08

 環さんが再び言葉を切る。

 部屋の中はしんと静まり返っている。黒木さんはさっきから不味くて硬いものでも噛んでいるようなしかめっ面だし、まりあさんは両手を膝の上でぎゅっと組んで、怒っているような顔をしている。幸二さんは自分の体質と重ね合わせているのか、肩を落として悲しそうに見える。ポーカーフェイスなのはシロさんと、冷茶を飲んでいる環さんだけだった。

「……失礼しました。さて、嘘と推測するのには理由があります。個人的には納得がいかないくらいお粗末な理由なんですが……」

 環さんはため息をついて、

「A子さんが誕生したときには、彼女の伯母はまだ存命でした。生まれ変わる以前の問題です」

 と続けた。

「はぁっ?」

 また不用意に声が出てしまった。とっさに口元を押えた私を、環さんが「お気持ちお察しします。わたしもてんでおかしな話だと思います」とフォローしてくれた。

「でも墓誌にあった没年によれば、A子さんの伯母が亡くなったのは、彼女が五歳か六歳の頃だったはずです。どうしてこんな雑な嘘をつかなければならなかったのか、わたしには理解しかねたのですが」

「でも、雑な嘘つく人っていますもんね」

 シロさんが口を挟んだ。「後々ばれることとか考えてないんじゃないかと思いますよ。そういう人は」

 環さんがもう一度ため息をつく。「――でも、ばれないものです。実際、合唱部の部員たちは、いちいちA子さんの伯母さんの没年なんて確認しなかったようですから。橘さんもそこには気づいておられなかったようで、お話ししたときは愕然としてらっしゃいました。嘘をつかれていたこと自体もショックだったでしょうが」

「『姪っ子に生まれ変わった』と『姪っ子の体を乗っ取った』では、話が全然違いますもんねぇ」

 シロさんがまた口を挟んだ。環さんが言いたくなさそうなことを、わざと選んで口にしているように見えた。

「はい、質問いいですか?」

 まりあさんが挙手した。環さんが「どうぞ」と促す。

「長下……A子さんの伯母さんは、どうしてそんな嘘をついたんでしょうか?」

 半分はわかっているけど、とでも言いたげな顔で、まりあさんが言った。環さんがまた溜息をつく。

「これは推測です。推測ですが、おそらく合唱部の部員たちに幻滅されないためだったのではないかと思います」

「その……それって、何のために?」まりあさんは言葉を捜しながら話す。「どうして、幻滅されたくなかったんでしょうか」

「また推測ですが」と、環さんはまた同じ前置きをする。ため息混じりに聞こえる。

「そっちの方が楽しかったからだと思います。尊敬されていたかった、まるで宗教の教祖のように信頼されて、頼りにされていたかったんじゃないかと――すみません。でも、橘さんや志朗くん、A子さんやその伯母の周囲の人たちの話を聞いた限り、わたしにはそう思えます」

「じゃあっ、あっ、その質問」

 私は前のめりになりながら挙手をした。環さんに促されるのを待って、言葉を続けた。

「じゃあそもそも、どうして姪っ子の体を乗っ取ったりしたんですか? 何かその、理由があるはずですよね? たとえば死んでからどうしても会いたい人がいたとか、やらなきゃならないことがあったとか」

「さしたる理由はなかったと思っています。ボクらはね」

 シロさんが答えた。「とり憑いてみたら楽しかったとか、もしも理由があったとすれば、そんなものと違うかなぁ」

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