どうやら、コールは察してくれるらしい
「……」
目を覚ます。目覚めは良い方である私は体を起こしてゆっくりと周囲を見渡した。見覚えのある机、窓、扉。壁には愛用の聖杖が立てかけられている。
(王都の、宿……)
そう、ここは魔王を倒した私たちが王都に戻ってきた時に利用した宿だ。時刻はおそらく朝だ。あまり意識していなかったがあの日――王様に魔王が複数体いることを告げられた日の朝に似ているような気がする。
「……」
骨が肉を突き破る不快な感覚を鮮明に思い出せる。回復魔法を使える私は人体の構造にそれなりに精通しているため、ああなってしまったら強力な回復魔法をすぐにかけなければ助からない。そう、確かに私はあの時、ミリーを助けるために馬車に轢かれ、死んだのだ。
また、【死に戻り】が発動した。それは間違いないだろう。しかし、問題は戻る地点が変わったこと。
魔王を倒すまでは魔王城近くの森だった。だから、今回もそこからやり直しになると思ったのだが、何かしらの節目があると戻る地点も変わるらしい。
「ッ……」
魔王の死の呪いの時とは違う、痛みと体がバラバラになる感覚を思い出して思わず身震いする。自然と体が震え、寒くないはずなのに胸の奥が冷たくなっていく。
「ユーリ、起きてる?」
その時、不意に部屋の扉がノックされ、その向こうからアイリの声がする。これは前の時にはなかったことだ。多分、考え事に夢中になっていたせいでいつもより部屋を出る時間が遅れてしまったからだろう。
「……起きてるよ。すぐに行くね」
「そう、朝ごはん、頼んでおくけど何がいい?」
「じゃあ――お魚かな」
この宿は希望すればご飯を食べることができる。野営する時は基本、ミリーがご飯を作ってくれるが宿に泊まった時は外食することになっていた。
前はソーセージとパン、スープを食べたはずだ。でも、あんな死に方をした後に肉を食べたくなくて別のメニューにした。
「……わかった。待ってるね」
少しだけ返答の遅れたアイリは部屋の前からいなくなる。何か気になることでもあるのだろうか。そもそも、この宿のメニューに魚料理はあっただろうか。それがわからなくなるほど私は色々な問題を抱えている。
「……はぁ」
とにかく、【死に戻り】のおかげで私は死なずに済んだ。いや、死んではいるのだが、こうやってやり直す機会を得られた。
ベッドから降りて寝間着を脱ぎながら考え事を再開する。前と同じように王様の話を聞いた後、買い物に出かけることになるだろう。そして、またミリーと――。
「……」
――もしかして、あの時のミリーとのやり取りはなかったことになったのだろうか。私の恋路を自分のことのように応援してくれた彼女の笑顔はもう見られない?
いや、見ることはできる。前と同じやり取りをすれば彼女を気持ちを聞けるだろう。
そして、また馬車に轢かれる。そんな予感がする。それならミリーを守るためにも違う行動をするべきだろう。だから、やっぱりあのやり取りはもう二度と――。
「そっかぁ……」
服を着ることすら忘れて壁に立てかけられた聖杖を見つめた。それは私を慰めるように朝日を受け、輝いている。
気を取り直して服を手に取って着替え始めた私だがいつの間にか体の震えが止まっていたことに最後まで気づかなかった。
「……」
「……」
王様から例の話を聞き、前と同じように冒険の準備をすることになった。ミリーと行動するのは論外。しかし、アイリと一緒に行く勇気をまだ持てなかった私はコールを誘い、買い物していた。
彼女とは趣味が合うのでよく買い物に行く。それこそ、買い物に行った回数はアイリよりも多いかもしれない。それぐらい私たちは仲がいい。
しかし、いつもなら盛り上がる会話も今日は上手くできない。元々、コールは口数が多い方ではなく、買い物の時はいつだって私から話を振っていたような気がする。
――ユーリおねえさん、おはよーございます!
