どうやら、私は死に戻れるようになったらしい

ホッシー@VTuber

どうやら、私は死に戻れるようになったらしい

「……」


「ユーリ?」


「え?」


 いつの間にか呆けていたのだろうか。聞き慣れた声が私の名前を呼び、無意識にそちらを向く。


「どうしたの?」


 そこには私を心配そうに見つめる幼馴染のアイリがいた。その後ろには休憩している間に装備を整えようと道具をリュックから取り出している仲間のコールとその隣で軽食を作ってくれているミリー。


「どこか怪我でもした?」


「う、ううん! 何でもないよ!」


 アイリの言葉に慌てて首を横に振る。どうして私は呆けていたのだろう。疲れているとはいえこんな危険な場所でぼーっとするのはまずい。


「そう、よかった」


 そう言ってアイリはコールとミリーの方へ行ってしまう。そんな彼女の背中を見てホッと安堵のため息を吐く。後衛の私よりも危険な前衛で戦っているアイリを心配させたくなかったのだ。


 私の名前はユーリ。どこにでもありそうな平和な村で産まれたただの村娘だ。


 数年前まで平和な村で両親と共に暮らしていた。また、産まれた時からの知り合いであるアイリとは一番仲が良く、何をするにしても一緒に行動するほどだった。


 しかし、突如として魔王を名乗る悪い存在が現れ、人類は滅亡の危機に陥ってしまった。


 それ自体、昔の偉い魔法使いさんが予言しており、魔王と共にその存在を打ち破る英雄――勇者が産まれると言われていた。


 その予言を信じ、国王は国中を探し回ってやっと勇者を見つけたのである。


(それが……アイリ)


 最初は嘘だと思った。だって、アイリも私と同じようなただの村娘――いや、確かに化粧をしなくても見惚れてしまうほどの美貌や木から木へと跳び移ってしまうほどの運動神経を持っていたのでただの村娘ではなかったのは確かだ。


 でも、突然、幼馴染が勇者だと言われても私はすぐに信じられなかったのである。


 だが、アイリ本人は薄々感じていたようで彼女は国王の呼び出しに素直に従った。


 もちろん、私は止めた。ついさっきまで籠を編んでいた村娘が戦場に出てもまともに戦えるわけがない。ただ死ににいくだけだ。そう、何度も伝えた。


 ――私が行かなかったら死んじゃう人がいるから。


 私の必死の説得はその言葉に敗れ、アイリは都へと向かう準備を始めてしまう。その言葉の重たさに負けたわけではない。そう言った彼女の悔しそうな、悲しげな顔が私を打ち負かしたのだ。


 ――なら、私も行く。


 ――え?


 ――私も、行く!!


 だからだろうか。気が付けば私もアイリについていくと叫んでいた。一応、私には魔法の才能が少しだけあり、ちょっとした回復魔法や強化魔法を使えたのである。


 予想外だったのはアイリに止められると思っていたのだが、旅の危険性や魔物について語り、私の意思が変わらないと分かった時点ですんなりと受け入れたことだった。


 それから色々なことがあった。


 弓を整備しているエルフのコールとは旅の途中で立ち寄った大きな森の中。最初は敵だと思われ、何本もの矢を放たれ、死ぬ思いをした。その後、エルフたちのピンチを救い、私たちの旅の目的を知ってついてきてくれることになった。


 楽しそうに料理をしている魔法使いのミリーは大きな街で奴隷として売られていた。彼女を見かけたアイリは勇者としての勘なのか。路銀のほとんどを使ってミリーを買い、なけなしのお金で装備を整えさせた後、簡単な魔法を教え始めた。魔法の才能があったようでメキメキと魔法の腕を上げた彼女は今ではこのパーティーの立派な火力役である。


「……はぁ」


 それに比べ、私はどうだ? 使えるのは回復魔法や強化魔法、防御魔法などのサポート系ばかり。本当ならパーティーには絶対に必要な存在なのに勇者であるアイリが強すぎて魔法を使う機会がほとんどない。ただお金を無駄に消費する足手まとい。それが私自身の評価だった。


(最初の頃はもうちょっと活躍できたのにコールやミリーが入ってからもっと出番がなくなっちゃった……)


