リリィ学校へ行く

第7話 初登校のリリィちゃん

「リリィさま、朝です。そろそろ起きないと遅刻してしまいます」


 まだ眠い……この私を起こす届き者は誰だ。


「リリィさま。昨夜、一緒に学園に通って下さると約束していただきました」


 この声は……さなえ……御門早苗みかどさなえだ。マダムのメイドで料理上手なスリム美女。マダムの手料理は正直に言って……不味い。


「朝ごはん。できてますよ。今日はリリィさまの大好きな肉まんです」

「に……く……ま……ん……肉まん?」

「はい。リリィさまには三つ用意してありますが、早く食べないとマダムが……」

「ダメだ。私の肉まんだ!」


 私は掛け布団を跳ねのけて起き上がった。目の前には既に学園の制服を着ている咲苗がいた。


「おはようございます。リリィさま」

「おはよう咲苗。急ぐぞ」


 肉まんなら早く肉まんと言って欲しかった。私はパジャマのまま食卓につき、まだ湯気を立てている肉まんを見つめた。小皿に甘口醤油を垂らし、そこにカラシを少々混ぜる。そして、肉まんを一つつまんで半分にちぎり、カラシを混ぜた醤油をべっとりと付けてから頬張るのだ。


 美味しい。

 これは美味しい。

 私だって……日頃は人間と同じ食事をしているのだ。

 好き嫌いも普通にある。


 苦手なのは納豆。あの粘々ねばねばでヌルヌルの食感は100年たっても慣れるとは思えない。白米は好みだが、あの生卵をかける……生玉子ご飯も苦手だ。炒めて炒り玉子ご飯にしたなら、途端に大好物になる。

 

「リリィさん。本当に美味しそう」


 私を見つめながらマダムが呟く。


「はい。この肉まんは大好きです」

「近所のスーパーで売ってる5個428円のお買得品ですけど」

「うん。それが美味しいんです。他の有名メーカー品はピンと来ません」

「好みもそれぞれね。でも、この肉まんは私も大好きよ」


 マダムがにんまりと笑う。まさか、私の肉まんを狙っているのか?


「ほら、早く食べて支度しないと遅刻しますよ」


 違った。


「わかってます。でも、この幸福な時間をもう少し……」

「急いでちょうだい。咲苗さんが困るのよ」

「はい。そうですね」


 ごもっとも。私としても咲苗の負担になるような事は避けたい。目の前の肉まんを急いで片付けることにした。


 その後、マダムと咲苗に学園の制服を着せられた。紺のブレザーと赤系のチェック柄のスカート。赤いリボンは蝶結びでヒラヒラだった。髪型もツインテールに仕立てられた。髪はそれなりに短いので、テールと言う程の長さはなく、絵筆の先っぽみたいな束がぶら下がっているだけだ。


「可愛いわ。リリィさん、本当に可愛い」

「この、短いツインテールがポイントです。ちょこんと垂れ下がっているのは本当に可愛いです。明日はポニーテールにしてもイイですか?」

「ご自由にどうぞ」


 咲苗の嘆願には何故か全面的に応じてしまう。彼女の笑顔を見ると断れないのだから仕方がない。


「じゃあ、行ってきまーす」

「行ってきます……」


 やはり、学校は気乗りしない。


「言ってらっしゃい。地下の駐車場で三条君が待ってるから」

「はーい」


 元気いっぱいな返事をした咲苗に手を引かれ、早足でエレベーターへと向かう。


 咲苗は酷く虐められた経験があるのだ。彼女の事情はよく知っているのだが、そんな経験があってもこのように明るく振舞える彼女は立派だと思う。


 私だったら?

 もちろん、いじめた連中を半殺しにするから退学処分確定だ。


 咲苗は私と違って優しい娘だ。彼女は決して暴力を振るうことはないし、加害者を恨む事もない。


「おはようございます、リリィ樣。咲苗さん」

「おはようございます。三条さん」

「おはよう……」


 エレベーターの前で三条が待機していた。ドアが開いた瞬間にハゲ頭の大男が挨拶してきたので少し驚いてしまったではないか。


 三条は黒のスーツで身を包み濃い色のサングラスをかけている。どこの反社かという出で立ちなのはいつも通りだ。


「さあ、お車は用意してあります。こちらへ」


 駐車場には黒塗りの国産車が待機していた。いつものクラウンだ。私と咲苗が乗り込んだ後に、三条がドアを優しく閉めた。


「ところでリリィ樣。こちらの端末をカバンの底に。こちらのキーホルダーをカバンの横にでも付けてください。咲苗さんも同じものを」


 三条に渡された物は黒い長方形の端末と赤いコイン型のキーホルダーだった。


「これは?」

「GPS発信機と防犯ブザーです」

「GPS……位置情報が必要なのか? 私たちは寄り道して遊び惚けたりしないぞ」

「もちろん、リリィ樣と咲苗さんの事は信じております。万一、誘拐などの犯罪に巻き込まれた場合に備えての配慮です。何かあった場合、私がすぐに駆け付けます」

「なるほど。わかった」


 私だけではなく咲苗もいるのだ。私の我が儘で咲苗を危険な目に遭わせるわけにはいかないだろう。三条はいわゆるハードボイルド方面のエキスパートだから、ここは素直に従った方が合理的だと思う。

 私はそのGPS発信機をカバンの底へと押し込み、防犯ブザーをカバンの横へと取り付けた。


 三条が車をスタートさせたのだが、相変わらず同乗者にショックを与えない優しい運転だった。

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