第8話 女の学園

「きゃあ!」

「可愛い!」

「金髪美少女!」

「ロリ、キタ――(゚∀゚)――!!」


 私と咲苗が教室に入っただけでクラスは騒然となった。女子生徒の嬌声が響き渡る。見渡す限り女子生徒だらけの、女子ばかりのクラスだ。実は、この聖アトロポス学園は女子生徒しかいない女学校だという話は先ほど聞いたばかりだった。


「お写真に撮りたい!」

「先生! 今だけスマホ使っていいですか?」


 担任の男性教師は静かに首を振る。


「皆さん、お静かに。スマホの使用はお昼休みと放課後のみと決まっています。校則を破らないように」


 イケメン男性教師の言葉にクラス内が静かになった。

 そう、この担任教師は繁華街でトラブルを起こしていたロン毛だ。名は小角白秋おづのはくしゅうと言った。姓は役行者えんのぎょうじゃ小角おづのの小角、名は北原白秋きたはらはくしゅうの白秋と説明を受けたばかりだった。先週末は腫れあがった顔だったが、今は少し擦り傷とあざが見られるくらいであまり目立たない。


 小角は軽薄そうなロン毛のイケメンだが、生徒には威厳のある態度を取っている。


「じゃあ、御門さんから軽く自己紹介をしてください」

「はい」


 小さく頷いた咲苗は大きく息を吸い込んでから話し始める。


御門咲苗みかどさなえです。おろしおんもん御門みかど。咲く苗で咲苗です。腎臓の病気で半年ほど休学していました。治療を受けている病院が近いので、こちらの学園に転入する事となりました。みなさん、よろしくお願いします」


 昨夜一生懸命に練習していた通りに話せたようだ。皆の温かい拍手が咲苗を包む。


「私はリリィ・フリッツ。面倒臭いので話しかけるな。以上」


 一瞬、教室内が静まり返る。

 それはそうだろう。私のようなぶっきらぼうな挨拶をする人間なんてそうはいない。


「ク……クールよ」

「日本語めちゃ上手いし」

「究極の美少女」

「もしかしてツンデレ?」

「デレはなくていい。ツンだけでご飯三杯いける」

「リリィちゃん大歓迎」

「よろしく」


 拍手が巻き上がる。咲苗の時よりも盛大にだ。

 もちろん、ウケを狙ったわけではなく一発で距離を置かせる作戦だったのだが……歓迎されているのか?


「静かに。御門さんは病み上がりだ。そして、フリッツさんは見ての通り人見知りがある。その点を十分に考慮してほしい」

「はーい」

「わかりましたあ」


 小角の指示に生徒たちは素直に従う。

 イケメンロン毛は生徒に人気なのか? 信頼を得ているのか?


 先日夜の醜態を見ている私としては少し信じ難い光景である。


「では、御門さんとフリッツさんは一番前の席が空けてありますからそこへ」

「はい!」


 咲苗は元気よく返事をしたのだが、私は無言で頷いただけだ。

 窓際とはいえ一番前の席は遠慮したかったのだが仕方がない。私と咲苗は窓際の一番前の席へ座った。


「うん。席替えしてもフリッツさんは一番前ですね。その身長では前が見えないでしょうから」


 小角は私が不機嫌そうな顔をしたのを悟ったらしい。確かにその通りだ。私の体格は小学生と同程度なので、二列目以降だと前が見にくい。


「わかってます」

「うん。一番前は窮屈に感じるかもしれないが、すぐに慣れるさ。わからない事があったら後ろのさざなみに聞くといい。頼んだぞ」

「わかりました」


 すぐ後ろの女子生徒返事をした。振り向くと、ぽっちゃり系の女子生徒がニコリと笑っていた。彼女は丸顔で赤いセルフレームの眼鏡をかけていた。


「クラス委員のさざなみ明奈あきなです。教科書は持ってるの?」


 そう言えば何も持っていない。

 カバンの中身は筆記用具と辞書だけだ。


「先生、教科書は私が持ってます。リリィさんのは来週届くと思うので、それまでは私と一緒に。机をくっつけていいですか?」

「ああ、そうしてくれ」

「はーい!」


 咲苗は元気よく返事をし、私の机に自分の机をくっつけた。そして体を寄せぼそりと呟く。


「楽しいね」


 咲苗が楽しいならそれでいい。

 私は恐らく退屈で死にそうになるけどな。


 一限目はロン毛の授業だった。小角の担当は世界史らしい。


「さあ教科書の25ページを開いて。今日から中国史となります」


 中国史か。

 一通りの知識はある。だったら寝てしまえ。


 私はロン毛の話を聞きつつ瞼を開いたまま休眠の体制に入った。これならバレる事はないだろう。

 

「中国の古代文明というのはね、世界四大文明の一つと呼ばれています。その中の一つが黄河文明。実は同時期に長江文明、遼河文明と別の地域でも文明が栄えており、この三つを合わせて古国時代と呼ばれています。伝説と言われている夏王朝ですが、それ以前にも国家が存在していた考古学的な証拠が多く出土しており……」


 うん。知ってる。

 考古学と歴史学の違いも知ってる。

 お前が説明しなくても知っているんだ……ぞ……


 私の瞼はあっけなく閉じてしまったようだ。


「リリィさん。起きて。次は化学だから移動です」

「あ……ああ。わかった」


 咲苗に起こされてしまった。そして私の傍には咲苗とぽっちゃり眼鏡の漣と金髪の女が立っていた。


「ああ。あたしは片桐だ。よろしくな」


 私は静かに頷く。


「ええっと、あたしがお前のボディーガードを引き受けた」

「ボディーガード? 必要ないが」

「必要だ。リリィちゃんの誕生日は? 好きなタイプは? 好きな食べ物は? とかな。バカな連中が取り囲んで質問攻めにするんだよ。お前、そういうの嫌いなんだろ?」

「大嫌いだ」

「だったらあたしと一緒にいるといい。誰も近寄って来ない」

「私は別だけど。ねえ、心愛ここあちゃん」


 割り込んで来たのは漣だ。そして〝ここあ〟とはこの金髪の事か?


「その名前で呼ぶな。恥ずいだろ」

「そのお、恥ずかしがる心愛ちゃんが可愛いんだよね」

「それはお前の趣味だろ。他の連中はあたしを怖がってる」

「うんうん。強面こわもての心愛ちゃんだもんね。でも、本当はめちゃ優しいんだよ」

「明奈、そんな事を言うな。恥ずいんだって」

「うんうん。じゃあ、理科室に行こうか」


 金髪の心愛は強引に私の手を掴んで歩き始めた。その瞬間、彼女の意識が垣間見える。長身で締まった体つきの片桐心愛ここあは空手の有段者でボクシングジムにも通っている。そして心愛の父とは片桐かたぎり鍾馗しょうき。先日の夜に出った、白いスーツを着た厳つい男、反社のボスの片桐だった。

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