 コールたちが嫌いなわけじゃない。むしろ、好きだ。


 コールとは趣味が合うのでよく一緒に買い物に行くし、ミリーは私たちのことを救ってくれた恩人と思っているようで色々をお世話を焼いてくれる。小さい頃から奴隷だったせいであまり成長できなかった小さな体で頑張って働いているところはとても可愛い。コールも普段はクールな女の子なのに可愛い物に目がなくて最初は興味ありませんと言わんばかりに目を逸らすのだが、気になってちらちらと見てしまうところも大変よろしい。もちろん、アイリは相変わらず綺麗だし、私と一緒の部屋になれば『髪を乾かして』、と甘えん坊なところもふふふふふふ。


 閑話休題話が逸れちゃった


 つまり、簡単に言えば私はこのパーティーに必要なのか。そう言った話だ。


(抜けた方がいい? でも、ここまで来て辞めますって言うのは変だし)


「ユーリ、ご飯できたって」


「あ、うん!」


 思考の海に溺れそうになっていた時、アイリが私に声をかけてくれた。急いで立ち上がり、皆が待つ場所に向かう。


「……」


 その途中、そっと顔を上げる。私の視線の先には禍々しいオーラを放つ、大きな城――魔王城が建っていた。








 魔王。存在しているだけで世界に魔物を生み出し、混沌を呼び寄せると言われている厄災である。また、生み出した魔物や魔人を従えて世界を滅ぼそうと企て、様々な国へ侵攻を行っているそうだ。


 そんな魔王を倒せるのは勇者の力でしかできず、他の者では傷はつけられても命までは奪えない。そんな予言が残されている。もちろん、考えなしに予言を信じているわけではない。実はその予言を遺した昔の偉い魔法使いさんは他にもたくさんの予言を遺し、その全てが当たっているのだ。だからこそ、国も魔王に関する予言を無下にはできず、勇者を探し回ってアイリを見つけた。


「……」


 薄暗い魔王城を歩くアイリの背中を眺める。幼い頃よりも大きくなったそれは果たして成長したからか、それとも私よりも強くなってしまったからなのか。今の私にはあまり考えたくないことだった。


「アイリ」


 その時、先行して探索してくれていたコールが音もなく戻ってくる。森の中を自由自在に移動していた彼女は斥候としても大活躍であり、よく単独行動をして罠を解除してくれているのだ。


「この先に分かれ道があった。どちらに行く?」


「右」


 コールの問いにアイリは考える間もなくそう答えた。あまりにも即答だったため、アイリ以外の全員がキョトンとしてしまう。


「え、えっとアイリおねえさん……決めるのは実際に見てからじゃなくてもいいです?」


「……大丈夫」


「いつもの勘ってやつです? やっぱり便利ですねー」


 ミリーがアイリをキラキラした目で見ているが私とコールは顔を見合わせる。確かにアイリは勘が鋭い、ミリーの才能を見抜いたこともそうだが、これまでの冒険でもこういったことは何度も起こっていた。しかも、その勘はほとんど外れたことがない。


(……まぁ、いいか)


 もし、アイリ以外の誰かがろくに調べもせずに即答したのなら割って入ったかもしれない。でも、アイリなら信じてもいいだろう。少なくとも幼馴染である私はそう思えるくらい、彼女と一緒にいた。


「……わかった。右の道を調べてくる。念のため、分かれ道のところで待っていてくれ」


 しかし、コールはすぐに頷かずにそう言い残した後、ピョンピョンと瓦礫から瓦礫へと飛び回って先へ行く。彼女はとても慎重な性格だ。アイリの言葉を鵜呑みにせず、きちんと調査してくれる。


「……いこっか」


 コールの姿が完全に見えなくなったところでアイリが再び歩き出す。魔王城は迷路のような構造をしており、今歩いている道が魔王の待つところまで繋がっているかわからない。


 だが、それでも少しずつ禍々しいオーラに近づいているのだけはわかった。








「くっ……」


 漆黒に染まった魔球を防御魔法でなんとか弾き飛ばした私はその衝撃に歯を食いしばる。


 結局、アイリの直感は正しかった。右の道を進んでしばらくすると大きな扉が現れ、その先に魔王がいてすぐに戦闘になったのである。


「ミリー、魔法は!?」


「もうちょっとです!」


 手に持つ聖杖に魔力を込めながら隣に立つミリーに叫ぶと抱えるほど大きな魔本のページを捲りながら答えた。前方では魔王の前に立ち、聖剣を巧みに操るアイリとそんな彼女を援護するように矢を放つコールがいる。


