4:夜の来訪者1

 わたしは視るRwy'n syllu.暗く蠢Y ffigwr tywyll, く闇の姿を。writhing o dywyllwch.

 わたしは識るRwy'n meithrin gwybodaeth.脈動の在処を。Gwybod ble mae curiad eich calon.

 わたしは示すi ddangos鋭い刃で貫く場所を。Mae lle i dyllu gyda llafn miniog.

 わたしは命じるRwy'n gorchymyn i chi宵闇のhyddhewch y cadwyni檻からRhyddhewch y cadwyni o'r cawell鎖を放て。 a wnaed yn nhywyllwch y nos.


 彼に言われたとおりに言葉を念じたと同時に、心臓が早鐘が鳴るように響いている。

 左肩に手を添えてくれている彼から流れ込んでくる熱を持った見えないものが、左腕から胸の辺りを通り抜け、前に差し出している右手の指先から放たれたのがわかる。

 闇を凝縮させたような色彩は、指先から離れると鎖の形に変化した。それから、たわみながら数歩離れたところにある庭園に植えられている一本の木の幹に巻き付いた。

 大人二人分はあるでありそうなオークの樹の幹を締め上げた闇色の鎖はそのまま締める力を緩めない。ミシミシという音を立てながら立派だった木はそのまま鎖が巻き付いている箇所から折れてしまった。

 手が震える。呼吸がうまく出来なくて、ハッハと犬のように短く息を吐く。

 足腰に力が入らなくて、その場にへたりこみそうになったわたしの身体を長くてしっかりとした腕が支えてくれた。

 薄い菫色がかった白い肌は、彼がヒトとは違う存在であることの特徴の一つだ。


「ありがとう……ございます」


 顔を上げれば、白目の部分がわたしたちと違って真っ黒な瞳の彼と目が合う。わたしと似ているけれども、わたしよりもさらに鮮やかな金色をした虹彩は、じっとこちらを見つめている。


「疲れたか?」


 長い指がひらりと動き、鋭く尖った爪がわたしの鼻先を掠めていく。そのまま手の甲でレゾはわたしの頬を撫でた。ひんやりとしている彼の手は、上気しているわたしの今の肌には少しだけ心地よい。


を行えば、もう少しうまくやれる気はするが」


「結び……?」


「いや、独り言だ。あんたは気にしなくていい」


 詳しいことを聞きたかったけれど、彼は話したくないのか話を濁して視線を倒れた樹の方へ向けた。

 彼はとても優しいけれど、それでもなんでわたしなんかを妻に迎えたのかわからない。それに、教えてくれないこともたくさんある。例えば、彼をなんて呼べば良いのかとか……。

 夜闇の主、影喰らいと彼は名乗ったけれど、名前としてとても呼びにくいし、他者からの称号だとか肩書きのようなものなのに……。ポリーリャは個人名があるみたいだから、妖精たちに名前がないなんてことはないと思うのだけれど……。

 何かの役に立つから置いているだけで、わたしのことを好いてくれている訳ではないのかもしれないと考えてから、彼の手を握り返した。


「そういえば、倒してしまった木は……」


「樹のことなら気にするな。ポリーリャが手入れしておいてくれる」


 気持ちを切り替えたくて、少し無理をして話を続けるためにわたしは口を開く。

 魔法……優秀な姉ですらこんな威力の魔法は放てない。ものを破壊するだとか、大きな火の玉を放つだとかそういう神話の世界に出てくる魔法使いみたいな魔法は、耳長族ですら使えないと言われているこの世界で、わたしが今放った魔法は間違いなく異常なものだった。

 魔法と言えば、数十人がかりで水の魔法を使って生活を整備するだとか、数百人のヒトの魔法使いが集まってようやく灼熱の火の玉を放てるなんてことがこの世界での常識なのに。


「わたしが、樹を倒すような威力の高い魔法を放てるだなんて……。学院でも魔法の才能はないって言われたのに」


「籠の鳥、あんたの魔法はヒトの仔にとって扱いが難しいものなんだ。それに、祝福を得た身体なら……慣れれば耳長族より上手く魔法を使える」


 彼が、呪われて黒く染まったわたしの髪を「祝福」と呼ぶことは、一緒に暮らし始めてすぐに気が付いた。

 たったそれだけのことでずっと忌々しいと思っていた髪が、少しだけ好きになれた気すらした。


「わたしの魔法っていうのは、暗闇とか影を集める魔法のことですか?」


「集めるだけじゃない。慣れればもっと動かせるはずだ」


 顔を見るときに少し首が痛くなるくらい彼の背は大きいし、前髪だけ真っ黒で炎みたいに暗い菫色の髪色は少し光ながら炎の様にいつでも揺らめいている。

 彼が目を細めて、少し嬉しそうな表情を浮かべるとわたしまで嬉しくなってしまう。


「そうだといいんですけど」


 ヒトであるわたしが、耳長族よりも魔法を使えるなんてこと、それこそお伽噺みたいなことじゃないかなって思うけれど、せっかく褒めてくれているのだから強く否定はしないことにした。

