第5話 食事の後の腹ごなし
私とマダムはエレベーターを使って一階に降り、何食わぬ顔でロビーを横切り表に出て行った。もちろん、あの部屋の仁科と海乱鬼は意識を失ったままである。
黒塗りの国産車が待っていると思って周囲を見渡すのだが何処にもいない。スキンヘッドの
「リリィさん? どうしたの?」
「車は? 三条氏は?」
「ああ、彼は帰らせました。これから歩いて帰りましょう」
え?
マダム……なんて事をしてくれたの??
歩くって……信じられないんですけど??
「あらら。リリィさんは俊君と一緒に帰りたかったの?」
「まあ、そうです。歩くのめんどくさいから」
「私はリリィさんの為に歩こうと思ったの。あなた、時にはウォーキングした方がいいわよ」
「不要です。ウォーキングなんて」
「ふーん。でも、歩かないとお家に帰れませんよ。温かいベッドに潜り込めませんし。どうしますか? 靴は歩きやすいスニーカーにしてありますよ」
そう言われてみればそうだった。今日はローファーではなくスニーカーを履かされていた。三条俊を先に帰らせたのも全てマダムの計画通りだったのだ。
「少し腹ごなしをしましょうね」
マダムは私の右手を取って大股で歩き始めた。私も必死でついていくのだが、ペースが速くて歩きづらい。
「あの、マダム……ちゃんと歩くので手を離してください。私が駄々をこねて泣いている子供みたいなので」
「あら。恥ずかしいの? でも、だぁめ。可愛いリリィさんとお手て繋いで歩きたかったんだから」
「そうですか。では、もう少しゆっくり歩いて欲しいのですが」
「仕方がないわね。少しゆっくり目にしましょうか」
マダムがゆるりと歩き始めた。この位なら私でも十分についていける。
「あら。あそこ、喧嘩ですね」
私達が向かっていた方向で何か揉め事が起きているようだ。一人の男を数名の男が取り囲んで小突いている。マダムは足を止めてその様子を伺っていた。
「通報しましょうか?」
「もう誰かが通報してますよ」
「そうね」
しかし、暴行を受けていた男が囲みを抜け出し、私達の方へ走って来た。そいつはロン毛のイケメンだったが、顔が腫れあがり無残な姿をしていた。
「助けてくれ。頼む」
何と、そいつは私に向かって助けを乞うではないか。何を考えている?? 小学生体形の女子に喧嘩は無理だぞ。表向きは……。
「あわわ」
男たちが迫ってきたので、ロン毛のイケメンは私の後ろに回り込んで縮こまった。5人の屈強な男たちが私とマダムを囲んだ。いや、連中の獲物はロン毛のイケメンであり、私達は巻き込まれただけだ。
「お嬢ちゃん。そこ避けてくれるかな? 僕たちはお嬢ちゃんの後ろのイケメンさんに用事があるんだ」
肩から腕に派手な入れ墨を施している大男が、ニヤニヤしながら私に語りかけて来た。さて、どうしたものか。このロン毛を救ったところで何の恩恵もないだろう。このまま放置して家に帰ろうと思ってマダムの顔を見つめるのだが……何と! マダムはしゃがんでロン毛の頬を撫でている。瞳を輝かせて。
「痛かったかな? 私が何とかしてあげる」
何で関わるの? もう帰りたいのに!
「なあ、綺麗な奥さん。ちょっとどいてくれないかなあ。奥さんとお嬢ちゃんに痛い事とかしたくないんだ。俺たちフェミニストってやつ? だからさ」
「そう? フェミニストなのね。だったら、今すぐ消えてくれないかしら? それが一番よね」
「そのロン毛を渡してくれたら消えるさ」
「嫌よ」
面倒な事になった。入れ墨男もマダムも引く気はないらしい。相手は屈強な5人。恐らく暴力を振るう事に慣れている反社の一員だろう。
彼らが更に近寄って来る。もう手を伸ばせば触れそうな距離だ。こんな繁華街で悪魔の姿を見せるわけにはいかないのだが……戦うのか? 多分、少女の姿でも勝てないことはないと思うが、やはり面倒だ。
マダムは黒いドレスの裾とひらりとめくり、男達の視線が彼女の太ももと下着に集中したところで入れ墨男の股間に前蹴りを放っていた。
「何をしている!」
突然、背後から大声で怒鳴られた。恐る恐る振り向くと、いかにも反社の幹部ってイメージのいかつい男が立っていた。マダムの脚は入れ墨男の股間に寸止め状態で止まっていた。
白い派手なスーツのいかつい男。そいつの一喝で5人の男は凍り付いていた。
「大変失礼しました。マダム・エレーナ。この場は私に免じてお納めください」
いかつい男はマダムに謝罪した。そして自ら45度の最敬礼をする。
「てめえらは土下座だ。マダムに謝らんか。馬鹿者!」
5人の屈強な男達が一斉に地面に手を付いて土下座した。これはこれは壮観な眺めである。
「片桐さん。大丈夫ですよ。このロン毛さんは連れて行きますが、よろしいでしょうか?」
「マダム、ありがとうございます。そのクソ野郎は煮て食うなり焼いて食うなり、お好きに処分してください」
「わかりました。では行きましょうか。
マダムは再び私の手を取って歩き始めた。後ろから小角と呼ばれたロン毛のイケメンがとことことついて来ていた。
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