 魔王との戦いが始まってそれなりの時間が経っていたがあまり状況は芳しくない。魔王本人が強いのもそうだが、厄介なのが奴の周囲に貼られている魔法を無効化してしまうバリアだ。そのせいで火力担当であるミリーの魔法が完全に通用せず、火力不足でジリ貧となってしまっている。


(どうにかしたいけどっ)


 もちろん、魔法主体で戦う私も同じだ。魔王の攻撃を防いでいるが油断すれば簡単に突破されてしまうだろう。幸い、そのバリアは物理的攻撃は素通しするようなのでアイリの聖剣やコールの矢は届く。でも、それだけでは魔王は倒せない。


「いくですよー!! どせええええええええい!」


 やっと魔法が完成したのだろう。可愛らしい声で叫んだミリーは頭上に生成した巨大な岩を魔王へと投げつける。咄嗟にアイリとコールがその射線から逃げ、魔王に岩が激突。


「もー! これも駄目ですか!?」


 だが、岩はバリアに阻まれ、溶けるように消えてしまった。魔法で作り出した物は問答無用で無効化してしまうらしい。それでも気を引くことぐらいはできるだろうとミリーは次の魔法の準備を始める。


「アイリ、どうする!?」


 さすがに埒が明かないと判断したのかコールが矢を番えながらアイリに問いかけた。コールの矢筒は特殊で見た目以上に矢を収納できる。しかし、無限ではない。いつか矢がなくなる時が来てしまう。


「……」


 コールの声にアイリは答えない。彼女も攻めあぐねているようだ。いや、あの様子は少し違う? 多分、手はあるがそれを実行するのに躊躇している?


「ユーリおねえさん、来ます!」


「ッ!?」


 そんなアイリの様子が気になってそれに気づくのが遅れた。慌てて視線を前に向けると漆黒の魔球が私に迫って――。


「ユーリ!!」


 ――それをアイリが聖剣で斬る。前線にいたはずなのにいつの間にここまで移動したのだろう。ううん、そんなことはどうでもいい。


「駄目、アイリ!」


 今、重要なのは聖剣を振りきった状態のアイリに向かって魔王が魔剣を振り下ろそうとしていることだ。あの魔剣は魔力を斬撃に変換できるため、刀身を伸ばせる。つまり、今のアイリにあれを防ぐことはできない。


「――ッ!」


 ほとんど無意識の行動だった。前に立つアイリの背中を引っ張って彼女を後方へ。そして、その反動を利用して私が前へと移動する。その過程で聖杖を掲げ、防御魔法を展開。





「ぁ」





 最期に見たのは私の防御魔法を簡単に切り裂いていく闇の染まる魔剣だった。








「……」


「ユーリ?」


「え?」


 いつの間にか呆けていたのだろうか。聞き慣れた声が私の名前を呼び、無意識にそちらを向く。


「どうしたの?」


 そこには私を心配そうに見つめる幼馴染のアイリがいた。その後ろには休憩している間に装備を整えようと道具をリュックから取り出している仲間のコールとその隣で軽食を作ってくれているミリー。


「どこか怪我でもした?」


「う、ううん! 何でもないよ!」


 アイリの言葉に慌てて首を横に振る。どうして私は呆けていたのだろう。疲れているとはいえこんな危険な場所でぼーっとするのはまずい。


「そう、よかった」


 そう言ってアイリはコールとミリーの方へ行ってしまう。そんな彼女の背中を見て首を傾げた・・・・・


(あ、れ……)


 何か、忘れているような気がする。とても、大切なこと。でも、その正体はわからない。


 焦燥感? 安堵? 不安? 怒り?


 そんな色々な感情が私の胸を叩く。ぐちゃぐちゃになってしまったそれらを飲み込んでいくとおそらく私は後悔していた。


(でも、なんで後悔を?)


