第12話 凄惨な過去

「恐らく、母親が出て行ったと同時に咲苗は父親から性的虐待を受けている」

「え?」

「マジですか?」

「事実だ」


 二人はお互いに顔を見合わせてから私を見つめ頷いた。彼女達から、信じられない事実に正面から向き合おうという決意が感じられた。


「その後、咲苗は父親の命令で客を取らされたんだ。小学6年生のコールガールが誕生したんだよ」


 二人は唖然としているが私は話を続けた。


「咲苗は中学に入ってからも週末には必ず客を取らされた。父親からは毎日のように犯された。家事も全て彼女がこなしていた。どんな生活だったのか想像もできない」


 首を横に振りながら明奈が呟く。


「そう……だね。私も家事全部やってたけど、おばあちゃんは優しかったから」


 心愛が小さく頷いてから呟く。


「私も随分殴られたけど、エッチな事からは母が守ってくれてたんだと思う。もう、咲苗の親父が信じられねえぜ」

「そうだな。あの父は避妊具など使用しなかったから、咲苗は8回も妊娠して中絶している」

「マジかよ。本当に最低だな」

「ああ。それでも生来真面目な咲苗は学校での成績は良い方だったので、ちゃんと公立の高校へと進学できたんだ。しかし、そこで問題が起こった」

「虐めですか?」


 私は明奈の質問に無言で頷いた。そして話を続ける。


「咲苗の画像が流出したんだ。父ではない男とホテルへ入る画像や、実際に性行為をしている最中の動画がな。それが同級生にバレた。程なくいじめグループは咲苗をターゲットにした。最初はトイレで裸にさせたり自慰行為をさせたりしてたのだが、次第にエスカレートしていったのは当然だろうな」


 私の言葉に深く頷いた心愛だ。


「酷えな。グループでセックスに狂乱してたってのはやっぱり嘘だったんだな」

「もちろんだ。全て強制性交、レイプだよ。ある日の放課後、十数名が集まった教室で咲苗のレイプ撮影会が行われた。咲苗とセックスできないあぶれた者がその場にいた女子生徒をレイプしたんだ。被害者は咲苗を含めて6名だった。この事件は学校側の知るところとなった。もちろん、いじめに加担した生徒の殆どが退学などの重い処分を受けた。咲苗は被害者だったため処分は無かったのだが、精神的な負担が大きく不登校となった」


 顔面が蒼白になった明奈が質問してくる。


「それで咲苗さんは? 心が壊れたりしなかったの?」

「いや、壊れた。咲苗は重度の鬱を発症したのだが、父の性的虐待は収まらなかった。学校や児童相談所は咲苗を心療内科へ入院させようと計画していたが父親はそれを拒否し彼女を監禁した。自宅から抜けだした咲苗は、深夜に橋の欄干から飛び降りようとしていたところを保護されたんだ」


 保護したのは私とマダムだ。心が壊れてしまい自分自身への怨嗟に染まっていた咲苗の心を喰ったのは私。そして、咲苗を追いかけて来た鬼畜の父親を喰ったのはマダムだった。


「咲苗は無事に入院できたのだが、その強烈な体験のせいで記憶が混乱している。本人は何があったのかよく覚えていない」


 時にはこういった方便も有効であろう。咲苗の記憶を食ってしまった事を正直に話すわけにはいかない。


「そっか。酷い話だったけど、最後は咲苗が助かったって事だろ? そこは祝福していいのか?」

「ああ。でも咲苗には黙っていて欲しい」

「わかった」

「咲苗ちゃん辛かったね。でも今は私達がいるからね。大丈夫だからね。うえええーん」


 未成年者には刺激が強すぎる体験談だったのだろう。明奈は泣きだしてしまった。


「ところで咲苗の親父はどうなったんだ? 咲苗は入院したから父殺しなんてできないよな」

「もちろんだ。あの鬼畜親父は数日後に水死体で発見された。ダム湖の方まで徘徊し転落したらしい。詳しいことはわからないがそれで決着した。入院中の咲苗が父親を殺す事など不可能だ」

「だよなあ。咲苗には同情するしかないけど、問題はそこじゃない。誰が咲苗にこんな意地をしたかって事だ」

「ぐすん。そうだね。普通はデブとかブタとかブスとかの悪口なのに、何であんなひどい事が言えるんだろ?」

「デブとかブタって言われるのは明奈だけだぞ。あたしならメスゴリラかもだけど、咲苗は正真正銘のスリム美女だから容姿でディスられることはない」

「私ならチビで貧乳だ……」


 この一言で明奈と心愛が固まってしまった。自虐的ギャグのつもりだったのだが滑ったかもしれない。


「い……いや、リリィは今がメチャ可愛いから……」

「身長だって伸びるし、胸もきっと大きくなるよ。大丈夫だよ」


 いつも投げかけられる同情の言葉だ。しかし、私の本性は悪魔であり身長も百年以上このまま……とはとても言えなかった。


「き……気まずくなったのは明奈のせいだぞ。お前が脱線させたんだ」

「その通りです。ごめんなさい」

「話を戻そう。誰がやったのかだ。そしてもう一つは咲苗をどうやって守るか。その算段が大事だろ?」

「そうね、そうよね。でも何か心当たりはあるの?」


 心愛と明奈に見つめられるのだが、当然、全く見当はつかない。


「今のところ何もわからない。生徒の仕業なのか、それとも教職員か学園関係者の誰かなのか、学園外の部外者なのか」

「ああ、そうか。先生とか事務の人とか部外者の可能性もあるのか。虐めるのは生徒だけかと思っていた」

「その通りだ。一般的ないじめのような、生徒の仕業というのも考えにくい。むしろ、咲苗に対する私怨が強い気がする。つまり、咲苗の父親の親族や、咲苗を虐めて処分された生徒の関係者か」

「なるほど……でも、そんなのはあたしたちじゃあ分からないよな。さあ学年ナンバーワンの成績優秀な明奈さん。解答をどうぞ」

「私に振らないでよ。でも、普通の苛めじゃなくて私怨なら、咲苗さんがまた入院するくらい虐めるんじゃないかな。できれば自殺に追い込みたいとか?」

「そうかも? でもさ、今時は虐めもSNSが中心じゃねえの?」

「そうですね。ネット上での虐めを防止するのが先決です」

「とりあえず、リリィと咲苗の電話番号とメアドとLINEか? 次はX?」

「そうね。リリィさんの電話番号とか教えてください」


 そう来たか。


「残念だが、私はスマホなど持っていないのだ。咲苗も持っていない」

「え? 本当に?」

「マジで??」

「マジ。私は何故かITと相性が悪いし、咲苗も携帯電話を持たされていなかった。ついでに言うなら、携帯電話は何か悪いモノを連れてくる禍々しい機器だと思っているようだな」


 ぽかんと口を開けて私を見つめる二人である。まあ、今時スマホを持ってない女子高生などいないだろうから、この反応は当然かもしれない。

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