朝、ミリーと顔を合わせた時、可愛らしい笑顔と共に挨拶してくれた。そして、それを見てやっぱりあのやり取りはなかったことになったのだとわかった。
予想外だったのは私の思っている以上にミリーの言葉に救われていたことだ。彼女の考えや思いやり、楽しそうな笑顔のおかげで私は前へ進もうと思えた。
それが何もかも無になった。それがとても寂しくて、悲しかったのだ。
そんな状態なので私も口を閉ざしてしまい、会話がないまま買い物をすることになってしまった。少しだけ気まずい空気になってしまっている。だが、どうにか言葉を紡ごうとしても頭の中がぐちゃぐちゃで声が出ない。
「……何か、あったか?」
さすがに私の様子がおかしいことに気づいたらしく、珍しくコールの方から話しかけてきた。隣を見やれば彼女は心配そうに私を見つめている。
「……ううん、何でもないよ」
本当は何もかも言いたかった。
【死に戻り】していること。
アイリのことを愛していること。
ミリーとのやり取りがなかったことになって悲しんでいること。
たくさんの魔王相手を全て倒しきれるか不安なこと。
もし、再び死んだ時、その感覚に耐えられるか自信がないこと。
でも、その多くが他の人には到底理解できないことで、私本人が何が起こっているのかわかっていないからそれらを上手く説明できるわけもなくて。
だから、誤魔化すしかなかった。何でもないよと彼女の優しさを蹴飛ばすことしかできなかった。それが申し訳なくて浮かべようとした頬が引きつってしまう。それが自覚できるぐらい致命的な笑顔だった。
「……」
それを見たコールは驚いたように目を見開き、少しだけ悲しそうに目を伏せる。ああ、そんな顔をしないで。コールは何も悪くない。悪いのは全て私なのだ。話せなかったのも、誤魔化しきれなかったのも、気づかれないように気を使えなかったのも、全て私が弱いからだ。
「……」
「……」
また、静寂。ここは王都なので人の往来は多い。また、買い物をしているため、お店が多い場所を歩いているから露店や出店の店主が客を呼び込む声が行きかっている。それでも私たちの間には会話はなくなってしまった。
「……別に話さなくてもいい」
だが、そんな情けない私にコールはまた話しかけてくれた。それが嬉しくて、申し訳なくて、顔を向けることができない。
「でも、ユーリが元気がないと私も悲しくなる」
それでも彼女は話を続ける。私が何かを抱えていること、それを話せないこと。そして、そのことを気にしていることすらも気づいているだろう。
コールはあの森で出会った頃から人の感情を察するのが上手かった。確かに最初は私たちを侵入者だと決めつけ、攻撃してきたがあの時はエルフの森が危機的状況で精神的に余裕がなかったからだ。そんな察しの良さこそ、彼女が斥候や戦況に応じてサポートする人が変わる中衛を任されている大きな理由である。
「……うん」
「どんな事情があるのか、私にはわからない。多分、すごく大きなことなんだと思う。だから――」
そこで不意に私の手を取るコール。買い物をし始めたばかりで荷物が少なく、片手で持っていたから手を繋げたのだ。
「――今は忘れよう。考え込んでも仕方ない時だってあると思う」
「コール……」
「少しだけ寄り道。一体とはいえ、魔王を倒した私たちに文句を言える人なんていないよ」
私を気遣うように冗談交じりに誘ってくれるコールに思わず涙が出そうになる。ああ、やっぱり優しい子だ。ミリーもそうだが、どうしてこんな私のために心を配ってくれるのだろう。
コールの故郷を救ったのも、ミリーを買おうと言ったのも全てアイリだ。私は二人に何もしてあげられていない。返される恩など売っていない。
ううん、違う。きっと、ミリーもコールも恩を返すとか、優しくしようとか何も考えていない。自分の思ったことを素直に話してくれているだけなのだ。
