった。
貴女達が無事で、本当に。
「お、お姉さん!しっかりしてぇ!
救急車もうすぐだからぁ!」
残念だけど、この出血じゃ間に合わなさそう。
うーん、どうしようもなく、寒い。
「あ、あれ?お姉さん?お、起きて、起きてよぉ!」
悪く、ないな。
貴女達に看取られながら、逝けるなんて。
……
「お~い、聞こえるかぁ~?」
んん?子供の声?
誰だか分からないけど、冷静沈着や博識さの中に、
ちょっと生意気な感じを孕んでて、
私にかなり刺さる声ね……この子絶対可愛い。
「……ちゃんと反応しとるな」
とにかく、声のほうへ行かないと……
……あれ、私の体は?声も出ない?
「このまま話せるから安心せい」
え、思ってる事分かるの?
「うむ。気づいてると思うが、お主は死んだ。
それも、通学中の子供たちを守った末という、立派な最期。
だいたい三十ちょっとか。楽しめたか?」
……そこそこ、かな。
充実も、未練もそれなりにあった感じ。
遺してきた人たちには悪いけど、
戻れないならないで、別に。
「ふんふん。なるほどのう。で、これからどうする?」
どうする、って?
「お主の魂は今儂が保持しておる。
儂の力によって、お主に選択肢を三つ示すことができる」
三つ?
「一、このまま成仏して同じ世界に生まれ変わる。
二、儂のいる世界に転生する。
そして三、儂の知る「楽園」に転生する」
前二つはまぁ、お馴染みのやつだけど……楽園?
「うむ。お主、子供、特に幼気な
それはもちろん!
だって元気で眩しくて、この世のどんな存在よりも愛らしいから!
世界に曝され続けて風化してしまった私達みたいな醜い大人と対極にある存在!
彼女達こそ、最も完璧に近い生き物なの!
純粋で、穢れてなくて――
「わかったわかった。じゃあ三つ目が望みでいいんじゃな?」
うん。一応、どんな世界なのか聞いてもいい?
「お主がいた世界のように長閑できれいなところじゃよ。
そしてそこには、ある「種族」が繁栄しておる。
説明するより見たほうが早いと思うが……
とにかく、お主なら絶対に気に入るはずじゃ」
なんか随分曖昧……でも、貴女は悪いやつじゃないって
私の
私はそれを選ぶ。
「ふん、些か気色悪い信頼じゃのう……
……あっそうじゃ」
まだ何か?
「転生するとなると肉体が必要になるが、どんな姿を所望する?」
注文できるんだ?じゃあ超絶可愛い幼女様一択なんだけど。
できれば、肉体だけ老いないようにして。
「(……自然と、あの子達と同じになるか)
不死じゃないだけマシじゃが、なんとも面倒な注文じゃのう。
ま、儂にかかれば可能であるが」
おぉ、できるんだ。すごい!
もしかして、神様だったりする?
「……ただ、頭脳と過ぎた力を授かっただけの猿じゃよ」
ふーん。そっちにも色々あるんだ。
なんか、むしろ安心したかも。
貴女はきっと、普通のいい人だね。
「んふ、嬉しい事を言ってくれるな。さぁ、準備ができたぞ。
お主は新しい世界で存分に幸せを噛みしめていけばよい」
色々ありがとね。
「礼には及ばん」
段々と、意識が遠くなって……
……
草木の瑞々しい匂いを感じる。
あと、鳥の囀りや葉の揺れも聞こえる。
まず、起き上がらないと……
「ん、んぅぃ……」
え、今の、私の声?
「あ、あ~……」
うわ、すっごいふわふわしてて、澄んだ声。
あの子、結構いい仕事するな。
「わ、わぁ」
体も、全部が全部すべすべぷにぷに。
百二十センチくらいかな。信じられない。
私、こんなに綺麗になっちゃっていいの?
……や、待って。全裸なんだけど。
いやでも、こうも素晴らしい姿なんだから
是非誰かに見られて、褒められたい……
……でも、流石にそれは、あの子に失礼かな。
一先ず、何かで隠さないと……
「んぇ?」
上半身を起こし周りに視線を向け始めて、
自分が地べたの上にはいないことを知る。
私が寝ていたのは、木でできたベンチのようなもの。
そして、ふと遠くから声がした。
「あっ、起きたぁ!」
溌剌な声と共に、駆け寄ってくる足音。
声のほうへ向くより前に、私を押し倒すように飛びかかってきた。
「大丈夫?どっか痛い?
