どうやら、ミリーは色々と進んでいるらしい

「うーん……」


 やっと帰ってこられた王都のそこそこ値の張る宿。私に割り当てられた部屋のベッドで寝転がりながら声を漏らす。


 魔王の呪いによって殺された私は何故か再び魔王城近くの森で目を覚ました。てっきり、アイリが死ぬ運命を覆すために神様がくれた奇跡なのだと思っていたため、酷く混乱したのは記憶に新しい。


 そんな不思議な現象が起きているが違和感を覚えているのは私しかいない。アイリたちは当たり前のように準備を進め、混乱する私の手を引いて魔王城へと出発してしまった。そのまま似たようなやり取りをしつつ、魔王と戦い、同じように天井を壊した。そして、アイリがトドメの一撃を放って魔王を倒し、死の呪いを私が受けてまた死んだ。今度こそ、死ぬ覚悟を決めて飛び出した、はずだった。


 しかし、死んだはずの私は魔王城近くの森で目を覚ました。


 それから何度か魔王に挑み、死の呪いを受けたが必ず魔王城近くの森で目を覚ましてしまう。どうやら、私は死をトリガーに時間を遡ってとある地点からやり直す力を手に入れたらしい。特別なことはなかったので私自身、今でも信じられないのだが、この現象を言語化しようとすればそうと言うしかない。名づけるなら【死に戻り】だろうか。


 因みに死の呪いは魔王の右手を覆う黒い靄に触れたら発動するようだったのでアイリに右手を斬り落とすように指示した後、防御魔法を6枚用意して囲むことで上手くやり過ごせた。痛みはないものの、凍え死にそうになるほどの寒さを何度も体験するのはとても辛く、その度、私を抱きしめてくれたアイリの温もりだけが救いだった。


 魔王を倒した私たちは今日、無事に王都に戻ってきて先ほどまで王様に経緯を説明していたのだ。コールたちが仲間になったことは手紙で報告していたが、二人は王様に実際に会うのは初めてだったので緊張していたのが少しだけおかしかった。


 結局、私が【死に戻り】を手に入れた理由はわからない。そもそも、魔王を倒した今、【死に戻り】が発動するかどうかさえ不明だ。『じゃあ、試しに死んでみるかー』と自殺して発動しなかったらと思うと怖くて確認すらできない状況だ。アイリたちに説明するにも私が【死に戻り】している証拠はないので混乱させてしまうだけなので今のところ、話すつもりはない。


「……はぁ」


 とにかく、【死に戻り】については後回しだ。今、私に襲い掛かっている最大の問題は――このアイリに抱いてしまった気持ちについて。


 【死に戻り】が発動して冷静になった私はこの気持ち――アイリに対する恋心は気のせいだったと思った。死ぬ時の感覚が怖くて傍で悲しんでくれたアイリに何かしらの感情を抱き、それを恋だと誤認しただけだと思うことにしたのである。


 だって、アイリは産まれた時からずっと一緒にいる幼馴染だ。そもそも、私たちは女の子同士。こんな気持ちを抱くなんて間違っている。


 しかし、何度も死ぬ度、アイリを救えた喜びと彼女とお別れしなければならない悲しみで胸が張り裂けそうになった。いや、死を繰り返すほどこの気持ちが明確なものになっていった。魔王を完全に倒した時にはもう何もかもが遅かったのだ。


 私はアイリのことが好き。大好き。多分、ずっと前からそうだったのにそれを友愛だと思い込んでいた。結局、魔王の一件はきっかけでしかなく、最初からこの気持ちは私の胸の中でかくれんぼしていたのだろう。


「……はぁ」


 だからといって何かアクションを起こせるわけもない。アイリに告白して何になる? 彼女なら困った顔をしてお礼を言った後、断るだろう。何にも対して誠実なアイリは絶対に誤魔化したりせず、はっきりと自分の気持ちを伝えてくれる。そうわかってしまうほど私たちは一緒にいた。


 つまり、脈なし。むしろ、女の子を好きになってしまった変態としてコールやミリーに伝わり、パーティー内の空気は最悪。ぎくしゃくしたまま、終わってしまうだろう。


(ううん、魔王を倒したからパーティーは解散、かな)


 アイリは魔王を倒すために旅をしていたのだ。その目的が達成されたのでこれ以上、私たちが冒険する必要はない。コールはエルフの森に帰るだろう。ミリーは私たちの故郷に連れて行っていこうか。


 なにより嬉しいのがアイリがもう危険な目に遭わずに済むことだ。今回、たまたま【死に戻り】を手に入れたからよかったが、死の呪いを受けて死んでいたのはアイリだったかもしれない。そう考えると背筋が凍りつき、怖くなってベッドに潜り込んだ。