 自分でも原因がわからず、少しだけ背筋が凍りつく。


「ユーリ、ご飯できたって」


「あ、うん!」


 思考の海に溺れそうになっていた時、アイリが私に声をかけてくれた。急いで立ち上がり、皆が待つ場所に向かう。


「……」


 その途中、そっと顔を上げる。私の視線の先には禍々しいオーラを放つ、大きな城――魔王城が建っていた。






「……」


 薄暗い魔王城を歩くアイリの背中を眺める。あの感覚は今も消えていない。何故か、ふとした時にその背中に手を伸ばしたくなる。今までそんなことはなかったので戸惑い、集中できていなかった。


(ここは魔王城……油断しないようにしないと)


「アイリ」


 浅く息を吸い、気持ちを落ち着かせたところで先行して探索してくれていたコールが音もなく戻ってくる。森の中を自由自在に移動していた彼女は斥候としても大活躍であり、よく単独行動をして罠を解除してくれているのだ。


「この先に分かれ道があった。どちらに行く?」


「……右」


 コールの問いにアイリは少し考える素振りを見せた後、そう答えた。まだ分かれ道を見ていないのに答えた彼女に私たちは思わずキョトンとしてしまう。


「え、えっとアイリおねえさん……決めるのは実際に見てからじゃなくてもいいです?」


「……大丈夫」


「いつもの勘ってやつです? やっぱり便利ですねー」


 ミリーがアイリをキラキラした目で見ているが私とコールは顔を見合わせる。確かにアイリは勘が鋭い、ミリーの才能を見抜いたこともそうだが、これまでの冒険でもこういったことは何度も起こっていた。しかも、その勘はほとんど外れたことがない。


 私としてはアイリの直感は信じられるため、特に異論はない。でも、コールはこの先を見てくると言うだろう。


「……わかった。右の道を調べてくる。念のため、分かれ道のところで待っていてくれ」


 私の予想通り、コールはすぐに頷かずにそう言い残した後、ピョンピョンと瓦礫から瓦礫へと飛び回って先へ行った。


「……いこっか」


 コールの姿が完全に見えなくなったところでアイリが再び歩き出す。魔王城は迷路のような構造をしており、今歩いている道が魔王の待つところまで繋がっているかわからない。


 だが、それでも少しずつ禍々しいオーラに近づいているのだけはわかった。








「くっ……」


 漆黒に染まった魔球を防御魔法でなんとか弾き飛ばした私はその衝撃に歯を食いしばる。


 結局、アイリの直感は正しかった。右の道を進んでしばらくすると大きな扉が現れ、その先に魔王がいてすぐに戦闘になったのである。


「ミリー、魔法は!?」


「もうちょっとです!」


 手に持つ聖杖に魔力を込めながら隣に立つミリーに叫ぶと抱えるほど大きな魔本のページを捲りながら答えた。前方では魔王の前に立ち、聖剣を巧みに操るアイリとそんな彼女を援護するように矢を放つコールがいる。


 魔王との戦いが始まってそれなりの時間が経っていたがあまり状況は芳しくない。魔王本人が強いのもそうだが、厄介なのが奴の周囲に貼られている魔法を無効化してしまうバリアだ。そのせいで火力担当であるミリーの魔法が完全に通用せず、火力不足でジリ貧となってしまっている。


(どうにかしたいけどっ)


 もちろん、魔法主体で戦う私も同じだ。魔王の攻撃を防いでいるが油断すれば簡単に突破されてしまうだろう。幸い、そのバリアは物理的攻撃は素通しするようなのでアイリの聖剣やコールの矢は届く。でも、それだけでは魔王は倒せない。


「いくですよー!! どせええええええええい!」


 やっと魔法が完成したのだろう。可愛らしい声で叫んだミリーは頭上に生成した巨大な岩を魔王へと投げつける。咄嗟にアイリとコールがその射線から逃げ、魔王に岩が激突。


「もー! これも駄目ですか!?」


 だが、岩はバリアに阻まれ、溶けるように消えてしまった。魔法で作り出した物は問答無用で無効化してしまうらしい。それでも気を引くことぐらいはできるだろうとミリーは次の魔法の準備を始める。


「アイリ、どうする!?」


 さすがに埒が明かないと判断したのかコールが矢を番えながらアイリに問いかけた。コールの矢筒は特殊で見た目以上に矢を収納できる。しかし、無限ではない。いつか矢がなくなる時が来てしまう。


「……」


 コールの声にアイリは答えない。彼女も攻めあぐねているようだ。いや、あの様子は少し違う? 多分、手はあるがそれを実行するのに躊躇している?


