07
「降霊術?」
それがひどく突飛な響きに思えて、つい声に出してしまった。環さんがすぐに「はい、霊を呼び出す儀式を行っていたそうです」と言い換えてくれて、間違いなく「降霊術」の話をしているのだと確認できた。
「こっくりさんあたりが有名だと思います。神谷さん、ご存じですか?」
「はい」と答えると、環さんは「ならよかった」とでも言うようにニコッと笑った。
「実際橘さんたちは、広く浸透している『こっくりさん』とほぼ同じやり方で、A子さんを呼び出していたそうです」
すっと背中が寒くなった。えりかのことを思い出したのだ。えりかは「あさみさん」に何か質問するとき、「あさみさんあさみさん」と繰り返して名前を呼んでいた。
私はこっくりさんをやったことがないし、世代的に流行っていたわけでもない。でも、やり方くらいは知っている。あの名前を繰り返す呼び方は、「こっくりさん」に似ていた――
私は環さんの顔を見た。話題のせいか、それとも彼女が目を閉じているせいで余計にそう見えるのか、きりっと整った環さんの顔が、狐のお面に似て見えた。緊張感が襲ってくる。と、環さんはまたちょっと笑って、
「それ、もう少し置いておかせてくださいね」
そう言った。やっぱり私が何を考えているのか、言わなくてもわかっているみたいだ。よみごさんって、みんなこんな感じなのだろうか。
環さんは一度咳払いをして、さらっと元の話に戻った。
「降霊術のことを知っていたのは、当時の英星高校合唱部の幹部――つまり、部長とか副部長とかパートリーダーとか、役職についている子たちですね。そういう生徒だけの秘密だったそうです。彼女たちはA子さんに質問をするだけではなく、時には自分の体に乗り移らせていたとも聞きました。そうすれば、気の重い用事はA子さんが勝手にやってくれたとか」
「うわ……」
幸二さんが重苦しい声を上げた。「それって自分の肉体のコントロールを、自らA子さんに渡していたってことですか?」
「そういうことですね。彼女たちの感覚では、A子さんに乗り移ってもらうと、気が付いたらイヤな用事が終わっている、という感じだったそうです」
「それってすごく危険ですよ。誰も止める人がいなかったんだな……」
そう言う幸二さんの声には、とり憑かれ体質故の実感がこもっているように思える。
きっと当時の部員たちは、そのことを危険だと思っていなかったのだろう。きっとすごく便利だったのだ。やりたくない用事があるとき、誰かにそれを肩代わりしてもらえたらいいのに――なんて、私だって何度も考えたことがある。彼女たちが恒常的に降霊術を行い、危険なことをしていたからと言って、そのことを安易に責められない気がする。
「さしたる困難もなくA子さんを呼び出すことができたのは、やっぱりA子さんという人自身が特別だったから――とわたしは思います。志朗くんはどう?」
話を振られたシロさんは、戸惑うことなく「うん、ボクもそう思います」と答えた。
「A子さん自身、霊能者の血筋に生まれた人だし……それにもう一つ理由があるんですよね、環さん」
「そうです。ちょっと説明がややこしいんですけど」
環さんはそう言って、シロさんからまた全体へと向き直った。
「降霊術によって橘さんたちの前に現れたA子さんは、『自分には亡くなった伯母の記憶がある』と言っていたそうです。伯母さん――墓誌に名前があった『長下部麻里子』という人のことですね。つまり、その人の生まれ変わりを自称していたとのことですが、わたしと志朗くんは、これは嘘だと思っています」
環さんはくっきりと浮き立たせるように「嘘」と発音した。部屋中に一瞬、緊張が走った。
「――A子さんは長下部麻里子の生まれ変わりではなく、生前から長下部麻里子にとり憑かれ、長期間肉体の主導権を奪われた状態にあったのだと思います。そしてそのままの状態で亡くなり、不可分のまま幽霊になった。ですから降霊術によって相談に答えたり、部員たちの代役を請け負ったりしていたのは、実のところA子さんではなく、その伯母の長下部麻里子だったはずです」
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