「……うん!」
だから、こんなにも心の奥が温かくなる。アイリの時とはまた違った温かさ。この温かさに私はいつも救われるのだ。
それから私たちは色々なお店を回った。可愛い物好きな私たちなので基本的にはアクセサリー系のお店だが、たまにはいいかと武器屋や出店、怪しげな骨董品屋にも寄ってみた。
「あー、楽しかったぁ」
歩き疲れてしまい、少し休憩しようと広場のベンチに腰掛けた私は荷物を置いた後、思わず言葉を漏らしてしまう。隣に座ったコールはそれを聞いてくすくすと笑い始める。
「え、な、なんか変だった?」
「ううん、元気になってよかったって」
「……そう、だね」
お店を回っていた時、何もかも忘れていたわけじゃない。ミリーが好きそうな物を見つけた時、前の彼女の笑顔を思い出したし、街の人が魔王の話をしているのが聞こえた時、少しだけ不安になった。
でも、こんなに楽しめたのは隣でコールがいてくれたから。何も心配しなくていいよ、と手を繋いでくれていたから。
「……ねぇ、コール。ちょっと変な話、してもいい?」
だからだろうか。気づけば私は彼女に話しかけていた。今までと同じように言葉に詰まることなく、自然と声をかけられていた。
「いいよ」
そして、コールも今までと同じように頷いてくれる。これまで私の話の中に彼女にとって興味のないことはあっただろう。それでも嫌がらずに最後まで聞いてくれた。きっと、今回もコールは最後まで聞いてくれる。そう、信じることができた。
何から話そうか。何を聞いてもらおうか。抱える問題が多すぎてどれを聞いてもらいたいのか。何も考えがまとまっていないはずなのに私の口は勝手に動き出す。
「例えば……すごく大切なことを話したはずなのに色々あって相手がそれを覚えていなかったらどう思う?」
「……誰かと約束した、ということか? それを相手が忘れてしまっていると?」
「うーん、忘れてるというか……なかったことになった、っていうのかな。あくまで例え話だから思ったこと、教えて」
話しながらわかったが私の中で今、一番燻っているのはやはり【死に戻り】によってミリーとのやり取りがなかったことになってしまったことだったのだろう。それだけ私にとってあのやり取りは大切だったのだ。
「……なかったことになった、か。それは、悲しいと思う」
困惑しながらもコールは空を眺めながらそう答えた。しかし、すぐに私の顔を見つめる。エルフらしい整った容姿。そんな彼女を間近で見る機会はあまりなかったので思わずドキッとしてしまった。
「自分は覚えているのに相手は覚えていない……いや、なかったことになったのなら話しても相手は思い出してくれない。そもそも、それなら相手には何も非はないし、その悲しみをぶつける相手がいない。そうなのだろう?」
「……うん」
「そうか……やるせないな」
彼女はまるで自分のことのように奥歯を噛み締める。苦しそうな表情。無関係な彼女に嫌な思いをさせてしまった罪悪感で心が締め付けられた。
「その例え話ではどんな話をしたんだ? 約束? ただの会話?」
「……そうだね。ただの会話、かな。でも、すっごく大切なことで、誰かの心が救われた話」
「なかったことになったのは救った方か? 救われた方か?」
「救った方だね」
ただの例え話なのにコールは詳しい状況を聞き出してくる。軽く話を聞いただけで自分の話をする上辺だけの慰めじゃない。ちゃんと話を聞いて、気になったことは聞いて、全てを飲み込んで、きちんと自分の考えを話してくれる。親身になって相談に乗ってくれる。それがたまらなく嬉しかった。
「……あくまで私の考えだが、その相手の分までそれを大切にしたいな」
「え?」
