7:本当の話1

「結び目……ってなんのことなんだろう……」


 独り言が漏れる。

 レゾに名前を付けてから数日、わたしはずっと悩んでいた。

 夜の来訪者に言われた「結び目」がなんなのかわかれば、きっともっとレゾの役に立てるかもしれないのに。

 ポリーリャに聞いてみようとするけれど、聞くタイミングを逃し続けている。レゾ本人に聞いても、なんだかはぐらかされてしまうような気がして聞く勇気が持てずにいる。


「あらあら、思ったよりも可愛い方が奥様になっていたのね」


 ぎょろっとした大きな青い瞳がまず目に入り、それから灰色がかった白い肌と大きな鷲鼻が目に入る。わたしの腰程までの高さ背丈がない彼女が立ち止まった。


「お初にお目にかかります。アタシはこの屋敷で縫い物仕事をしているミレンドラと申します」


 うやうやしくお辞儀をすると、太陽の光に当てられて銀色の髪が鈍く光る。どう見ても人では無いようだけれど、なんで言葉が通じるんだろう? と自分の腕輪アミュレットへ目を向ける。


「ふふ……アタシはあの人、ええっとポリーリャと同じで人の仔と同じ言葉を話すのさ」


 そんなわたしの心を読んだかのようにミレンドラはそういって笑った。大きなぎょろっとした目が細められて優しい光が宿る。


「アタシたちみたいなやつらで、ヒトの言葉を話せないやつらは多いからね。その感覚は間違ってないよっと、いけないいけない。こんな乱暴な言葉遣いをしたらご主人様に怒られちまう」


 彼女は、運んでいたであろう二輪車の持ち手に寄りかかる。どうやら、二輪車の上に乗せている木の枝で織られた籠を運んでいたらしい。籠の中には、先日ポリーリャが運んでいたものと同じ淡く光る布地が入っている。


「あの、そんなに畏まらなくて大丈夫よ。ミレンドラの話しやすいようにして」


 下町にいる女主人のような話し方をする自分に気が付いたのだろう。慌てて自分の口元を押さえるミレンドラの様子を愉快に思いながら、わたしはそういった。


「そりゃあよかった。ご主人様に怒られるのはアタシも怖いからねぇ」


「その代わりと言ってはなんだけど……」


 わたしの言葉に笑顔のままこちらを向いたミレンドラの耳元へ、わたしは顔を近付けた。


ってなんのことかしら? 糸とかじゃなくて、あなたたち隣人が誰か好きな人と作るものらしいのだけれど」


「もしかして、あの悪霊蜘蛛の女王フィーンドアラネウスのバカ息子から聞いたのかい?」


 大きなぎょろっと目を見開いたミレンドラだったけれど、彼女はすぐに眉を寄せて目を細めた。嬉しいとかではなく嫌悪とかそういったような気持ちからだろうけれど。誰が言ったのかまで当てられると思わなくてというのと、レゾを翻弄するほど強い来訪者のことを「バカ息子」呼ばわりするミレンドラに驚いて、思わず聞きたかったことが引っ込んでしまう。


「そ、そうだけど……」


「まったく! あの子は昔からせっかちなところがいけないよ」


「あの人? と知り合いなの?」


悪霊蜘蛛の女王フィーンドアラネウスとは仕事仲間なのさ。だからちょっとね。それはそれとして、結びの話だね」


「う、うん」


 悪霊蜘蛛の女王なんて人と仕事仲間なんてどういうことだろうとか、色々気になることはあるけれど、ミレンドラは横道に逸れそうになったわたしの話を軌道修正してくれた。


「そうだねぇ、教えてあげるけれど一つ取引と行こうじゃないか」


 にっこりと笑ったミレンドラはそう言った。


「取引って?」


「奥様のドレスを作るためにしっかりと採寸をさせておくれ」


「それなら、うん。お願い」


 なんだ、そんなことなら……とわたしは彼女の提案を素直に受け取った。取引なんていうから身構えてしまったけれど、採寸はいつか必要なことだったと思うし、ドレスを仕立ててもらうなんてあまりない経験だったからうれしくもある。


「奥様、あんたがいい娘だから一つだけいいことを教えてあげる。アタシたちみたいなやつら妖精になにかをお願いするときはね、タダでやったらいけないよ。必ず対価の取引をするんだ」


 ミレンドラが声色を少し落としてまじめな表情を浮かべてそう述べた。どういうことなのかわからずに首を傾げる。


「あんたたちの言葉でいうってのはね、悪いやつじゃないけどイタズラが好きなんだ。そのくせ、加減を知らないのさ」


 ミレンドラの「悪いやつじゃないけどイタズラが好き」という言葉を聞いて、来訪者のことを思い出す。わたしは怖かったし、どこかへ攫われそうになったことも不安だったけれど、彼がレゾに見つけられたときの態度はまるでいたずらを見つけられた子供のようだった。


「気をつけないと、あんたの大切なものをズタズタにされちまうよ」


「ありがとう」


 ミレンドラの忠告に頷くと、彼女はにっこりと笑ってわたしの手を取った。そっと手を引かれたのでしゃがみ込むと、ミレンドラはわたしの耳元に口を寄せた。


「結びってのはね、自分の呪いも祝福も感情も命も全てを共有することさ」


「え?」


 驚いている間に、わたしは大きな布に体を包まれる。ミレンドラはどこからか取りだしたペンでわたしを包んだ布に印を手早く付けると、にっこりと笑いながら言葉を続けた。


「魔法使いたちは使い魔ファミリアだとか、契約妖精サーバントなんていうけどね。全てを共有し、一つの存在になるのがってやつなのさ」


 使い魔ファミリアというのは聞いたことがあるけれど……それって強い魔法が使えるようになるくらいのことだと思っていた。

 だから、レゾは「結びが出来ればもっと魔法が使えるようになる」って言ったのね。それでも……もう一つの疑問は解決しない。


「採寸は終わったわ。んじゃあ、奥様、またね」


 呆気にとられているわたしを置いて、ミレンドラは二輪車を押しながら屋敷の方へと去って行った。

 わたしがレゾから奪っているものってなんだろう……。

 心当たりがあるとすれば、わたしの家に与えたっていう加護のことだろうか。妖精の加護……自分の魔力を削っているのかな? だから本来の力が出せないの?

 そこまでして、なんでわたしのことを妻にしたんだろう?

 レゾが、彼はわたしのことを大切にしてくれるのはわかるけれど、理由が思い当たらなかった。

 わたしは特別美人ってわけではないし、それに魔法だってここに来るまでは全然使いこなせなかった。

 魔力が有り余っているのなら、レゾが結びを作ることに躊躇なんてしないはずだし。


 一人で考えていても仕方がないのかもしれない

 気が付いたら、テーブルの上の紅茶はすっかりと冷えていた。

 屋敷へ戻ろう……と立ち上がると、屋敷の方から竜胆ゲンティウス蛇目花トケイソウの妖精たちがわたしを迎えに来たようだった。


「お迎えありがとう」


 そう述べて、わたしは二人と共に屋敷へ戻る。

 中庭にはぽつりぽつりと妖精たちの放つ光が増え始めている。わたしが妖精だったら、彼はもっと色々とわたしに話してくれたんだろうか。人間だから、言えないことが多いのかもしれない……なんて考えながら、わたしと花の妖精二人は屋敷へと戻った。

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