8:本当の話2

 レゾと食事をするのも楽しい。空いた時間に魔石の研究をしたり、加工をするのも楽しい。

 でも、やっぱり気になることがあるとどこか上の空になるものなのかもしれない。

 魔石に魔力を込めて、少しずつ削っていく。いつもなら、魔石になにも入っていないことを確認するのだけれど……。


「Fe wnaethoch chi fy nghloi mewn carreg, na wnaethoch chi?」


 魔石に魔力を込めてから、違和感に気付いた時にはもう遅かった。魔石の中から飛び出してきた妖精は酷く怒りながらこちらへ怒りを向けてきているようだった。

 小さな小さな手のひらほどの大きさの妖精は全身灰色の毛むくじゃらで埃まみれのぬいぐるみみたいだった。鋭い牙と爪を除けばだけど……。

 いつもは小さな屑石ばかり使っていたから、油断していたこともある。レゾが仕入れてくれる石は高純度なものでしっかりしたチェックをしなければいけないということを……。


「Bastard anghwrtais sydd ddim yn ateb!」


 何を言ってるのかはさっぱりわからないけれど、つり上がった目と剥き出しになっている牙からは怒っている様子がありありとわかる。

 とにかく、落ち着かせなきゃ……。


――わたしは視るRwy'n syllu.暗く蠢Y ffigwr tywyll, く闇の姿を。writhing o dywyllwch.

――わたしは識るRwy'n meithrin gwybodaeth.脈動の在処を。Gwybod ble mae curiad eich calon.


 レゾに魔法は習っているおかげか、呪文を心の中で唱えることは出来た。部屋の影から菫色のドレスを纏った闇色の肌をした妖精たちが数人現れて、わたしの近くで舞ながら歌っている。

 何人かは怒っている獣の妖精に話しかけているようだった。


――わたしは示すi ddangosその獣を閉じ込める影をMae'r cysgod yn cewyll y bwystfil cynddeiriog.

――わたしは命じるRwy'n gorchymyn i chi宵闇のhyddhewch y cadwyni檻からRhyddhewch y cadwyni o'r cawell鎖を放て。 a wnaed yn nhywyllwch y nos.


 影の妖精たちが笑い声をあげると、わたしの足下にあった影が飛び出してくる。鎖の形に変化した影は獣の妖精をあっというまにしばりあげてしまった。

 怒った獣の妖精が体を捩ったりねじったりしているけれど、動けないようで少しホッとする。でも、ここからどうしよう……。

 闇の妖精たちは飽きてしまったのか、それとも役目を終えたからかわたしの目には見えなくなってしまっている。

 魔法を解くわけにもいかない。だって牙を剥いて怒っている妖精の怒りが鎮まったわけではないから。大声を出そうにも、鎖の維持が精一杯で汗が滲んでいる中でそんなことをしたら魔法が解けてしまいそう。


「どうしよう」


 じりじりと自分の体力が削られていくのを実感しながら迷っていると、開いている窓から竜胆ゲンティウス蛇目花トケイソウの妖精たちがわたしの様子を見に帰ってきてくれたみたいだった。

 わたしを見るなり驚いたように目を見開いた妖精たちは、部屋から飛び出していってしまう。

 どうしよう……あの二人がレゾかポリーリャを呼んできてくれればいいのだけれど……。

 額に汗が浮き上がっているのがわかる。いつまで耐えればいいんだろう。走ったときのように呼吸も徐々に苦しくなってくる。


「籠の鳥……!」


 扉の開く音と、それから焦った表情を浮かべたレゾの顔。菫色に光る髪がゆらゆらと燃えていて今日も綺麗だなぁなんて思いながら、わたしは目を閉じた。

 次に目を開いたときに映ったのは、開け放たれた窓から覗く銀の月。夜風が頬にあたって気持ちいいななんて思いながら、横へ目を向けるとわたしをじっと見つめているレゾに気が付いた。


「すまない。オレがしっかり魔石の管理をすべきだった」


 吸い込まれそうなくらい綺麗な目は、伏せられて長い睫毛がよく目立つ。


「あの、わたしもぼうっとしていたので」


「あんたが、最近いろいろと上の空だってのには気が付いていた。でも、気にしないふりをしていた」


 手の甲で頬を撫でられる。鋭い彼の指先がわたしの頬を傷付かないようにって気遣ってくれているのをわたしはちゃんと気が付いている。

 そういう些細なことのひとつひとつがうれしくて、本当は秘密にされていることくらいどうでもいいって頭ではしっかり思っているのに。


「一人で、いろいろと悩ませて本当に悪いと思っている」


 どう返せばいいのか分からない中、レゾはわたしに頭を下げた。暗い部屋の中で、わたしが作ったランプとレゾの菫色の髪がぼんやりと光っている。


「明日、あんたが起きたらちゃんと全部話すよ。だから……今夜はもう眠るといい。疲れているはずだから」


 何か話そうとしたけれど、彼がそういうのと同時に強い眠気が襲ってきた。黒い肌の妖精たちが部屋を飛び回り、わたしのまわりで何かを囁いているけれど、残念ながらその言葉はわからない。おやすみって言いたいのかな。


「本当にごめん」


 レゾがそう言って、わたしの枕元にある椅子から立ち上がって部屋から出て行こうとする背中が見える。

 その背中に「行かないで」と言いたかったけれど、口は動かなかった。まるで体も意識も泥になってしまったみたいに重くて鈍い気がする。

 温かい布団と花の良い香りに包まれてわたしの瞼は勝手に閉じてしまった。


 寝てばかりの一日だったな……と目を開く。体を起こして伸びをしようとして、ここが知っている場所ではないことに気が付いた。

 漆喰の白い壁、燻されたような薬草の香りが漂っている天井の高い部屋。いつもより少し硬いベッドの上で……服は着替えてはいないし、わたしは裸足のままだった。

 ここはどこなんだろう?

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