「ユーリおねえさん、来ます!」


「ッ!?」


 そんなアイリの様子が気になってそれに気づくのが遅れた。慌てて視線を前に向けると漆黒の魔球が私に迫って――。


「ユーリ!!」


 しかし、それを見切っていたのか、いつの間にかここまで助けにきてくれたアイリは私を抱えて右へ跳んだ。魔球が壁に激突し、小さな爆発を起こす。








 ――私の防御魔法を簡単に切り裂いていく闇の染まる魔剣だった。








魔剣が来る・・・・・!」


 その爆風に煽られながら私は咄嗟に防御魔法を使用する。だが、いつもより角度をつけて展開させた。防ぐのではなく、逸らすための壁。


 私の目論見通り、魔王が振るった魔剣は私の防御魔法に沿うように僅かに軌道がズレる。私たちのすぐ横を通り過ぎた魔剣は壁や床を斬り裂くだけに終わった。


「ユーリ?」


「……あ、れ? なんで……」


 アイリが珍しく、目を丸くして私を見ていた。そこで私もハッとする。


 何故か魔剣が来ることがわかった。私の防御魔法では防げないこともわかった。いいや、わかっていた?


「アイリ、ユーリ! 危ない!」


 呆然とする私たちを見逃す魔王ではない。いくつもの魔球を生み出し、こちらへ撃ち出してくる。アイリはすぐに聖剣を構えたが、数が多すぎる。あれを全て捌ききるのは無理だ。


 すかさず防御魔法で私たちを包む。だが、一つでも防ぐのがやっとだった魔球をいくつも防げるわけもなく、数発当たっただけで防御魔法が粉々に砕けてしまった。


「くっ」


 パラパラと防御魔法の破片が舞う中、アイリが聖剣を持って私の前に立つ。そして、目にも止まらぬ速さで剣を振るい、次々に魔球を斬り飛ばしていく。私も彼女に強化魔法を施し、援護を行うが少しずつ押され始めた。


(この、ままじゃ……)


 どうにかできないかと周囲を見渡す。そこで魔王がコールの放つ矢を弾き飛ばしながらこちらに向かって魔剣の切っ先を向けているのが見えた。コールは魔球を止めようと気を引くために矢を放っているし、ミリーは早く魔法を完成させるために集中していてそれに気づいていない。


「アイリ、避けて!」


「ッ!?」


 ほとんど無意識の行動だった。私は自身に強化魔法を掛け、アイリを思い切り突き飛ばした。聖剣を振るっていたせいか、踏ん張れずに魔球の範囲外へ飛ばされる。







「ぁ」







 ズブリ、とそんな音が聞こえたような気がした。下を見れば私のお腹から黒い何かが生えている。


 いや、違う。これは魔剣? ああ、私、刺されちゃったのか。


 少しずつ熱くなっていくお腹に手を伸ばそうとするがその前に視界が暗くなる。ハッとして顔を上げるとそこには魔球が――。









「……」


「ユーリ?」


「え?」


 いつの間にか呆けていたのだろうか。聞き慣れた声が私の名前を呼び、無意識にそちらを向く。


「どうしたの?」


 そこには私を心配そうに見つめる幼馴染のアイリがいた。その後ろには休憩している間に装備を整えようと道具をリュックから取り出している仲間のコールとその隣で軽食を作ってくれているミリー。


「どこか怪我でもした?」


「う、ううん! 何でもないよ!」


 アイリの言葉に慌てて首を横に振る。どうして私は呆けていたのだろう。疲れているとはいえこんな危険な場所でぼーっとするのはまずい。


「そう、よかった」


 そう言ってアイリはコールとミリーの方へ行ってしまう。そんな彼女の背中を見て既視感を覚えた・・・・・・・


(これ、は?)