「……ふふ」


 もう冒険しなくてもいい。アイリが怪我をすることもなく、平和に暮らせる。また、あの頃と同じように。冒険が終わってもアイリと一緒にいられる。故郷が同じなので当たり前なはずなのにそれが無性に嬉しくなる私はすっかりアイリにお熱なようだった。












「では、次の魔王を倒して欲しい」


「……は?」


 アイリへの恋心を封印すると決めた翌日、再び王城に呼ばれた私たちに対して王様はあっけらかんとそう指示を出した。予想もしないその言葉に思わず間抜けな声を漏らしてしまった。いつも冷静なコールも息を呑んで驚いている。


「実は予言には続きがあってな。一度、魔王が復活すると連鎖的に魔王が現れるらしい。おそらくすでに数体の魔王が誕生してだろう」

 

「そ、その魔王たちも……アイリでなければ倒せません、か?」


「そうだ……お前たちに頼るしかない私たちを許してくれ」


 そう言って王様は深々と頭を下げる。王族が誰かに頭を下げるのは生半可な覚悟ではできないことだ。それほど王様は私たちに対して申し訳なく思っているということだろう。


「……わかりました」


 そんな王様を見たアイリは特に反論せずに頷く。その声に迷いはない。あのコールでさえ、動揺していたのにそれを感じさせない佇まいに私はキュッと胸が締め付けられた。












「まさか魔王が何体もいるとは思わなかったですぅ」


 両手いっぱいに買った物を持ったミリーがため息交じりに呟く。王城で王様の話を聞いた後、冒険に使う道具を揃えることにした私たちは二手に分かれて準備を進めていた。私の相方はミリーである。


「それにしても珍しいですねー」


「ん? 何が?」


「ユーリおねえさんがアイリおねえさんと一緒に行かなかったのがです」


「ふぇ!? そ、そそそそそそうかなぁ!?」


 あまりにもタイムリーな指摘に私は動揺してしまう。吃驚しすぎてドサドサと手に持っていた荷物を全て落としてしまうほどだった。


「もー、しっかりしてください! 壊しちゃったら出費がかさみます!」


「あ、ごめん……」


 そんな私を見て笑いながらミリーが荷物を集めてくれた。もちろん、得意の魔法で、である。ふよふよと彼女の周りを浮かぶ荷物を落とさないように手に取っていく。


 魔法は詠唱をするか杖などの道具に刻んだ術式に魔力を流し込んで発動させるのだが、ミリーは少しだけ特殊だった。


 彼女は大きな魔本を背負っているのだが、その魔本には一ページに一つずつ魔法陣が描かれている。彼女は魔法を使う時、その魔法陣に魔力を流し込む。つまり、あの魔本は術式の辞典のような役割があるのだ。


 そして、恐ろしいのがそんな膨大なページがある中、どのページに何の魔法陣が描かれているか。ミリーはそれを完璧に記憶しているのである。また、ページに描かれている魔法陣に的確に魔力を流し込む高度な魔力操作もでき、魔本を開かずとも簡易的な魔法なら瞬時に使えてしまうのだ。


 また、魔王城で使っていたようにいくつもの魔法陣を組み合わせると属性、弾数、形、威力、範囲、追加効果など。様々な要素をカスタマイズしてその戦況に応じて魔法を作り出せる。これは凄まじい記憶力と針に糸を通せるほどの高度な魔力操作ができるミリーにしかできないオンリーワンな魔法の運用方法だった。


(よくこんな才能を持った子、一発で見抜けたよね)


 奴隷商でこの子を見つけたアイリはやはり勘がいいのだろう。もしかしたら、魔王が他にもいると聞いても驚かなかったのは何となくわかっていたからかもしれない。


「壊れた物はなさそうだよ。ありがとね、ミリー」


「それならよかったです。それで? どうして、アイリおねえさんと一緒に行かなかったです? いつもなら何も言わずに二人で行っちゃうのに」


「うっ……」


 どさくさに紛れて誤魔化そうとしたがミリーは見逃してくれなかった。正直、私はアイリを意識してしまっている。叶わぬ恋だとわかっていても好きだと自覚してしまったせいでアイリと一緒にいると冷静でいられないのだ。


