第9話 心愛と明奈とお弁当
「急がないと遅れるぞ」
私の手を握った
彼女は酷い虐待を受けていた過去があった。父親の
(リリィちゃんって本当に可愛いよなああ。でへでへにちゃあ……)
心愛の硬派な外見とは裏腹の〝デレ〟には恐れ入った。私は心愛の欲求を満たすための格好のターゲットだったのだ。
「実はな。親父にお前らの事を頼まれたんだ」
「私達?」
「そうだ。お前らはマダム……何だっけ? 超きれいな外人さんなんだろ?」
「エレーナ・ヴェセローヴァ」
「そう、その人。名前が覚えられねえ」
「スラブ系だから日本人には馴染みがない名前」
「だよな。ま、あたしの親父がな。その人に恩義があるんだって。だから、エレーナ……ベセレ???」
「マダムでいい」
「そのマダムの娘であるお前と、こっちは日本人だな。咲苗?」
「血縁はないが、早苗もマダムの娘だ」
「そう、マダムの家族であるお前たちの安全を確保せよって事だ」
私は静かに頷いた。私にとって多少の暴力沙汰は何ともない。むしろ、アイドル扱いされて写真撮影会されたり、プロフィールだのと根掘り葉掘り質問されたりする方が迷惑なのだ。心愛が傍にいれば安心できそうだし、逆に心愛の欲求を満たすから一挙両得となるはずだ。
さて理科室に到着した。私は咲苗と明奈、そして心愛に囲まれて教室に入った。彼女たち三人は、まるで私のボディガードのようだ。RPGに例えるなら、女戦士は明奈で心愛は武闘家、咲苗は魔法使い。私か? 私が勇者に決まっているだろう。魔王の心臓を喰らうダークヒーローだ。
「リリィさん。席に着きますよ。私達は一番前ですって」
「ああ、わかった」
左端の一番前が私で右に咲苗。私のすぐ後ろが明奈でその右が心愛と言った布陣になる。
再び眠い授業が始まった。そもそも、神や悪魔を認めていない科学に正当性があると言えるのか? 私の存在がそれを否定しているのだ。
つまらない事を考えていると眠くなるのは世界共通であろう。私は再び瞳を閉じて眠ってしまった。
「フリッツさん。リリィ・フリッツさん」
「はい」
教師に声をかけられた。
背が低い男性教師。もう頭はすっかりと禿げあがっている初老のオッサンだ。
「今、モルについて説明しているが」
「はい。物質の物質量の単位をモルと言います。具体的には〝6.02×10の23乗個の粒子の集団〟となります。この数値はアボガドロ数と呼ばれております」
「ありがとう。私が説明しようと思っていた部分だ。これは物質1モルあたりの質量は、原子量・分子量・式量に単位(グラム)をつけたものであって……」
危ない。適当に勘で答えてみたが大体正解だったらしい。
初老の男性教師は満足そうに目を細め私に頷いた。そして退屈な説明を続けていった。
右に座っている咲苗は必死にノートを取っているし、他の生徒も同じく真面目に授業を聞いているようだ。中には禁止されているスマートフォンを使って悪さをしている生徒も混じっているが、それはごく少数のようだ。なかなか良いクラスのようだ。
その後は国語と数学の授業を済ませお昼休みとなる。昼食をどうするか何も考えていなかった。もちろん、財布など持っていない。私は現金など一円も所持していないのだ!!
「さあリリィさん。お昼は咲苗の特製豪華弁当ですよ」
「……」
九死に一生を得た……そんな気持ちになる。天祐とでも言えばよいのか。転校初日に弁当を用意しているとは……滅茶苦茶気が利く咲苗である。私はこの娘を一生手放したくはない。
「リリィさん。どうされましたか?」
「いや、弁当が嬉しかったのだ。咲苗の弁当が食べられるのなら、もう死んでもいい」
「やだ。もうお弁当なら何時でも作って差し上げますから」
「うん、ありがとう」
早速、咲苗と心愛と明奈の三人は机を動かしてくっつける。簡易的だが四人掛けのテーブルが完成した。そして、早苗は大きめのショッピングバッグの中から二包みの弁当を取り出した。そして、明奈と心愛もカバンの中から弁当を取り出した。明奈の弁当はこじんまりとした弁当箱に詰められているいかにも女の子用といいたものだったのだが、心愛の弁当は大ぶりな弁当箱と大きめのおにぎりが三つもあったのだ。
「ビックリするなよ。このおにぎりは早弁用。普通は二限の後に食べちゃってるんだけど、今日はお前たちと喋ってたからな。食べるか?」
「うん」
私は思わず頷いていた。私はワカメがまぶしてある大ぶりなおにぎりと、咲苗の手作り弁当を難なく平らげていた。
「本当に食べるとは思わなかった。体が小さいのにたいした食べっぷりだよな」
「そうそう。リリィちゃんって豪快なんだなって感心してる」
「家でもパクパクと召し上がられますよ。あんなに美味しそうに食べていただけるので、作る方も嬉しいです」
「快食は見てて気持ちいいよな」
「心愛は豪快な豪食じゃないかしら?」
「どっちでもいいだろ……って、ロン毛が何用?」
イケメンのロン毛こと、担任教師の小角白秋が教室に入ってきたのだ。そして私たちに近寄って来て、緊張した面持ちで明奈に告げた。
「おばあちゃんがちょっと大変らしい。介護の方から連絡があってね。すぐに帰りなさい」
「わかりました」
明奈は弁当箱を片付けて帰宅の準備をしている。その彼女に心愛が声をかけた。
「あたしも付いて行こうか?」
「昼間は介護スタッフの方がいるから大丈夫。もし手伝ってもらう事があるなら連絡します。学校が終わってからでいいからね」
「ああわかった。遠慮するなよ」
「うん。じゃあね」
明奈は去り際に私の手を握って来たので、私は柄にもなくニコリと笑って見せた。気丈な振る舞いをしているが心は不安感で溢れていた。彼女の両親は既になく、同居している祖母には介護が必要だったのだ。明奈はいわゆるヤングケアラーだった。
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