お腹すいてたりする?」
「お、おぉ……」
うわ、ちょ、え、尊すぎ。
ふわふわつやつやの
可愛い服に、今の私みたいな身体つき!
全てがお手本のような愛らしさ!
こ、こんなの抱きしめずにはいられない!
「ぴゃっ!?」
あ~落ち着くぅ……
薔薇っぽいお花のいい匂い……
「うぇ、ちょ……」
「ぁあぁ貴女のお名前はぁっ?」
「なまえぇ?こっ、コーラル!あたし、コーラル!」
「なるほどコーラルちゃんかぁ!よろしくねぇ!」
「あ、あの、ちょ、ちょっと放してっ!」
あ、やばい、つい可愛すぎて強く抱きすぎちゃった。
私としたことが、幼女様を不快にさせてしまうなんて。
「ご、ごめん!痛かったよね!」
「や、ちょっとびっくりしただけ」
お互いに姿勢を正して、二人でベンチに座った。
コーラルちゃんはちょっと火照った顔でモジモジしながら聞いてくる。
「うぅ……こんな情熱的なハグができるんだったら、具合悪くないよね?
なんで倒れてたの?」
「倒れてた?」
「うん、あっちのほうに」
多分、肉体を作ってから私の魂が移りきる前に見つかって、
助けてくれたのかな。
……引きずった跡が無い。持ち上げて運んだんだ。
もしかしてこの子、結構力強い?
「きっと、疲れちゃったんだ。
ん~、そう、私遠くから来たから」
「遠くって、どこ?」
「それは……覚えてない……」
「そうなんだ」
流石に怪しまれるかなぁ。
でも、別世界から来たって言うわけにもいかない。
できることならもっと一緒にいて、貴女のことも知りたいけど、
隠し事をしてまでっていうのは、不誠実だよね。
「じゃあ、私もう行くね」
その意思を伝えて立ち上がった瞬間。
「あたし達の村来ないの?」
「え?」
「他に泊まれるとこなんてないし、
そこらへんで野宿したら動物の
「それは……」
「特に、貴女みたいな可愛い子は真っ先に狙われるし」
「!?」
え、え、コーラルちゃんみたいな子に、可愛いって言われたぁ?
「んもう、顔真っ赤っかぁ、可愛いって言われるの嬉しぃんだ?」
「うへ、だ、だってぇ……」
「ま~気持ちは分かるよぉ?
あたしも夫や娘に言われたらきゅ~ってなるし」
えぇ!?その
コーラルちゃんが特別若々しいだけなのか、それとも……
頭が追いつかないなか、コーラルちゃんが立ち上がって、
優しく肩に手を置きながら私の耳に近づいて囁いた。
「もしかしてあたしの事好きだったりする?」
「え、あ、は、はいぃ!!」
やば、つい本音が。
「そっか、嬉し♡」
「~~~!」
こ、この子、すごい……
しばらく歩いて、村の門に着く前で止まった。
コーラルちゃんが服を持ってきてくれて、
それを着てから門へと向かった。
意外なことに、検問の類は何もされなかった。
「身元も分からない余所者なのに入れてくれるの?」
「可愛いからおっけーだよ?」
「へ、へ~……」
あぁ、また言ってくれた。嬉しい……
にしても、そんな一発でこの姿は信用を得られるのか。
少し歩くと、村民達が私の目に入った。
その光景を脳で受け止めた瞬間、
私はあの子が言っていた「楽園」の意味をしかと悟った。
村民が全員一人残らず、
コーラルちゃんみたいに可愛らしい見た目だったのである。
「わ~!?なんで泣いてるの!?」
「あ、あぁ、ありがとうございます……ありがとうございます……!」
赤ちゃんをあやしていたり、複数人の幼児に何か教えてる様子から見るに、
成人に相当する年代が、なんと一桁後半くらいの見た目。
まさか、夢見ていた光景がこれほどまで鮮明に実在していたなんて。
一人ひとりを見るたびに感動が止まらない。
「みんな可愛すぎる……私の
というか、コーラルちゃんは夫いるって言ってたけど、
どこにも男性どころか男の子すら見当たらない……
「ねぇ、旦那さんはどこにいるの?」
「そこだよ?」
「えっ?」
コーラルちゃんが指さしたのは十数メートル程度離れたベンチで
本を読んでいる子だった。
そのまま私の腕を引っ張りながら近づいていった。
「ただいま!」
「おかえり……見ない顔だけど、そちらの方は?」
コーラルちゃんみたいなピンクでショートヘアなのは可愛いからいいとして。
あの、どうみても男の骨格、身体つき、声じゃないんですけど。
コーラルちゃんの友達とか姉妹って言ったほうがまだ分かるレベルで、女児。
これを男の娘だなんて言ったら間違いなく界隈にぶん殴られるレベル。
幼女様に最も近しい存在として
……あーそれとも、便宜的に夫って読んでるだけの同性だったり?