 だから、冒険の準備をすることになった時、色々と理由を付けてミリーと行動することにしたのである。


「え、えっとね? それは……」


 とにかく、今はどうにかして誤魔化そう。馬鹿正直に話すわけにもいかないし、なによりミリーは私たちよりも年下だ。まだこういった話は早すぎる。


「もしかして、やっと自分の気持ちに気づいたです?」


「……へ?」


 しかし、私が何か言う前に呆れたようにジト目を向けたミリーはとんでもないことを言った。その言い方だとまるで私がアイリが好きだと私が気づく前から気づいていたような。


「……その様子だと本当のようですね。もー、やっとですか?」


「え、ええ? 待って。なんで、知って……」


「見ていればわかります。ユーリおねえさん、アイリおねえさんに対して好き好きオーラ出しすぎです。見ているこっちが恥ずかしくなるぐらいでした」


「え、ええええええええ!?」


 『何を馬鹿なことを』と言いたげに肩を竦めたミリー。だが、私としては全く自覚がないため、彼女の指摘を上手く呑み込めなかった。


「そ、そんなことないよ! 全然、普通だったけど!?」


「そうですか? 王城ではアイリおねえさんとユーリおねえさんはできてるって噂が流れてますよ?」


「ひええええええ……」


 どうしてこんなことになってしまったのだろう。そっと胸の奥にしまっておこうとしていた恋心はすでにミリーや王城の皆さんに露見していたとは。


「でも、私、気づいたのつい最近だけど……普通、じゃなかった?」


「……アイリおねえさんがご飯を食べています。どうします?」


「え? 調味料が欲しそうなら取ってあげて……口に食べ物が付いてたら取ってあげたり?」


「その時に添える一言をどうそ!」


「もー、アイリったら……ついてたよ♡」


「あまああああああああい!」


 いきなり叫んだミリーにビクッと驚いてしまう。たまにミリーは変なところでテンションが上がるのだが、今は止めてほしかった。


「やり取りがバカップルなんですよぉ! コールはああ見えておこちゃまなので仲がいいな程度にしか思ってませんが私からしてみればお口からお砂糖どさーですよ!」


「お、お砂糖?」


「甘い雰囲気って意味ですぅ!」


 頭を抱えながら叫ぶミリー。わざわざ浮遊の魔法をいくつも使って持っていた荷物を浮かせるほど鬱憤が溜まっていたのかもしれない。


「この機会に言わせていただきます! おねえさんたちはそんなやり取りを色々なところでやってるんです! 周囲にいる人たちから『あらぁ、若いわねぇ』みたいな目で見られるミリーの身になってください!」


「ご、ごめんなさい?」


 プンプンと怒るミリーに謝ると彼女は一先ず落ち着いたようで浮遊の魔法を解除して荷物を抱え直す。本当にしっかりした子だ。


「それで? やっぱり、ゴールインするですか?」


「ゴールイン!? そんなのできないよ! だって、女の子が女の子を好きになるって変でしょ!?」


「……はぁ?」


 気が動転してずっと考えていたことが口から漏れてしまう。そして、それを聞いたミリーは一度も聞いたことがない低い声で私を睨んだ。


「女の子が女の子を好きになるって変? 何を馬鹿なことを言ってるです!」


「ば、馬鹿って……だって、付き合うのって普通は男の子と女の子でしょ」


「ナンセンス!! 大いにナンセンスです!!」


 我慢の限界を迎えてしまったのか。ミリーはもう一度、浮遊の魔法を使い、彼女の荷物だけでなく、私のそれも一斉に浮かせてしまう。その光景は大道芸のようで周囲の人たちが何事かと騒ぎ始めた。


