第11話 咲苗の事情
咲苗の家庭環境は最悪だった。彼女が小学6年生の時に両親が離婚したのだが、同時に咲苗は性的な虐待を受けていたのだ。実の父親から。
黒板には咲苗の悪口がびっしりと書き込まれていた。
◇◇◇◇◇
高校へと進学してからもコールガールの咲苗は人気絶頂だった。しかし、彼女の売春行為を知ったクラスメイトが彼女と性的関係を持つようになった。学内でのヌード撮影や性行為、集団乱交、ハメ撮りなどのAV撮影、ありとあらゆる性行為が繰り返され、彼女とその取り巻きはその行為に狂乱し耽溺した。それらの行為は学校側の知るところとなり、彼女は退学処分となる。
咲苗はその処分を父親の責任だと逆恨みした挙句、実の父親を手にかけた。父はダム湖で水死体として発見されたのだが、証拠不十分で事故死とされた。殺人者の咲苗は今も堂々と学園に通っている。
尚、転入時に咲苗が説明した腎臓の病気は方便であり、実際は性病の治療に相応の期間を要しただけである。
このような淫売、人殺しの売女が我が伝統ある聖アトロポス学園に転入してきたのはどう考えても理不尽である。
我ら裏風紀委員会は御門咲苗の即刻退学を要求する。
◇◇◇◇◇
酷いデマだ。一部事実は含まれているが、咲苗は被害者でしかない。
幸いにも早い時間帯だったので、この板書を見た人物はほとんどいない。これを見たのは奇跡的に早起きした私といつも早めに登校している明奈と心愛の三名だった。偶然だったのだが、咲苗はトイレに入っていたので黒板は見ていない。明奈と心愛の反応は早かった。
明奈は直ぐに証拠保全の写真を撮ってから職員室へと走った。心愛は入り口を施錠して立ち入り禁止とし、トイレから出て来た咲苗を足止めした。私は彼女を連れて保健室へと向かった。幸いにも保健室は私達の教室のすぐ下だったので、私でも迷わず辿り着く事が出来たのだ。
私は手早く養護教員の一の宮に事情を説明した。咲苗の悪口が書かれていると。
「なるほど。御門咲苗さんでよかった? 大丈夫かな?」
「大丈夫です。私は見てないので」
「わかった。ベッドで横になっててもいいわよ。私も現場を確認したいから少し離れるね。リリィ・フリッツさん。御門さんをお願い」
「わかりました」
養護教員の一の宮が席を立って廊下へ出て行く。見た目はヨーロッパ系の外国人なのだが日本の姓……という事は国際結婚している……いや、下らない事を考えている場合ではない。
私は咲苗をベッドに座らせてから彼女の傍に座った。
「何があったんですか? いきなり教室に入るなって言われちゃって」
「黒板に咲苗の悪口が書いてあったんだ。びっしりと」
「どんな悪口ですか? 不細工とか貧乳とか?」
「貧乳なら私の事になるぞ。咲苗の胸はちゃんと膨らんでいる美乳ではないか」
「ごめんなさい。で、何て書いてあったんですか?」
「言い難いんだが、咲苗が虐められていた件についてだ」
「ああ、そうか。私、いじめの事とかあんまり覚えてないんですよね」
「うん」
それはそうだ。彼女の記憶を喰ったのは私なのだから。もちろん、全部食べる訳にはいかないので食い残しはある。うっすらと何か覚えているのは確実なのだが。
「これも虐めですよね」
「そう思う」
「何でこんなひどい事をするのかな?」
「多くの場合は他者を虐めることで自己のストレスを解消しようとする行為だと言われている」
そうだ。虐めとは神の属性である慈愛や献身とは真逆の、限りなく自己中心な対象への加害行為である。それは当然のことながら、神に背く背徳の精神そのものであり、私の大好物なのだ。
「私は信じられない。人に意地悪したって自分の心は救われないから。自分が辛くなるだけ」
「それが咲苗の良いところだ」
そう、咲苗は虐められている最中にも他者を恨むことはなかった。
「しかし、残念な事に他者の痛みが分からない愚かな人間が多いのだろう。学校内にとどまらず、社会のあちこちで虐めや差別が平然と行われている」
「うん」
「どうした? 顔色が悪くなったぞ」
「何か怖い……気がします」
咲苗は蒼白になり細かく震えはじめた。曖昧でも当時の記憶が蘇ったのかもしれない。
「大丈夫だ。咲苗には私が、リリィが付き添っている。何も怖い事はない」
「ありがとうございます、リリィ……さま……」
私の言葉で暗いイメージが払拭されたのだろうか。咲苗はベッドに横たわりすやすやと寝息を立てて眠り始めた。
「おーい。生きてるか?」
ガラガラと引き戸を開けて心愛と明奈が保健室に入って来た。
「ダメだよ心愛ちゃん。そんな風に言ったら」
「そうか。そうだな。すまねえ。ところで咲苗は大丈夫か? ショック受けてないか?」
「凄く心配」
私は軽く頷くだけだった。すやすやと眠る咲苗の顔を見て心愛と明奈も一息ついたようだ。
「一限目は自習になったぜ。先生は緊急会議だって。一の宮先生からは一限目をお願いされたんだけど、大丈夫そうだな」
「そうだな」
「しかし、アレだな。あんなデタラメを書くなんてどんなエロ作家かな」
「それが……全て噓とは言えない」
「え?」
「えええ?」
二人共驚愕していた。そりゃそうだ。中学三年のコールガールが現実に存在しているなんて信じる方が馬鹿げている。
「この話は絶対に内密としてほしい。咲苗本人にも」
「でも、私は最後まで話を聞ける自信が無いよ」
「それでも聞いて欲しい。咲苗を友人として受け入れてもらえるなら」
「うん」
「わかった」
納得してくれたようだ。私の見立てでは二人とも信頼がおける人物である。つまり、私の食事としては非常に不味いという事になるのだ。
「まず、咲苗の両親は離婚している。母親は家を出て行き父親が彼女を引き取った。咲苗が小学6年生の頃だ」
心愛と明奈は真剣な眼差しで私を見つめている。私は話を続けた。
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