「んっとね!……あっ、そういえば名前聞いてなかったね」
名前か。せっかくだから、この姿に相応しいのにしたいな。
前世の名前はぱっとしない
鏡がないからまだ顔は見れてないけど、白っぽいセミロングなのは分かる。
「……」
「それも、覚えてないの?」
「……パール。私の名前は、パールです」
白いつやつやで思い浮かんだのは、
「無垢」という石言葉も、この姿と世界にぴったりでしょ。
「じゃあパルちゃんって呼ぶね!」
「……パールさん、初めまして。コーラルの夫のシェルです。
妻に何か変な事を言われませんでしたか?」
「ちょ、ちょっとあなたぁ、何言って――」
「この前も向かいの家の夫婦を一人ずつ口説いてただろ。
しかも僕の前で。あまりされるとちょっと不安になる」
コーラルちゃんの行為もなかなかぶっ飛んでるけど、
パートナーの前で堂々とナンパするのをちょっと不安で済ませるんだ。
「あぅ、ごめんねぇ。だってみんなの反応が可愛くてつい……
全部冗談だし、一番好きなのはあなたなんだから心配しなくていいんだよ?」
「ほんとかなぁ」
「む~……この前レストランの店員さん見ておっきくしてたのは
誰だったかなぁ~」
マジ?そうなる器官があるんだ?この見た目で、雄???
じゃあ、あの村民達の半数程度が、ついてるってこと?
とんでもないな、この村。
「それは、ごめん……」
「別にいいよ?あたしも結構エロいって思ったし!
注文のときのあの眠そうな顔と声、たまんなかった!」
「だ、だよな!」
「まぁでもぉ?一番セクシーなのはあなただけどねぇ~?」
「もぉ、よせってぇ」
コーラルちゃんが旦那の腰とかを掌でなぞりながら、イチャつき始めた。
……多分イチャついてるんだよね?それもとんでもない話題で。
こんな褒め方でも、旦那のほうも満更ではない様子。
こういう
前世では不貞とされるような行為に関しても驚くほど寛容。
家庭の形は似てるけど、家族とそれ意外への性愛の境界がかなり曖昧。
みんながお互いに多少はそういう目で見てるってこと?
だから、浮気もある程度までは愛嬌になるのかな。
まぁ、こんな天使のような子達が繋がり合ってるってだけでも
宇宙一尊いからなんだっていいか。
発生的に生物のデフォルトはメスだとか聞いたことあるし、
オスだって染色体的には半分メスみたいなもんだし、
その上こんなに可愛いなら実質ほぼ女児だよね。
男も女も結局顔と身体なんだから。
可愛さの前には全てが些事でしかない。
うん、何も問題はないな。
「村に入れてもらったのはいいんだけど、これからどうしよう?
しばらく滞在とか、できれば居住したり……
……あ、村長に挨拶とかできたりしない?」
「そ、村長?それなら、できるけど……」
「何か?」
「ううん、なんでもない!案内するね!」
またコーラルちゃんに腕を引かれるまま歩いていった。
村長がいるという建物に着いて、コーラルちゃんがドアを開ける。
「おじゃましま~す」
目に入ったのは、机で書類を整理している青髪の可愛い子。
そして、また別の灰髪の可愛い子を二人侍らせている。
あっ、二人のほうは猫耳と尻尾あるじゃん。可愛い。
獣人系の子もいるんだ。
「おぉ、コーラルか…………ん!?」
私達を一瞥してからまた書類に目を戻したかと思ったら、
私の方をガン見してきた。
「誰その可愛い子!?私の新しい妻かぁ!?」
「違いますぅ!お客さんですぅ!」
「なんだ……」
「失礼ですよ!ちゃんと挨拶してください!」
怒ってるコーラルちゃんも可愛い……
「私がこのフィグ村の長を努める、アクアだ。
私達の村へようこそ」
「ど、どうも、パールです」
「パールちゃん、改めて、私の妻になってくれないか?」
「いやです」
「おぅっ……!」
振られて嬉しそうにしてんだけど。
「これで五回連続だニャ」「ウケる」
普段からやってるんだ。
「村長は村の中でも特に可愛い子好きだから。
今は旦那さんと奥さん合わせて……何人だっけ」
「男と女が十二人ずつだな」
うわ、二十四人もいるんだ……
てか、両方いけるんだね。
「その、私結構遠いところから来て、この村や住んでる人たちの事で
聞きたい事が色々あるんですけど」
「そうか、好きなだけ聞くといい」
「ではまず……この村の人たちはどういった種族なんですか?」
「種族?そんな聞き方をされるのは初めてだな。
まぁ、強いて言うなら人間だろうが……」
この子達の自己認識は「普通の人間」だと。
少なくとも周囲に人型の種族は他にいない。
「私の知ってる人間はちょっとだけ違ってて……
あぁでも、私はこの村の人達のほうが断然好きですね」
「それは告白か?」
「いえ、今はライクです、勘違いしないでください」
「あぁ、その塵を見る目、素晴らしい……」
「パルちゃんそういう顔もできるんだ!いいね!