「自分しか知らない、自分が救われた話。相手すら話したことを覚えていないのなら……相手の優しさとか思いやりとか全部ひっくるめて自分の胸に大切にしまっておく。それが救われた方にできることなんじゃないか?」
「大切に、しまっておく」
「だって、救われた方すらそれをなかったことにしたらそれこそ誰も報われないから」
その言葉を聞いて無意識に私は自分の胸に手を当てていた。ミリーはあの時、私に言ってくれたことを覚えていない。聞きたくても聞けない。全てはなかったことになったのだから。
でも、私は覚えている。しっかり、あのやり取りを思い出せる。
ミリーの言葉も、笑顔も、優しさも、私の気持ちも、何もかも。
それを大切にしろ、とコールは言った。彼女の言う通りだ。あのやり取りを覚えているのは【死に戻り】した私だけ。私が忘れたらそれこそその全てがなかったことになってしまう。
なら、持っていこう。ミリーのやり取りだけじゃない。これから【死に戻り】が起こる度、なかったことになった全てを私は未来に持っていく。どんなに辛いことでも、悲しいことでも、忘れたいことでも。
だって、その全てにきっと意味があるはずなのだから。決して、なかったことにしていいことなど何一つないのだから。
「……ありがとう、コール」
「いや、こんな答えしか出せなくてごめん」
「ううん、そんなことないよ。確かに、
「っ……そうか。それならよかった」
そう言って彼女は優しく微笑んだ。全ての不安がなくなったわけではない。アイリに対する恋心だって何も片付いていないし、魔王を倒す冒険すらも怖くなってしまっている。
でも、それでも私は前に進もう。【死に戻り】を使ってでも皆を守ろう。死ぬ以上に皆が死んでしまう方が怖いから。
「それじゃ、そろそろ……ん?」
私の調子が戻ったと判断したのか、立ち上がったコールだったが何かに気づいたようにとあるお店に視線を向ける。何だろうと私もそちらを見ると昼間から経営している酒場だった。なにやら揉め事が起こっているようで入り口付近に人だかりができている。
「……ちょっと様子を見てくるか」
「え、あ、コール!」
正義感の強い彼女は無視できなかったようで荷物を持ってその酒場へ向かっていく。慌てて私もその後に続いた。
「何があったんだ?」
「あ、えっと、冒険者同士で喧嘩になってしまったらしくて……」
近くの人に事情を聞くとお酒に酔った一人の冒険者が他のお客さんに絡んで喧嘩に発展してしまったらしい。酒場ではたまにあることらしいがどうやら今回はちょっとまずい状況らしい。
「パーティー単位での喧嘩か……さすがに止めないと最悪、誰か死ぬぞ」
絡んだ冒険者も絡まれた冒険者もパーティーで飲んでいたらしく、個人の喧嘩だったそれがパーティー全員を巻き込む騒動になってしまったそうだ。冒険者なら何かしらの得物を持っていておかしくないし、お酒に酔っているのなら手加減もできないだろう。そう考えたコールは私に荷物を押し付けて酒場へと乗り込んでしまった。
「あ、えっと! もう!」
両手に荷物を抱えた私も酒場の中へ入る。そこでは体の大きな男たちが取っ組み合いの喧嘩をしていた。他のお客さんは外に逃げ出したのか、誰もおらず、酒場の店員さんも奥のカウンターで縮こまっている。
「おい、お前たち止めないか!」
そんな冒険者たちにコールが大声で声をかけた。だが、喧嘩に夢中になっているせいで誰も聞こえていない。どうにかしてこっちに注目してもらわないと駄目だ。
「コール、閃光使うよ」
「ああ、頼む」
荷物を壁際に置いた後、コールの隣に立つ。聖杖は持っていないが脚部強化と同じように簡単な魔法を使える。
「『
私の魔法によって酒場が明るく照らされた。目が僅かに眩む程度のそこまで強くない光だが、冒険者たちの注目を集めることができたようで全員の視線がこちらに向く。
(あれ?)