「ちょ、ちょっとミリー?」


「いいですか? 人が人を好きになることに理由はないんです! 好きになってしまうんです! たとえ、同姓でも好きだと思ったらもうおしまいなんです!」


「っ……」


 宥めようとする私の両手を掴んで彼女は絶叫する。気づけばミリーの目には僅かに涙が溜まっていた。そんな彼女の迫力に思わず言葉を失ってしまう。


「ユーリおねえさん……アイリおねえさんのことは好きですか?」


「……うん、好きだよ」


「ずっと一緒にいたいですか?」


「一緒にいたい」


「イチャコラしたいですか?」


「した――え、あ、その……」


 勢いで頷きそうになったが恥ずかしくなって言葉に詰まってしまう。しかし、ミリーはそれを肯定と捉えたらしく、満面の笑みを浮かべた。


「それでいいじゃないですか」


「え?」


「だって、ずっと一緒にいたいんですよね? イチャコラしたいんですよね? それで十分だと思います。だって、ミリーも皆とずっとずっと一緒にいたいですから!」


「ミリー……」


「でも、ユーリおねえさんのそれはミリーのこれとは違うと思います。アイリおねえさんを愛してるんですよね?」


「ッ……」


 愛している。ミリーの言葉はストンと胸に落ちた。


 ああ、そっか。私、アイリを愛しているんだ。


 そう自覚した途端、ずっともやもやしていた胸の内が少しずつ晴れていく。


「変、じゃないかな?」


「人を愛するってとっても素敵なことだと思います!」


「アイリ、受け入れてくれるかな?」


「ミリーはアイリおねえさんじゃないのでわかりません!」


「……ふふっ、そうだね。わからないよね」


 ニシシと笑うミリーを見て私も自然と笑顔になってしまう。本当に、この子はいい子だ。こんな意気地なしの私を簡単に元気づけてしまった。


 一度、自覚してしまったこの気持ちはなくならない。見て見ぬふりすることもできるだろうけど、それはアイリたちに失礼なことだと今なら何となくわかる。


 なら、もうちょっと寄り添ってもいいかもしれない。常識とか、不確定な未来を不安に思って突き放すのではなく、まずはこの気持ちを理解してあげよう。だって、この感情を知っているのは他でもなく、抱いている私だけなのだから。


「子供が産まれたらミリーが魔法を教えたいです!」


「ちょっと待って」


 いい話で終わりそうだったのにミリーがとんでもないことをぶん投げてきたので待ったをかける。しかし、止められるとは思っていなかったようで彼女は不思議そうに首を傾げた。


「どうかしました?」


「いや、だって……私、女の子だよ?」


「はい、そうですね」


「アイリも女の子だよ?」


「はい、知ってます」


 そこまで言って何故この子はわからないのだろう。いや、そうか。もしかしたらミリーは人が愛し合えば子供ができると思っているのかもしれない。まぁ、確かに愛し合えば・・・・・子供はできる。しかし、それは男女で、かつ、そういった行為をした場合だ。ミリーは考えているように簡単には子供はできない。


「ミリー? 女の子同士じゃ子供はできないんだよ?」


「できますよ? 生やせばいいじゃないですか」


「……うん?」


「あれ、知りませんか? 女の子に生やす魔法ってあるんですよ」


「……はい?」


 ミリーの言葉を上手く呑み込めず、キョトンとしてしまう。生やす? 女の子に? 何を? ナニを!?


「は、はああああ!?」


「淫魔が使える魔法にあるそうです。まぁ、淫魔法なので性欲が何百倍にもなってしまい、盛ったサルのようにあっぱらぱーになっちゃいますが」


「駄目じゃん……って、なんでミリーはそんなこと知ってるの?」


「……ユーリおねえさん、ミリーは元奴隷ですよ? どんな人に買われてもいいように色々な知識を付けさせられるんです。性教育もバッチリです」


 何を今更、と肩を竦めたミリーは私の手を離して宙に浮く荷物を持ち始める。だが、私はあまりの事実に口をパクパクさせてしまう。


 もしかして、私たちの中で一番進んでいるのはミリーだった?


「さ、早く帰りましょう! 早速、宿に戻ってアイリおねえさんを落とす作戦を立てますよ!」


「え? ええ?」


 何故か私よりも積極的なミリーはさっさと先に行ってしまう。私が正気に戻るまで浮遊の魔法を使い続けてくれるつもりのようで私の周囲にはまだふよふよと荷物が浮いていた。


「あ、ミリー! 待って!」


「ほーら、早くしないと置いてっちゃいますよー!」


 慌てて荷物を集める私を見て嬉しそうに笑うミリー。どこかテンションの上がっている彼女は私を急かすようにその場でピョンピョンとジャンプする。


「そんなにはしゃいだら転んじゃ――ッ!?」


 荷物を集め終えた私は視線をミリーに戻す。そして、彼女の背後から迫る大きな馬車が見えた。きっと、ミリーがジャンプしていたおかげで視線を僅かに上を向けていたおかげだろう。その馬車に御者の姿がなかった。


「『脚力強化足に力を』!」


 荷物を投げ捨て、脚部に肉体強化を施す。いつもなら聖杖に刻まれた術式を使うが今は持っていないので簡易的な魔法しか使えなかった。


「ミリー!!」


「え?」


 それでもいつも以上に・・・・・・強化された足はミリーが馬車に轢かれる前に彼女のところへ私を運んでくれた。しかし、それでもミリーを抱えて避けようとしたら二人まとめて馬車に轢かれてしまう。





「ユーリおねえさ――」




 だから、咄嗟にミリーを助けるために横へ突き飛ばした。突き飛ばされながらも驚いた顔で私に手を伸ばすミリーはやっと状況を理解したのか、今にも泣きそうな顔をしていた。






(よかった、間に合った……)






 安堵したのも束の間、私は馬車に轢かれ、体がぐちゃりと潰れるのを自覚した。

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