 何となく知っている。私はこのやり取りをしたことがある。それも、一回だけじゃない。何度も、何度も、何度も。


 自覚すればするほどこれは事実なのだとわかった。しかし、まだあやふやな部分が多くて状況を飲み込めていない。


「ユーリ、ご飯できたって」


「……うん、わかった」


 思考の海に溺れそうになっていた時、アイリが私に声をかけてくれた。少しだけ躊躇った後、立ち上がって皆が待つ場所に向かう。


「……」


 その途中、そっと顔を上げる。私の視線の先には禍々しいオーラを放つ、大きな城――魔王城が建っていた。









「……」


 薄暗い魔王城を歩くアイリの背中を眺める。やっぱり、私はこの光景を見たことがある。確か、この後は――。


「アイリ」


 私の予想通り、先行して探索してくれていたコールが音もなく戻ってきた。この先に分かれ道があってどうするかアイリに判断を仰ぐのである。そして、アイリが分かれ道を見ずに『右』と答えるのだ。


「この先に分かれ道があった。どちらに行く?」



「分かれ道を見てから決める」


「え?」


 しかし、アイリの受け答えが違ったため、思わず声を漏らしてしまう。いきなり声を出した私を皆が何事かと見た。


「あ、えっと……アイリなら勘で答えそうだなーって思ってたから」


「確かにこういう時、アイリおねえさんはズバッと判断しますよね!」


 私の言葉にミリーがうんうんと頷いてくれる。コールも思い当たる節があったようでどこか納得したような表情を浮かべていた。


「……」


「あ、アイリ?」


「……何でもない。多分、右」


 私の様子がおかしいと思ったのか、アイリがジッとこちらを見つめてくる。何もかも吸い込んでしまいそうな綺麗な瞳に見つめられた私はドギマギしてしまうが彼女は首を横に振った後、正解の道を答えた。


「……わかった。右の道を調べてくる。念のため、分かれ道のところで待っていてくれ」


 それを聞いたコールはすぐに頷かずにそう言い残した後、ピョンピョンと瓦礫から瓦礫へと飛び回って先へ行った。


「……いこっか」


 コールの姿が完全に見えなくなったところでアイリが再び歩き出す。魔王城は迷路のような構造をしているが私はこの道が魔王のいる場所に繋がっていることを知っている。


 今度こそ、魔王を倒す。そう心に決めて私はアイリの後を追いかけた。







「ふっ」


 漆黒の魔球を防御魔法で逸らす。真正面で受け止めるよりも楽だ。それに魔力の節約にもなる。


「ミリー、多分、その魔法も効かないから魔王の足元を狙って! 態勢を崩すの!」


「わ、わかったです!」


 巨大な岩を作り出そうとしていたミリーを止めて指示を出す。何故、私がそんなことを言い出したのかミリーは不思議そうにしたが、戦闘中なので深く聞かずに素直に従ってくれた。


 私自身、私の身に起きているこの現象を理解しているわけではない。でも、私が油断してアイリと一緒にピンチになることはわかっていた。だから、最初からそうならないように動けばいい。


 私の実力では防御魔法で魔王の攻撃を防げない。だから、逸らす。


 ミリーの魔法は無効化されていしまう。だから、アイリたちが動きやすくなるように援護に回ってもらう。


 私にできるのはこれぐらいだ。あとは魔王の魔剣の動きを見ていつでも対処できるようにしておく。


(厄介なのは伸びる魔剣)