しかし、何故だろう。いつもよりほんの少しだけ光が強かった。ミリーを助けた時の強化魔法もそうだった。聖杖を使わずに魔法を発動させた時、普段ならもうちょっと効果が弱かった気がする。
「喧嘩は止めろ。店に迷惑だろ」
「あぁ? なんだ、てめぇ? 女が出しゃばってんじゃねぇよ!」
そんな疑問が頭を過るが事態が変わったため、どこかへ飛んでいってしまった。私たちはそれなりに有名なパーティーなので冒険者たちに顔は知られているはずだが、相当酔っているらしく一人の男がコールに殴りかかってくる。外から中を覗き込んでいる人たちが小さく悲鳴を上げた。
「はぁ」
だが、コールはため息を吐いた後、男の腕を取って簡単に放り投げる。投げられた男は受け身すら取れずに地面に転がされ、動かなくなった。まさか細い女の子に投げられるとは思わず全員が言葉を失ってしまう。
「……かかってくるか?」
「あ、ちょっと、コール!」
見ていられずお灸を据えてやろうと挑発するコール。さすがに駄目だと注意したが時はすでに遅く、冒険者たちは一斉にコールへと迫った。
「あー、もう! 『
「ありがとう、ユーリ」
簡単な
その予感は正しかったようで冒険者たちはコールにどんどん伸されていく。そんな彼女の無双っぷりに外で見ていた人たちもいつしか大盛り上がりだ。
「こ、のっ!」
残り二人にまで減ったところで片方の冒険者が懐からそれなりに大きなナイフを取り出す。やっぱり、得物を隠し持っていたようだ。
「丸腰の相手に武器を出すのか。情けない」
「っるせえ!」
コールの言葉にナイフを持った冒険者が叫びながら彼女に斬りかかる。それを相手の手首を叩くことで無効化したコールはそのまま男の鳩尾に掌底を撃ち込んだ。それだけで男は白目を向いて倒れる。遅れてナイフが店の床に転がる音が響き渡った。
「あとはお前だけだぞ」
「く、くっそおおおお!!」
そして、最後の冒険者もコールによって倒され、無事に騒動は終わった。
「もー……無茶ばっかりして」
「ごめん、見逃せなくて」
問題も起きたが買い物を全て終えた私たちは宿に戻るために道を歩く。すでに時刻は夕暮れであり、きっとアイリたちは宿で私たちの帰りを待っているだろう。
「まぁ、コールらしいけど……怪我したらどうするの?」
「その時はユーリが治してくれる」
「それは、そうだけど……」
頼られるとちょっと弱い。何も言い返せなくなった私はもにょもにょとしてしまい、ため息を吐いた。今回は見逃そう。酒場の人たちにも感謝されたし。
「でも、挑発は良くなかったよ。逆恨みされたらどうするの?」
「あのまま放置するわけにもいかなかったから」
「もうちょっと上手いやり方があったってこと」
「うっ、ごめん……」
しかし、やられてばかりの私ではない。私の指摘に思い当たる節があったのか、コールはエルフ特有の長い耳をへにょっとさせて謝った。可愛い。
「次からは気を付けてね」
「わかった、気を付ける」
反省して謝った。それで今回のお話はおしまい。それが彼女にも伝わったのか、私たちはくすくすと笑い合う。
「わぁ……」
王都は水路が多いことで有名な街だ。その分、橋も多く、宿に戻る前に少しだけ大きな橋を通るのだが、夕焼けが水路に反射してとても綺麗だった。
「綺麗だな」
「そうだね」
魔王を倒すため、王都にいた期間はそこまで長くない。だからこそ、この景色を見るのは初めてだった。
(私たちはこんな景色を守るために戦うんだ)
全ての魔王を倒さなければこの街も、この街に住む人も、故郷も何もかもなくなってしまう。だから、絶対に守ろう。たとえ、何度も【死に戻り】することになったとしても。
「おーい、早く来いよー!」
「待ってよー!」
その時、二人の子供が向こうから走ってくる。楽しそうに笑いながらはしゃいでいる姿に思わず頬が緩んでしまった。前を走る子供は後ろの子よりも大きいため、もしかしたら兄弟なのかもしれない。
「うわぁ……」
そんなことが考えているとお兄ちゃん(仮)が私が見惚れた景色に気づき、足を止めた。確かに綺麗な景色だ。だが、タイミングが悪かった。
「あっぷ」
走るのに夢中になっていた弟くん(仮)がその背中にぶつかり、おにいちゃんがバランスを崩してしまう。そして、そのまま橋の欄干にぶつかり、勢いよく欄干を乗り越えた――。
「危ないッ!!」
「ユーリ!」
――直後、慌てて荷物を投げ捨て、その手を掴む。ミリーのこともあって何となく彼らに気を配っていたおかげで間に合った。
しかし、思いのほか勢いが強く、体重の軽い私も一緒に引っ張られ、橋の外へ二人とも出てしまう。咄嗟に伸ばした手は欄干を掴めたが子供とはいえ、お兄ちゃんの体重を持ち上げるほどの筋力はない。いや、このままでは欄干を掴む手が離れ、二人とも落ちてしまうだろう。
「『
自身に強化魔法を施す。やっぱり、いつもより肉体強化の効果は大きくなっているが焼け石に水だ。男の子を掴みながら橋に戻るのは難しい。今だって橋の上からコールが私の腕を掴んでくれているから支えられている。彼女がいなければすでに男の子と一緒に水路に落ちていただろう。
「お姉ちゃん……」
「大丈夫、絶対に助けるから、ね」
泣きそうになっている男の子に笑ってみせてゆっくりと男の子を掴んだ手を持ち上げる。そして、橋の上にいるコールへ声をかけた。
「コール……この子を、お願い」
「あ、ああ! すぐに助ける!」
私の意図を察してくれた彼女は少しだけ躊躇った後、私の腕から手を離して欄干から身を乗り出す。彼女はエルフらしく、スタイルもよく手足が長いので男の子を掴むことができた。
「大人しくしていてくれ!」
コールは慎重に男の子を橋の上へと引っ張り上げる。お兄ちゃんも私たちを信じてくれて黙って身を委ねてくれた。そのおかげで無事に彼は橋の上へ戻れた。
「お兄ちゃん!」
橋の上から小さな男の子が声が聞こえる。やっぱり、二人は兄弟だったらしい。よかった、これでもう――。
「ぁ」
――気が緩んだのだろう。欄干を掴んでいた手から力が抜け、そのまま手を離してしまった。
「ユーリ!!」
橋の上でコールが焦ったような顔でこちらに手を伸ばしている。でも、いくら彼女の手足が長くても限界があった。私たちの手は指先が触れただけで掴むことができなかった。
何となくわかる。何度も死んだおかげでこの気配を近くできるようになった。
私は、おそらくここで死ぬ。死因は溺死だろうか。確かに泳いだ経験はあまりなく、水路はそれなりに流れが速い。このまま溺れても何も不思議ではない。
だから、コール。大丈夫。何も気にしなくていいよ。今日の出来事は全てなかったことになるのだから。
でも、私は忘れない。全部、全部、持っていくから。ミリーの優しさも、あなたの思いやりも、全部、次の私へ繋ぐから。
「……じゃあね」
小さな声で別れを告げた私は冷たい水に落ちる。落ちた衝撃で口から空気が漏れ、一気に苦しくなった。もちろん、このまま素直に死ぬつもりはない。しかし、バタバタと藻掻くがいつまで経っても水面に辿り着けない。水を吸った衣服が予想以上に重くなっているせいだ。
(ああ……やっぱり……)
苦しい。苦しい。苦しい。あの凍え死にそうな悪寒に体が蝕まれていく。手足も動かなくなってきた。意識もどんどん遠のいてく。
(綺麗、だな……)
意識が落ちる直前、最期に見たのは水面から射し込む綺麗な夕焼けだった。
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