06
「志朗くんから神谷さんの様子を聞いた限り、おそらくとり憑かれた人に出会った段階で何かひとつ、それからその後眠りについた段階でもうひとつ、トリガーになる行動をとる必要があったようです。それが何だったのか、わたしにはわかりかねますが、発動条件としてはなかなか面倒だったんじゃないかと思います」
「はい! 環さん、質問」
シロさんが、授業中に発言する生徒みたいな挙手をした。環さんが「志朗くん。どうぞ」と、先生みたいに促す。
「さっき『A子さん』は術者の制御下から離れてたって言ってましたけど、どうしてそういうことになったんでしょうか?」
「はい、お答えします。おそらく『A子さん』を作ったのと同時期に、術者が亡くなっているためです。どういう亡くなり方だったかは重要なところですが、一旦置いておかせてください。ともかく、長下部麻沙子が娘の麻美を核にして作った『A子さん』が、三十年の期間と何人かの被害者とを経て、神谷さんのところまで届いた。そしてその責任を求めるべき術者はすでに亡くなっている。また『A子さん』自体は、加賀美家の神様が消してしまいましたので、もうこちらに悩まされる心配はありません」
環さんはそこで一旦話を切り、ふう、とため息をついて冷茶を飲んだ。
「ここまでの話に関して質問がなければ、どうして『A子さん』が作られるに至ったのか、という話に移りたいと思います」
なかなかの長丁場になってきたけど、環さんの声は張りがある。冷茶を飲んだあと、彼女はまたきびきびと喋りだした。
「『A子さん』が作られるに至った背景には、英星高校合唱部の存在がありました。この頃のことに関して、わたしは当時部員だった方からお話を伺いました。神谷さんたちが見つけたブログ記事を書いた方です。当時ソプラノパートのパートリーダーを務めていた方で、橘真希さんと仰います。関係者に限りお名前を出しても構わないとのことだったので、あえてご本名を出してお話しさせてもらいます」
環さんはそこでまたひとつ息をついた。さっきからメモなどを確認している様子はない。どうやら今日話すべきことは、頭の中に入っているらしい。
(例のブログ、やっぱり英星高校合唱部のOGが作ったものだったんだ)
私はあのとき見た画面を思い出そうとしたけれど、あまり上手くいかなかった。高校の部活動なんて楽しげな場で、一体何が起きたのだろう。
「『A子さん』の核となったA子さんもまた、同じく英星高校の合唱部員でした。ところが橘さんたちが三年生になる前に、彼女は踏切の事故で亡くなっています。生前のA子さんは、非常に慕われ、頼りにされていた人だったようで、それだけに十分な引継ぎもなしに残された部員たち――特に新しく幹部になる人たちは不安だったみたいですね」
その後に続いた言葉は、私には突拍子もないものに聞こえた。
「橘さんたちは死後も先輩に頼ろうと、降霊術によって彼女を呼び寄せたそうです」
環さんははっきりと「降霊術」と言った。「この試みは、残念ながら上手くいきました。普通、素人が簡単に降霊術なんかやれるものではないんですが、この場合は呼び出した相手が特別だったんです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます