第10話 クラスメイトの港区女子
母親の愛人から虐待されていた過去があり父親は反射組織の幹部である心愛。ヤングケアラーとして学校と介護の両立を図っている明奈。そして咲苗も非常に不幸な家庭で育っている。類は友を呼ぶというが、転入初日で家庭事情がよろしくない者同士が集まってしまったのも不思議だ。
ホームルームが終わった後、心愛が私を捕まえて急に頭を下げた。
「すまない。今日のボディーガードはここまでだ。明奈が気になるから家に行ってみるよ」
「うん」
「下手したらあいつ学園に来れなくなるかもしれないんだ。だからなるべく手伝ってやりたい」
「わかった」
心愛は名残惜しそうに何度も振り返りながら走って行った。その姿を見送りながら咲苗が話しかけて来た。
「介護って、大変なんでしょ?」
「そうらしいな」
「私はずっと一人だったから、そういうの想像しにくいんだけど」
「私も似たようなものだ」
「そう?」
「そうだ」
「でも、介護ってリリィさまのお世話と似てるかも?」
「似てないだろ」
「ええ? リリィさまって、ほっとくと三日位寝てるじゃないですか? アレって寝たきりですよね??」
「寝てばかりと寝たきりは違うぞ」
「そうかな?」
「そうだ。トイレは一人で行けるし食事も一人でできる。風呂は面倒だから入らないが、寝たきりとは違う」
「そうですね、違いますね。クスクス」
からかわれているのだが悪い気はしない。この咲苗の世話好きな波動はむしろ心地が良い。そう、適度に怠惰なまま過ごせ美味しいごはんに恵まれる生活は咲苗がいて初めて成立するからだ。
「じゃあ帰りましょうか」
「そうだな。三条が待っているだろう」
やはり学校に通うのは疲れる。早く帰って休んでしまおうと思っていた所で声をかけられた。
「リリィちゃん。ちょっと付き合ってくれるかしら?」
そこには二人の女子生徒がいた。クラスの中でも短めのスカートを決めているいわゆるギャル系女子だ。メイクも髪の色も極めて派手な印象だった。
彼女達に連れて行かれたのは屋上。サボリがいるであろう定番の空間である。案の定、排水溝にはタバコの吸い殻が無造作に捨ててあった。
「あなた、一昨日の夜にあのマンションにいたでしょ?」
「金髪ロリ系美少女なんて他では見かけないから」
このギャルは仁科のマンションにいた港区女子なのか? 顔はさっぱり覚えていないのだが、女子高生があんなパーティーに出入りしていたのか?
「それで、どうだった?」
「どうとは?」
「
「何の事だ?」
「だから、リリィちゃんが海乱鬼に抱かれたんだろ? あいつ、リリィちゃんにべったりくっ付いて絡んでた。あの男はデカいし金払いもイイって噂だから確認したかったんだよ。ワンナイトでいくらなんだい?」
「知らん。人違いだ」
ここはとぼけるのが最良だろう。そもそも、高校生の分際であんなパーティーに参加している方がおかしい。
「だから、リリィちゃんに何かしようって話じゃないんだ」
「あの海乱鬼と連絡とりたいって事。何か知らないの?」
「
「問題ない」
そう、咲苗は私とマダムの事情を大まかではあるが理解している。背の低い方が再び話しかけて来た。
「自己紹介がまだだったね。私は
「うちは
瀬名はやや小柄だが胸は大きめ。南波は平均的な身長だがグラマーで肉感的な体つきをしている。どちらも男好きしそうな色気を発散していると思う。
「やっぱ会陰と前立腺なんだよ。男は」
「乳首も大事ね」
何の話をしているんだ。全く不謹慎である。
「だからね。私達はお金が欲しいんだ。海乱鬼はギャラ飲みで5万も出すんだよ。セックスなら15万? それとも20万?」
「あんな良い条件の買い手はそういないぜ。な、海乱鬼の連絡先を教えてくれよ」
「私たちの連絡網じゃ捕まらなくなっちゃったのよ」
それはそうだろう。私が海乱鬼を喰ってしまったのだから、あの男が正気を保っていることはない。かろうじて生きているつまらない善人に成り果てているはずだ。つまり、連絡が取れても別人としてしか認識できないだろう。
「残念だが知らない。港区女子を辞めて普通の高校生に戻る事を勧める。じゃあな」
「え? 嘘だろ?」
「教えてよ。ねえ」
しつこい。そもそも、私はスマホなんぞ所持していないのだ。連作先どころか電話番号を記憶しているなど有り得ない。
「咲苗。行くぞ」
「はい。ではさようなら、瀬名さんと南波さん」
私と咲苗は瀬名と南波を残して屋上から降りた。靴を履き替えて表に出ると黒服の三条が待機していた。
「お疲れ様です、リリィ様、咲苗さん。こちらへどうぞ」
三条に案内されて黒塗のクラウンに乗り込む。帰る途中で咲苗がスーパーに寄って買い物をして来た。
「ジャガイモが安かったのでたくさん買っちゃいました。今夜は肉じゃがとポテトサラダです」
私は静かに頷く。咲苗の料理なら何でもおいしいから安心だ。
「それと、アイスも買っちゃいましたからお風呂上りに食べましょうね。学校に行ったご褒美です」
ア……アイスがご褒美だと……なんてこった。これじゃあ学校も入浴もサボれないではないか!
「うふ。リリィさまの目が輝いてますね。よかった」
咲苗が喜ぶのならそれでいいだろう。私だってな、少しまともな生活を送るくらいちゃんとできるんだ。多分……な。
その日の夜、咲苗は興奮して学園の話を続けた。明奈と心愛、二人の友人ができた事がよほど嬉しかったのだろう。マダムは彼女の話を笑顔で聞いていたのだが、私は途中で退席させてもらった。眠かったので早い時間にベッドへと入ったのだ。
翌朝は咲苗の言ったように、髪型はポニーテールに仕立て上げられた。昨日のツインテールよりは年長になった気分になるのは不思議だ。ツインテールはやはり子供っぽいと思う。
そして昨日同様、三条の運転する黒い国産車で学園へと向かった。学園生活二日目は楽しく過ごせるか、退屈な授業をいかに寝て過ごすか。私の関心はそこにしかなかったのだが、教室に着いた途端にその願望は打ち砕かれた。
黒板にびっしりと咲苗の悪口が書かれていたからだ。
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