第13話 IT音痴と養護教師
私と咲苗がスマホを持っていないという事実を知り、明奈はしきりに頷いていた。
「なるほど。リリィちゃんも咲苗ちゃんもスマホ持ってないからSNSで虐めらる事が出来なかった。それで学園の黒板に悪口を書いたんだ」
「おお、さすが優等生の明奈だな。普通はラインでグループに入ったりするけど、そういうの一切なかったもんな。煽ろうと思って検索しまくったけど、XにもFブックにもアカウントが無かったんだ」
「そうなのか?」
私の言葉に明奈と心愛が頷いていた。
「ネット上でどれだけ悪口が書かれていても、私にとってはニューヨークの便所に書かれた落書きみたいなものだ」
「つ……強い。リリィちゃん、強すぎるわ」
「そうだな。しかし、その落ち着いた物言い。リリィ……本当は何歳なんだ?」
「ダメだよ、心愛ちゃん。リリィちゃんは私達と同じ17歳です。でも、私のおばあちゃんよりしっかりしてる気はするけど……」
二人にじっとりと見つめられた。違和感があるのは間違いないだろうが、ここはどう誤魔化せばいいのか。
「私は咲苗と同じ17歳だ。そういう設定なのだから一々突っ込むな」
「わかったぜ」
「はい、わかりました」
マジ?? 17歳の設定が通じてしまった。ここはこのまま押し通すしかあるまい。とりあえず、話題を逸らしてしまおう。
「ところで明奈。昨日はどうだった? 祖母が大変だったのではないのか?」
「ああ、その件ですね。実は、おばあちゃんが転んで大けがをしたって連絡があったんです。学園を出てからまた連絡が入って、救急車で搬送されたから病院の方へ来てくれって言われたので病院に行ったんです」
「うん」
「そしたら、おばあちゃんはピンピンしてました」
「え?」
「簡単に言うと、転んで額を切ったので出血が酷かったそうです。でもそれだけ。切った所はもう縫合されてて、骨折とかも無くて、私が行った時にはベッドに座ってTV見てました」
「それは良かったな。心配しただろう?」
「はい。救急車で搬送されたって聞いただけで、胸がキューっと苦しくなって、心臓が止まっちゃうかと思いました」
「でも、大事無くて良かったよ。結局入院は無し。あたしの親父に車出してもらって夕方には家に帰れた」
「明奈、良かったな」
「うん!」
元気いっぱいに返事をする明奈である。これは、上手く話題を逸らせたようだ。丁度その時、保健室の引き戸が開いて養護教員の一の宮が戻って来た。
「御門さんはどう?」
「眠っています」
「そう。このまま眠らせておきましょうか。じゃあ、フリッツさんは付き添いをお願いね。他の二人は教室に戻って。次の授業が始まります」
「はい」
「わっかりました!」
心愛と明奈の二人が保健室から出て行った。扉が閉まった事を確認した一の宮は自分のデスクの椅子に座ってから私に向かって手招きをした。
私は無言で頷いてから、デスク横の丸椅子に腰かけた。
「コーヒー飲む? インスタントだけど」
一の宮はマグカップカップ二つとインスタントコーヒーのビンを戸棚から出しデスクの上に並べた。そして私の返事を聞かずにマグカップへインスタントコーヒーの粉を入れるのだが、内側の紙に穴をあけたビンを揺すっていたのだ。
「先生。スプーンを使わないのですか?」
「こんなの目分量で十分」
そういう事らしい。
「私はブラックだけど、お砂糖とミルクはいる?」
「はい」
「ミルクあったかな?」
一之宮はデスク脇の小型冷蔵庫の扉を開ける。
「あれ? ミルク切らしてる。ごめんね」
それは残念だ。
「じゃあ、お砂糖は幾つ?」
可愛らしい透明なポットを指さす。そこにはよくある角砂糖がたっぷり入っていた。
「三つ……いえ、二つでいいです」
「甘いのが好きなの? 遠慮しなくてもいいわよ。本当は五つくらい入れたいんでしょ?」
図星を指されてしまった。私は苦いコーヒーが苦手なのだ。
「じゃあ五つでお願いします」
「そうだと思った。コーヒーも少なめにしてあるよ」
「はい」
角砂糖五つ……私にはその位の甘さが必要なのだ。コーヒーは苦いからな。
「はいどうぞ。きっと美味しいわよ」
「ありがとうございます」
私は可愛らしいイラストが描かれたマグカップをしばし見つめた。メイド姿をした二人の少女のイラストだ。
「それ、可愛いでしょ?」
「はい」
「何のアニメか知ってる?」
「いいえ、わかりません」
それはそうだ。私はほとんどTVを見ないし、漫画を読んだりラノベを読んだりする習慣もない。超メジャー作品のキャラであればどうにか判別できるのだが、多くの作品はその他大勢でしかない。
「これはね、暗黒先生の処女作がアニメ化された時の記念品なの。超レアグッズなのよ」
暗黒先生って誰だ?
私の疑問に一切配慮しない一の宮は嬉しそうに話を続ける。
「ええ。
「アンドロイド?」
「そう。近未来設定なので、人間そっくりのアンドロイドが制作されているのよ」
私は軽く頷いてからコーヒーを口に含む。独特の香りと甘みが口の中に広がっていく。やはり、角砂糖は最低五個必要だと思う。
「でもね、アンドロイドだけど精神封入型? 人間で言えば霊体がその中核なのよ」
「霊体ですか?」
「そう、霊体。だから、この二人もアンドロイドなんだけど、人間と同じ思考をするし、反応も人間と同じなのよ」
それならば、私が食する事が出来るのかもしれない。アンドロイドの心など美味いのか不味いのか想像もつかないが。
「ところでリリィさん。あの、咲苗さんの話が本当かどうかはともかく、絶対内密にしておいてくださいね」
「わかっています」
「よろしい。彼女の事は私に任せておいて」
「はい」
何と頼もしい教師だろうか。この信頼感はマダムに通じるのだが、そこに幾許かの不信感も同居していたのだ。
いただき女子のリリィちゃん【長編版】 暗黒星雲 @darknebula
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