第9話 お父様からのお呼び出し

「ヴァイオレット様、国王陛下がお呼びです」

「分かったわ。すぐに支度したくしてちょうだい」

「かしこまりました」


 納得のいかない騎士団の視察を終えてから、ひと月経ったある日のこと。

 どうせあれはプルプラにだけ話がいっていたことだからと、記憶の遥か彼方に押しやることにしていた私だったけれど。


(このタイミングで呼ばれるのって、もしかして……)


 あの時のことも含めて、選定が終了したのだとすれば。時期的には、おかしくない。

 外にいた侍女から声がかかったことを考えれば、国王である父からの使者が来たことは、おそらく間違いない。

 と、いうことは。


(お父様からのお呼び出しの理由なんて、一つしかないじゃない)


 つまり、始まるのだ。乙女ゲームの、本編が。

 きっと私だけじゃなく、プルプラも呼ばれてる。というよりも、そっちが本命だろう。

 私はおまけ。もっと言ってしまえば、先に宣言しておくつもりなんだろう。他国に嫁げ、と。

 そうじゃなければ、あんなにもあからさまな人選はしないはず。もはや出来できレースなんだから。


「ヴァイオレット様、息を吐いてください」


 侍女の言葉に、思いっきり息を吐いてお腹をへこませる。こうしないと、コルセットをきつく締められないから。

 公的こうてきな理由だからって、父親に会うのにわざわざ着替えまでしないといけないなんて。王族って、本当に面倒くさい。

 しかもこのコルセット、本当にきつくてきつくて。ここまで腰を細く見せなきゃダメ!? って、いつも思ってる。


(そういう時代なんだから、仕方ないのかもしれないけど)


 私にもっと権力があれば、コルセットなんて廃止はいししてみせるのに。

 権力どころか人望じんぼうすらない今の状況じゃあ、そんなことは爪の先ほども望めないけれど。


(そういえば、プルプラは髪を編み込まれてたなぁ)


 ゲームの最初のシーンだから、よく覚えてる。むしろ、何度周回したことか。

 確か謁見えっけんで、姉妹が並んでて。プルプラは髪を編み込んで、花までつけてもらっていたのに。ヴァイオレットはただ、真っ直ぐな髪を下ろしていただけ。

 髪型に関しては、この世界は割と自由な気がする。貴族だからこうしなさい、みたいな決まりはないっぽいし。

 でもだからこそ、その差があまりにも明確に出すぎていて。

 メタ的に主人公とライバルだから、みたいに思ってたけど。実はあれが侍女のやる気の差だったと、今なら分かる。


(そんなところに差を出さなくていいのに)


 とは思うものの、確か攻略対象キャラにはそれぞれ好みの髪型があったはず。

 そのままと、編み込みハーフアップと、おくれ毛を出したちょっとゆるいオシャレなアップ。

 見事にバラッバラだけど、だからこそ分かりやすかったとも思う。

 その反面、ヴァイオレットは一度も髪型が変わったことはなかったけれど。


(侍女のやる気の問題だよねぇ)


 その髪型が、ヴァイオレットに一番似合っていたとは思う。

 でも同時に、遊びもしなかったんだなって。

 正直に言ってしまえば、きっと誰も興味がなかったんだと思うんだ。ヴァイオレットが着飾ることに。

 なんならプレイヤーたちだって、きっと欠片も興味はなかったんじゃないかな。


(私の場合は、そもそもそういう次元ですらなかったし)


 推しキャラに会いに行きたくて、何週も頑張った人間だから。

 しかも、そのキャラが攻略できないって知った時の悲しみたるや!

 絶対隠しキャラだと思って頑張ってたのに、全然そんなことはなかったし。

 しかもあの同人ゲームを作ったサークルが、二作目を出さずに解散しちゃったんだよね。


(だからもう、諦めるしかなかったけど)


 その分、ネットにたくさんある二次創作を探そうと思って。結果、あんまりヒットしなかったっていうね。

 結局みんな、攻略対象キャラが好きなんだよ。結局は、ね。


「ヴァイオレット様、いかがでしょうか?」

「えぇ、問題ないわ。ありがとう」


 そんな遠い過去を思い出しながら、支度が終わるのを待っていた私は。鏡に映った姿に、完全に確信する。

 白いふわっふわのドレスを着たプルプラと、紫の生地に黒い糸で刺繍をほどこしたドレスのヴァイオレット。

 髪色も瞳の色も同じなのに、受ける印象が対照的な二人は。ゲーム開始時のムービーで後ろ姿しか映っていなくても、すごく印象的だった。


「さぁ、行きましょう」


 当事者になってしまった今、私がそのシーンを見ることは叶わないけれど。

 でもこれは、ゲーム開始の合図。

 プルプラのための、恋愛ゲームのね。





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