 そのまま会話をしながら、わたしたちは屋敷へ戻る。

 ヒトではない彼だけれど、ここにいるのは家にいたことよりもずっとずっと居心地がいい。だから、彼の機嫌を損ねてここから追い出されたくはなかった。それだけじゃなくて、彼がとても優しいから少しでも悲しませるのが嫌というのもあるのだけれど。


「あ、ポリーリャ?」


 屋敷へ戻る途中、ポリーリャが裏庭にある塔から出てくるのが見えて立ち止まる。

 両手に持っているのはたくさんの布のようだった。


「ご主人様、それに奥様も。仲がよろしいことでなによりですなぁ」


 とてもきめ細かい生地の布は、太陽の光が当たっているからかきらきらと表面が光っているように見える。

 妖精の手に掛かるとなんでも光るものなのかしら?

 今、自分が着ている服や、彼の光る髪を見てそんなことを思っていると、普段は閉まっている塔の扉が音を立てて閉じた。


「扉の向こうに誰かが……」


「ああ、ミレンドラってやつがいるんでさぁ。織物や裁縫が得意なんで時々、服を作ってもらっているんです」


 とても小さな方のように見えたから、彼女も妖精なんだろうか。いつか会って話せたらいいのにな。でも、彼女はポリーリャみたいに言葉が通じるのかな?

 色々考えている間に、彼はポリーリャに倒した樹木の処理について話をしたようだった。

 あとでなんとかしておきますと答えたポリーリャは、大きな布の塊を抱えたまま庭のどこかへ歩いて行ってしまった。


「あの布は魔法で運ばないんですか?」


「あいつのが織った布だ。少しでも触れておきたいんだろう」


「まぁ! そういうことなんですね」


 ポリーリャとミレンドラという方がそういう関係だとは思っていなかったので、予想外の甘酸っぱい話に驚きながら納得をする。

 そうか、妖精だって好きだったり大切な相手に思うことはヒトと変わらないのね。

 考えてみれば、当たり前の話なのだけれど、それでも今一緒に過ごしている存在がまったくわけのわからない存在というわけではないと知って嬉しかったし、ホッとした。


「籠の鳥、あんたに見てほしいものがある」


「え?」


「こっちだ」


 そう言われて、彼に手を引かれて屋敷へと戻る。

 広間の階段を上り、光沢を放つ真珠色の扉の自室を通り過ぎて、彼は立ち止まった。

 扉の縁には茨のような蔓が彫られている明るい色の扉がいつのまにかわたしの部屋の隣に現れていた。どういう仕組みなんだろうと不思議に思っていると、彼が長い指でそっとドアノブを握って扉を開く。


「わあ……すごい」


 漆黒に塗られた作業台、座り心地の良さそうな椅子に、工具の入れられた棚……。部屋には幾つもの棚や書籍があり、わたしが生家から持ってきた魔石の加工道具やクズ石のコレクションが一緒に並べられていた。


「勝手に作ったが……気に入ったか? 気に入らない装飾はあんた好みに直すから言ってくれ」


「いえ、すごく素敵です。それに……」


 天井から吊るされている三日月や星の形に整えられた青い石は周囲がほんのりと光っている。これはわたしが作った魔石ランプと同じ仕組みを使ったものだとすぐにわかった。


「これ、わたしの魔法と同じですね。作ってくれたんですか?」


「……オレの魔力を込めて作った。あんたのランプが綺麗だったから」


「ありがとうございます」


 ずっと両親には魔石を加工する趣味を認めて貰えなかった。

 学院でも、わたしのランプを褒めてくれたのは一人の先生だけで、取り回しの効きにくいわたしの魔法なんて誰も認めてくれなかった。

 姉様も兄様もわたしがなにをしているか以前に、わたしのことすら知らなかった。だから、こうしてわたしのことを見てくれて、わたしがしていることを真似してくれる彼の気持ちがとてもうれしい。


「ここに来て本当によかった」


 彼が困った表情を浮かべているから、どうしたんだろうと思ってから自分の頬を涙が伝っていることに気が付く。

 すっと人差し指で涙を拭ってくれてから、彼がわたしの目の前に跪いて下から顔を覗き込んでくれた。

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