 振り下ろすのもそうだが、なにより面倒なのは切っ先を向けただけで攻撃できることだ。予備動作が少なく、躱しにくい。避けたところへ魔球を投げるだけでも驚異的だ。


「アイリ、どうする!?」


 コールがアイリに指示を仰ぐ。ミリーの魔法が通用しない現状、魔王を倒せるのは勇者の聖剣しかない。しかし、魔王の攻撃が苛烈であり、近づくことができないのだ。


「……」


 アイリは答えない。やっぱり、アイリには何か手がある。でも、それを実行しない、もしくはできないのだろう。


 私にできることはないだろうか。こんな私にも何か、できることは。


「……?」


 魔王との戦闘が激しく、すでに廃墟寸前の魔王城はそれに耐えきれないようでたまに天井から小さな破片が落ちてくる。そして、それが魔王の肩に当たったのが見えた。


「……ッ!! ミリー、魔法で魔王の頭上付近の天井を壊して!」


「へ!?」


「お願い!」


「わ、わかったです! せーい!!」


 私の指示に従い、ミリーが魔法で天井を攻撃した。すると魔王の頭上が崩れ、奴に向かってたくさんの瓦礫が落ちていく。


「っ!?」


 まさかいきなり上から瓦礫が落ちてくるとは思わなかったのだろう。魔王は驚いた様子で頭上を見上げる。そして、魔球でそれらを吹き飛ばした。


「ユーリ、ミリー、ナイス」


 そんな大きな隙を見逃す勇者アイリではない。一気に魔王の懐へ潜り込み、聖剣を振るう。魔王も負けじと魔剣を振るおうとしたがコールの矢が的確に魔剣を射抜き、一瞬だけ動きを鈍らせた。


「終わり」


 アイリはボソリとそう呟き、聖剣が魔王を捉える。その瞬間、アイリの体が仄かに輝いた。きっと、勇者の力が発動したのだろう。


「ぐ、ぉおおおおお……」


 どんなに攻撃しても声一つ漏らさなかった魔王が苦しそうに呻き声を漏らす。勇者の力でしか魔王を倒すことができないと予言にはあったが、勇者以外の者がトドメを差してもすぐに復活してしまうらしい。その予言が正しかったようで魔王の体はどんどん崩れていく。


「やった、これで!」


 隣に立つミリーが嬉しそうな声を上げた。コールもホッとしたように息を吐いて弓を下ろしている。これで私たちの旅は終わる。色々なことがあったし、不思議な現象も起きて混乱したが何とかなって本当によかった。




 ――駄目!!




「ッ! アイリ!」


 頭の中で誰かの声がした。それに背中を押され、咄嗟にアイリの前に躍り出る。そして、魔王の右手に黒い靄が集まっていることに気づいた。


『死ね』


「ぁ」


 初めて聞いた魔王の言葉。それは万物を死へ誘う呪いだった。黒い靄は私の体へ吸収され、糸が切れた人形のように私はその場に崩れ落ちてしまう。


「ユーリ!」


 倒れた私をアイリは抱き上げた。いつも落ち着いている彼女の慌てる姿を見るのは初めてかもしれない。横目で魔王を見るとすでに奴の体は崩れ切る直前であり、最後にしてやったりと笑う口が見えた。


「ユーリ、どうして!?」


「アイ、リ……だい、じょう……ぶ?」


 アイリの言葉を無視して彼女の安否を確認する。アイリは顔を引きつらせた後、無言で頷く。ああ、よかった。そう安堵のため息を吐こうとしたが、息の代わりに血が溢れてしまう。


「ユーリ!」


「ユーリおねえちゃん!」


 コールもミリーも泣きそうな顔で私を見下ろす。きっと、あの現象はこのためだったのだろう。勇者であるアイリが死ぬ運命を覆すために神様がくれた奇跡。


「ユーリ……」


 アイリの声が聞こえる。もう目は機能を失ってしまったように何も見えない。これが死ぬ感覚、というものなのだろう。とても寒い。今にも凍えてしまいそうだ。


(でも、アイリが触れてるところは温かいな……)


タイムリミットはもうすぐそこまで迫っている。それでも、この温かさにずっと身を委ねていたいと思ってしまったのは――。


(そっかぁ……)


 私、アイリのことが――。




 そして、私は死んだ。







「……」


「ユーリ?」


「え?」


「どうしたの?」


 死んだはずなのに何故か目が覚めると心配そうに見つめる幼馴染のアイリがいた。その後ろには休憩している間に装備を整えようと道具をリュックから取り出している仲間のコールとその隣で軽食を作ってくれているミリー。


「どこか怪我でもした?」


「う、ううん! 何でもないよ!」


 慌てて首を横に振る。それを見たアイリは『そう、よかった』と呟いてミリーの方へ行ってしまった。


「……」


 ここは魔王城近くの森。見覚えのある場所、既視感のあるやり取り。





 あれぇ?

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