後であたしにもやってくれる?」
コーラルちゃんにまで褒められた。
何やってもご褒美になりそう。
「次に、異性と同性の結婚、どっちが普通なんです?」
「別に性別なんかどうでもいいよな。みんな可愛いし。
重要なのは刺さるかどうか。
以上、ただそれだけ」
「うんうん」
なるほどね。
正直、私も全員余裕で抱けるし告白されたらオッケーするわ。
それくらいみんな可愛いのは激しく同意。
じゃ、次。
「次に、男女の見分け方についてはどうすれば……」
「え?見たら分かるでしょ?」「ん?見れば分かるだろう?」
分かんないから聞いてるんだけど。
「あたしの夫なんか結構分かりやすいよ?
ぎゅっと引き締まった身体に、威風堂々な雰囲気!
すごくカッコ可愛いくてホットな「男性」じゃん!」
シェルくんは確かに知的なクール系だけど、十分可愛い全振りなんだよね。
太もも、二の腕、胸周りの僅かな揺れからしても、
引き締まっていると言うよりはぷにぷに感が印象に残る。
前世の感覚が全く当てにならんということは分かった。
じゃあ一から目を養っていくしかないのか。
「じゃ、じゃあ、頑張って鍛えるってことで……」
「実を言うと私も貴女に興味があるのだが、聞いていいか?」
「どうぞ……」
「貴女の出自について聞きたいんだ」
「それは……」
戸惑っていると、コーラルちゃんが代わりに口を開いた。
「村長、パルちゃんはここに来る前の事覚えてないんですって」
「そうか?それは難儀だな」
「い、いえ、お気になさらず……」
村長はしばらく考え込む。
「すぅ……心当たりが無いのなら、聞き流してくれ……」
「……?」
今度は、じっと見つめてきて。
「貴女は、別の世界から来たのか?」
!?!?!?
「え、あいつと同じニャ?」「びっくり」
「その顔からして、当たりでいいんだな?」
「なんで、それが……」
「まぁ、当村の戸籍に似ている子はいないし、
村の外に貴女のような美女はそうそういない。
あと、似たような者を私はもう一人知っている」
「うぇ!?」
うそ、ここにきてまたとんでもない情報。
「その子も私達が「みんな子供に見える」と言っていた。
今は南西の小さい青屋根の家に住まわせている」
「そ、そうですか、後で会いにいってみます」
「他になにかあるか?」
「えっと、さっきから気にしている
「これか?単なる長の仕事だよ。
財政やら、事業やら、魔物対策やら……ん?」
村長側の奥にあるドアが開いて、焦った子が駆け寄ってきた。
水色のツーサイドアップ。相変わらず可愛い。
「ま、また重症者です!例の凶暴化した魔物かと!」
「容態は?」
「胸から腹部にかけて切り裂かれ出血多量、
応急処置はしましたが村長の魔法が必要です!」
「分かった」
この世界、魔法あるんだ。
「心配はいらん、私だけで対処できる。
パールさんとコーラルちゃんは自分の事を優先して。
二人はできる範囲でそれの処理を頼む」
「ニャ」「ん」
村長のパートナー二人は短く鳴いて返事をして、
そのまま書類を引き継ぐ。
「そ、それでは……」
「パルちゃん、ついていっていい?」
「いいけど……会うのは私だけにしてもらっていい?」
「うん!」
こうして、私達はもう一人の転生者がいるらしい家に向かった。
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